今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

ミュルーズ(Mulhouse)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はミュルーズ(Mulhouse)について勝手に語ります。

 

 

アルザス地方の誇る伝統のワインが集まる都市がいくつかありますが、今回はミュルーズ(Mulhouse)をご紹介します。フランスのグラン・テスト地域圏のオー=ラン県南部で、スイスとの国境に近い都市です。アルザス地方ということから、フランスの都市らしくない顔を持ちます。

 

ミュルーズのランドマークといえば、サン・テティエンヌ聖堂(Temple Saint-Etienne)です。旧市街の中心部レユニオン広場にあります。1866年に建設されたもので、もともとこの場所には、12世紀に建設された教会があった場所でした。しかも、この聖堂はプロテスタントで、この規模の聖堂が街の中心部にあるというのは、フランスではミュルーズだけかもしれません。また、フランス国内にあるプロテスタント建築としては最も高いものになります。

 

アルザス地方を代表する工業都市で、特に18世紀以降に発展しました。第二次世界大戦が終結するまで、フランスとドイツの間で度々領有権が移り変わったのは、この地方ならではのことです。それも工業都市としての魅力があったことに繋がり、逆に現在まで、あまり観光客が集まる都市にはなっていません。それでも貴重な博物館がここにはあります。その中で、一般公開されているものとしては世界最大の自動車コレクションがあります。国立自動車博物館(Musée national de l’automobile)が所蔵するシュルンプ・コレクション(Collection Schlumpf)です。他にも染色織物博物館、鉄道博物館などがあります。

 

ミュルーズという都市名が記録に現れるのは、12世紀でした。このときは神聖ローマ帝国の南アルザス郡のスンドゥガウ(Sundgau)の一部でした。 自由都市となり、1354年には十都市同盟(Zehnstädtebund, Décapole)に加盟していました。この同盟は、神聖ローマ皇帝カール4世が条約を批准して創設されたものでした。1378年にカール4世死去にともない、一旦は解消されましたが、翌年に再度創設され、ミュルーズは1515年まで加盟していました。た。新たに同盟した相手はスイスでした。

 

1648年のヴェストファーレン条約により、スンドゥガウはフランスに併合されました。しかし、この条約ではミュルーズはフランス併合になっていませんでした。独立した都市国家と同じような扱いだったのです、それも、独立したカルヴァン主義を保っている都市というのが特徴だったからともいえました。それでも1798年いは、住民投票の結果、フランスにへと編入することになり、これ以降はアルザス地方の都市となりました。

 

19世紀の普仏戦争では、フランスがプロイセンに敗北し、その後のドイツ統一により、ミュルーズはドイツ帝国のアルザス・ロレーヌ州に併合されました。20世紀に入り、第一次世界大戦では、フランス軍がミュルーズを占領したものの、すぐにドイツ軍がフランス軍を追い払いました。ただ、第一次世界大戦が終了すると、アルザス・ロレーヌをフランスが占拠することになり、フランスへ併合しました。これもナチス・ドイツがフランス侵攻したことで、ドイツがまた占拠することになりました。現在のフランス領となったのは、1945年5月で、第二次世界大戦の終結とともにでした。

 

 

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