今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

ユダヤの戒律とワイン

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はユダヤの戒律とワインの話です。

 

 

地中海とヨルダン川・死海に挟まれた地域一帯は、古代には「カナン」とよばれていました。現在のイスラエルです。旧約聖書では「乳と蜜の流れる場所」と描写された地で、「約束の地」です。
この「約束」は、神がアブラハムの子孫に与える土地であることを「約束」しました。
しかし、カナンは単に旧約聖書の世界だけでなく、文献では紀元前3千年から登場しています。シュメール人の遺跡で発見された文書にも登場しています。

 

ユダヤ人の約束の地とはいうものの、ユダヤ人が来る前には、多彩な民族が住む場所だったようです。いわゆるカナン人はユダヤ人に追い払われたともいえるかもしれません。

 

さて、このカナンですが、古代からワイン造りが盛んだったといわれます。
エジプトのファラオも取り寄せていたようだし、古代ローマ帝国には輸出していたともいわれます。また、当時のユダヤ人自体もかなりワインを好んでいたようです。
ある研究によれば、当時のユダヤ人は、成人男性1人当たりの年間ワイン消費量が260リットルだったとか。もし本当にそうであれば、毎日ワインを1本飲むくらいの計算になってしまいます。

 

ここで忘れてならないのは、ユダヤ教です。
のちのキリスト教でもワインは重要な儀式のアイテムになっているワインですが、ユダヤ教でも旧約聖書には随所に言及されている部分があるほどです。それほど古代ユダヤにとって、ワインは切り離せないものといえます。

 

しかし、カナンの地は昔から血を多く流す土地です。
7世紀になると、イスラム教世界に支配されます。必然的にアルコール類の禁止が徹底され、イスラム法によりワイン生産は禁止になります。
それでも宗教儀式としてのワインは何とか伝統は残ったようです。

 

オスマン・トルコ帝国は、19世紀に入ってからワイン生産を許可するようになりましたが、ユダヤ人は世界にバラバラに暮らしている状況になっていることで、この地がすぐさまワインが広がることはありませんでした。
20世紀にはシオニズム運動により、ユダヤ人が約束の地に戻る動きが加速します。
第1次世界大戦を経てナチスのユダヤ人迫害に至る過程で、ユダヤ民族の国家建設への協力を約束するバルフォア宣言もあったことで、カナンの地は再び約束の地へと向かいます。ナチスから逃れたユダヤ人もこの地を目指しました。
この移民は、ワイン文化を持つヨーロッパからのユダヤ人が増加したことを意味し、この地でのワインの消費量も増加傾向になってきました。

 

国家としてイスラエルが建国されてからも「血」の歴史が続きます。
第1次中東戦争で独立を維持したものの、イスラムのアラブ諸国に囲まれた状況はそのままで、ワイン消費量もそれほど増える状況とはいえませんでした。
転機が訪れたのは1967年の第3次中東戦争(6日間戦争)かもしれません。イスラエルはこの戦争に勝利し、経済成長へと進みます。ようやくワインも儀式だけでなく、文化としてワインが飲まれるようにもなりました。

 

このようにユダヤの世界では、ワインは宗教的なタブーはなく、儀式としても食事の際の文化としても取り入れられています。
ただ、それでもユダヤならではの点があります。

 

それがワインの製造です。
宗教的適合規定コシャーにより、ブドウは植えてから3年間は収穫を禁止していたり、最初の収穫から7年ごとに安息年があって、安息年にはブドウをワイン造りに使用してはいけないというものです。
ちなみにこのコシャーは、牛、羊はよいが、豚は駄目だとか、魚はよいが、エビやカニは駄目だとか、イカ、タコだけでなく、貝類は駄目、肉と乳製品の両方を同時に食べることも駄目だとか等々、実に細かく決められています。

 

さらにはワイン醸造過程での規則もあり、敬虔なユダヤ教徒でなければワインの醸造に携われないようなものもあるようです。
そんなユダヤのワイン事情ですが、現代ではイスラエルのワインも日本で飲めるようになっています。

 

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