今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

ティミショアラ(Timișoara)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はティミショアラ(Timișoara)について勝手に語ります。

 

 

ルーマニアのワイン産地はいくつかりますが、トランシルヴァニア地方は高原地帯ということもあり、白ワインの生産が中心です。
ティミショアラ(Timișoara)は西部トランシルヴァニア地方の都市ですが、実際にはバナト地方に属するため、トランシルヴァニアのワイン産地とはいえないと思います。それでも郊外にはワイナリーがあり、都市としても魅力的です。

 

人口は30万人以上の都市ですが、ルーマニア第4の人口を誇ります。
ティミシュ川に由来する都市の名で、古代ローマの時代から知られていました。また、多くの少数民族が集まっていて、多文化都市となっています。
ハプスブルク帝国が統治していたのは、18世紀からで、この時代には経済の中心地として繁栄していました。しかも他民族都市ならではの複雑な文化と宗教的な多様性に、ハプスブルク帝国の支配が重なったことで、独自の経済的発展となったのです。
ベガ運河も完成し、黒海を結ぶ新たな航路により、新たな世界へと繋がることになりました。さらに工業化も進み、トランシルヴァニアも含めた広大な地域の中で中心的役割を担うようになりました。

 

1781年には王立自由都市となり、ティミショアラはドイツ語で「テメシュブルク(Temeschburg)」やハンガリー語の「テメシュヴァール(Temeschwar)」と呼ばれるようになりました。
1884年に道路に電気照明が設置されたヨーロッパの最初の都市になりましたが、この年の革命によりはセルビア軍によって占領されてしまいました。
第一次世界大戦が終わると、1918年にバナト共和国となりましたが、再びセルビア軍の侵入により、1919年にはルーマニア王国の一部となりました。この延長上で旧東側世界へと入っていきます。それでも東西冷戦が終結すると、ティミショアラでもチャウシェスクの共産党政権に対する蜂起が起こりました。1989年12月16日でした。ベルリンの壁が崩壊した翌月です。
この蜂起はハンガリー改革派教会のラースロー・テーケーシュ牧師の解任に関係するもので、市民がテーケーシュを支援し、秘密警察に対する蜂起となったのでした。この蜂起こそが、1週間後にチャウシェスク政権の崩壊へと招き、ルーマニアの変革を迎えるものでした。そしてティミショアラはルーマニア最初の自由都市と宣言されました。このことから「ルーマニア革命始まりの地」とも呼ばれるようになったのです。
ここ最近では、ハイテク分野での外国投資が増加した都市となりました。そのため、ルーマニアでブカレストに次ぐ2番目の繁栄都市となりました。この投資は、主にアメリカとEUからで、中でもドイツとイタリアの投資額が目を引きます。

 

ティミショアラは花と緑に囲まれ、街並みも美しく、ハンガリー風の建築物を多く残っています。
ぜひ、ここを起点としたワイナリー巡りをしたい都市です。

 

 

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