今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

ソンバトヘイ(Szombathely)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はソンバトヘイ(Szombathely)について勝手に語ります。

 

 

アルポカヤ(Alpokalja)山脈が小ハンガリー平原に交差する地点にソンバトヘイ(Szombathely)はあります。人口は8万人弱の都市で、ハンガリー西部に位置します。オーストリアとの国境にも近い地域です。毎週土曜日に市場が開かれていたことから、ハンガリー語の土曜日である「szombat」に場所を意味する「hely」がついた地名です。日本でも四日市市などと同じような由来といえます。
ただし、ドイツ語だとシュタイナマンガー(Steinamanger)になり、これは「Stein am Anger」で、「Stein」は「石」、「am」は「an dem」で前置詞と格支配された定冠詞、「Anger」は「怒り」ではなくて、この場合は「みどり」や「緑地」となり、「みどりの石」「緑地の石」となります。要するに野原の石です。この地名の由来は都市の廃墟跡を意味するとされています。廃墟になった都市は古代ローマ帝国のサヴァリアといわれています。地震により都市が崩壊し、廃墟になった場所に緑で覆われたということのようです。

 

では、このサヴァリアという都市ですが、クラウディウスのサヴァリア植民市として誕生しました。紀元45年でした。その後にローマ帝国のパンノニアの首都となりました。セプティミウス・セウェルス総督は、ローマ皇帝になったほどでした。
また、コンスタンティヌス1世は何度か訪問していて、この地域のキリスト教徒の迫害を終わら、サヴァリアをパンノニアの首都としました。しかし、その後、フン族の侵攻、アッティラ軍の占領などがあり、458年には大地震の被害にあってサヴァリアは破壊されてしまいました。

 

破壊された都市でしたが、ローマ時代の建造物で使われていたい石を再利用して、一部の住民が定住していました。各民族の移民も増え、フランク族が支配するようになり、その後はモラヴィア人、マジャル人などが侵攻してきました。
都市が再び破壊されたのはモンゴルの侵攻でした。それでも1407年に自由自治都市特権を授与され、都市の再建がされました。オスマン帝国の支配という時代があっても、比較的平穏な状態を維持し、それはハプスブルク支配の時代まで続きました。

 

実はこのソンバトヘイはユダヤ人共同体が関係しています。
神聖ローマ皇帝のマクシミリアン2世により、ソンバトヘイの市壁内にはユダヤ人が居住していはいけないようにしました。これは厳密にはユダヤ人というより、市内中心部にはカトリックの人だけが居住できるというものでした。そのためユダヤ人は、ほとんどが町を離れた区画に住むこととなり、そこで共同体を形成していました。
これが変化したのが1840年の法律で、ようやくユダヤ系ハンガリー人の市壁内居住が可能になりました。しかし、革命の際にユダヤ人は攻撃され、追放へと進んでいったのでした。
これがアウシュヴィッツ強制収容所への追放にまで繋がりました。

 

 

ハンガリーの知られざる歴史的都市であるソンバトヘイですが、ここでは優雅にワインを飲みたくなる場所です。

 

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