今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

砂の壁

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回は砂の壁について勝手に語ります。

 

 

以前にモロッコを取り上げたことがありました。アフリカでイスラムの国でありながらワイナリーのある国として、勝手に語りました。

 

日の没する地・モロッコのワイン

 

そのモロッコがポリサリオ戦線と対立していて、ゲリラ攻撃から沿岸主要都市を防衛する名目で建設したのが「砂の壁」です。
これはあくまで俗称ですが、文字通り砂を使って高さ数メートルにまで積み上げた壁で、鉄条網と地雷で防御しているものです。ベルリンの壁と同様に、対立する勢力が分断されている象徴的なものでもあります。

 

そもそもアフリカ大陸北西部の大西洋岸にある地域、通称「西サハラ」の領有問題が大きく関係しています。
亡命政権であるサハラ・アラブ民主共和国とモロッコ王国がこの西サハラの領有を主張しているのです。そのため1960年代から「非自治地域リスト」に掲載されています。
実際の実行支配地域は、面積の上ではモロッコが多いものの、この領有権の主張については大多数の国で認めていません。そのため国際的には不法占拠とう扱いになっています。
一方でサハラ・アラブ民主共和国は「砂の壁」の東側の地域を実効支配しています。こちらはアフリカ諸国だけでなく中南米諸国も承認しています。
ただ、日本を始め多くの先進諸国はサハラ・アラブ民主共和国を国家として承認していません。当然ながら国際連合にも加盟できません。これは特に欧米がモロッコとの関係から行っていることで、日本も追随しています。

 

この地域はもともと周囲をフランス領に囲まれたスペイン領でした。
1912年にイフニとモロッコ南部保護領と合併し、スペイン領西アフリカを形成したものの、1958年になるとモロッコ南部保護領、1969年にイフニを、それぞれモロッコに返還しました。さらに1975年には、スペインはマドリード協定によってり領有権を放棄しました。これによって翌年よりモーリタニア とモロッコ が分割統治を開始しました。
これに反発したのが、西サハラの独立を目指すサギアエルハムラ・リオデオロ解放戦線(ポリサリオ戦線)でした。アルジェリアの支援を得ることで、武力闘争にまで発展し、1976年にアルジェで亡命政権サハラ・アラブ民主共和国 (SADR) を樹立しました。
ポリサリオ戦線はモーリタニアを攻撃し、戦闘が有利に進めることに成功しました。モーリタニア政府は戦費がかさんだことで、国家財政が圧迫する事態にまでなりました。最終的に1979年にモーリタニア政府はポリサリオ戦線と単独和平協定を締結するまでになりました。
これでモーリタニアが領有権を持つ西サハラの地域を放棄しました。
ところが、ここでモロッコがモーリタニアが放棄した領域を占拠したのです。そのため、ポリサリオ戦線とモロッコとの激しい戦いが起こり、1991年に国際連合の仲介で停戦となりました。

 

砂の壁については、総延長が約2000kmにも及んでいます。
この西サハラ領域内を南北に縦断するもので、現在は停戦中とはいえ、壁の西側はモロッコ軍が監視し、東側はポリサリオ戦線が監視しています。

 

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