今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

サーサーン朝(Sassanid)のワイン

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はサーサーン朝(Sassanid)について勝手に語ります。

 

 

世界最古のワインといえば、現在のジョージアという国が真っ先に挙げられます。
2015年4月22日に「在外公館名称を変更するための法改正案」が成立したことで、ジョージアという国名になりましたが、それ以前は「グルジア」という国でした。
古代よりキリスト教を国教としたことで、ペルシアを支配していたサーサーン朝が軍を派遣してきた歴史があります。

 

そのサーサーン朝ですが、始祖がアルダシール1世で、ゾロアスター教の神官階層の出身でした。そのためゾロアスター教を国教とした帝国でした。
イスラム教やヒンドゥー教と異なり、ゾロアスター教には食材のタブーありません。牛でも豚でも自由に食べます。
断食も否定し、飲酒は肯定する宗教です。従って肉を食べながらワインを飲むのもごく当たり前でした。
もともとがイラン高原を支配した帝国なので、この地域は肉食をしなければ食料に困るということもありました。その一方で乾燥地域でも果樹園が多く、ブドウの栽培も盛んに行われていました。
必然的にワインの製造が行われ、肉とワインの組み合わせが当たり前になったのです。
ちなみにパフラヴィー語で、ブドウの酒(要するに葡萄酒)を「ブーダグ」というそうです。これがシルクロード経由で中国へ伝わり、さらに朝鮮半島を超えて日本に伝来し、「ブドウ」の語源となったといわれています。
このパフラヴィー語ですが、サーサーン朝ペルシアの公用語でした。ゾロアスター教だけでなくマニ教の文献などにも用いられていました。 古代ペルシア語と近代ペルシア語の中間的なもので、古代ペルシア語特有の名詞や動詞の活用などを簡略化し、文法も近代ペルシア語に近いものです。

 

この王朝の最も不思議な点は、王朝の名称である「サーサーン」についてです。
日本ではばササン朝やササン朝ペルシアなどと表記することもありますが、その「サーサーン」あるいは「ササン」とは何者なのか?
実は分かっていないのです。
少なくともサーサーンという人物が王にいたことはないようです。もちろん伝説は残っていますが、それも複数のパターンがあり、アケメネス朝の後裔、パールスの王族、ゾロアスター教の神官など、どれも真実といえる根拠がありません。始祖がアルダシール1世は、パールス地方を支配したバーバク王の息子であり、このバーバクの父親がサーサーンであるとか、遠い子孫であるとかという話もあります。
しかし、そのバーバクが偉大な王だったかどうかは別で、パルティアとの戦いに敗れ、パルティアの宗主権下に納まってしまった時代の王なのです。

 

サーサーン朝は西暦226年から651年まで継続しましたが、この時代はゾロアスターの国家に、ネストリウス派(キリスト教)、仏教が伝来し、さらにこれらの世界宗教を統合したマニ教も誕生しました。そのせいか、ゾロアスター教がキリスト教や仏教の防波堤の役割を担い、キリスト教の東方への進行を阻害し、また仏教も西へと浸透するための壁となったといえます。
しかし、それでもネストリウス派は中国で景教となりましたが、文明の十字路であるサーサーン朝で、大きな足止めとなったことが分かります。
結局、サーサーン朝の後はイスラム勢力の拡大に繋がり、現代の中東の問題にまで繋がる契機ともなりました。
ワインを好んだサーサーン朝がイスラム化することで、その文化も途絶えたことは何だか残念な気もします。

 

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