今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

サルグミーヌ(Sarreguemines)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はサルグミーヌ(Sarreguemines)について勝手に語ります。

 

 

フランスの歴史的なロレーヌの一部であるサルグミーヌ(Sarreguemines)は、ドイツ国境に沿って広がっている都市です。
しかも現在ではトラムでドイツのザールブリュッケンまで結ばれているので、国境をトラムで超えることのできる珍しい場所です。

フランク王国のピピン3世やカール大帝の顧問的な立場にあったフルラートが、のちに歴代フランス君主の埋葬地となったサン=ドニ大聖堂(Basilique de Saint-Denis)に、この地にあった財産を寄付したといわれています。おそらくこれが歴史上でサルグミーヌが登場する最古のものと思われます。
まだこの時代は小さな集落程度の規模だったようで、10世紀を過ぎてから城の建設によって成長していきました。この城は、ザール川とブリー川の合流地点を監視するためのものでした。
1297年にはツヴァイブリュッケン公国からロレーヌ公国(Duché de Lorraine)の支配下に変わりました。
しかし、その後のウィーン条約によって1766年にフランス王国に併合され、再びフランス領となりました。

 

ロレーヌ公国とは、現在のロレーヌ地方北東部とルクセンブルク、それにドイツの一部を支配していた歴史的公国です。
この公国以前はロタリンギア(Lotharingia)という短期間存在した王国で、ロタール2世(855年–869年)の時代にはフランク帝国内部での独立王国でした。しかしその後に分割され、ロタール1世死去後のロタール2世が北部地域を支配し、その地域をフランスではロレーヌ(Lorraine)、ドイツではロートリンゲン(Lothringen)と呼ばれるようになりました。
ロタール2世死去後に東フランク王国と西フランク王国に分割されました。この時点で現在のフランスとドイツに分割されたことになり、880年のリブモント条約で全域が東フランク王国、つまり現在のドイツの支配下になりました。
これも長く続かず、東フランク王国のカロリング朝断絶により西フランク王国に吸収され、925年に東フランク王ハインリヒ1世によって征服されました。
ここだけを見てもフランスとドイツの支配が交互に変わる、複雑な地域であることが分かると思います。

 

1698年になるとドイツの代官区の中心地となっていました。このことから1748年までは、公文書はドイツ語になっていました。しかし住民たちの使う言語はロートリンゲン・フランケン語というゲルマン語方言でした。
島国の日本人にはなかなか想像できない歴史を経験してきた都市だということが、いろいろな場面で分かります。

 

このサルグミーヌに人が集まるのは、2月に行われるカーニバルです。
このカーニバルは日本のハロウィンのように、マスクや変装した人々が集まって盛り上がります。数万人がこの街に集結するといわれます。なんと18世紀から始まったカーニバルだといいます。

 

国境の街の住民は、自由にふたつの国を行き来しています。国境を越えて、ドイツ側のスーパーマーケットに行くのは日常茶飯事です。ヨーロッパならではの光景です。
しかも通貨はユーロで統一されているので便利です。フランスとドイツという2つの国の支配に翻弄されてきたサルグミーヌも、現在は、実質的に国境のない生活になっています。
日本人には異次元の体験ができる場所です。ぜひおすすめします。

 

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