今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

ラインラント(Rheinland)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はラインラント(Rheinland)について勝手に語ります。

 

 

ドイツ・ワインの中心的産地として知られる地域がラインラント(Rheinland)です。具体的にはドイツ西部のライン川沿岸一帯になります。州だと、ラインラント・プファルツ州全地域とノルトライン・ヴェストファーレン州西部、ヘッセン州西部、バーデン・ヴュルテンベルク州北部が含まれます。ライン川は南部が上流で、フランスのアルザスや黒い森近郊のバーデン地方もありますが、ラインランとには含れていません。

 

ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)は、この地域に分布していたといわれています。第四紀の更新世の時代で、発見されたのがネアンデル谷(Neanderthal)だったため、ここから名づけられました。ライン川の支流であるデュッセル川 (Düssel) にある小さな谷です。エルクラート (Erkrath)とメットマン (Mettmann)の間に位置しています。ネアンデルタール人の化石が発見されたのは、1856年でした。
この谷は、今では考えられないほど風光明媚な場所だったといわれます。滝や洞窟などがある場所でした。それが19世紀になって、鉱業採掘を行い、谷の景観が全く異質なものに変化してしまったわけです。ネアンデルタール人の骨も、鉱業活動により偶々発見されたのでした。

 

ラインラントはまた、古代ローマとも関係の深い地域でした。ドイツ最古の古代都市建設地域です。代表的なのはケルン(Köln)やマインツ(Mainz)などです。
そしてフランク人(Franken)の発祥地といわれます。記録に最初に登場したのは、ローマ帝国後期の時代からでした。ローマ人の呼び方で、彼らはライン川中流域に居住するゲルマン人たちを「フランク人」と呼んでいました。ゲルマン人の部族で、フランク王国を建国した部族です。
実はフランク人の起源については、歴史の史料にはほとんどありません。現在の定説では、フランク人はまとまりを持った性格を持つ部族ではなかったというものです。3世紀半ばにライン川右岸に居住していたイスタエウォーネス神を祖先と見なす複数の部族が結集したもので、成立したのは政治的同盟だったというものです。
現在でもドイツ語方言の系統ではフランク語系に属しています。

 

フランク王国から神聖ローマ帝国へと時代は変遷していきましたが、ラインラントの地域的重要性は一貫して高く、ルイ14世以来、フランスの侵攻がたびたび起こっていました。そしてフランス領になった時代もありました。ナポレオン戦争によるもので、ライン川の西岸一帯がフランスに占領されたのでした。
しかし、1815年のウィーン議定書によりプロイセン王国に割譲されました。
その後は、ドイツ有数の工業地域となり、それは1871年のドイツ帝国成立後も発展していきました。

 

かつての西ドイツの首都だったボン(Bonn)もラインラントの都市です。ボンが首都だった期間は1949年から1990年までですが、実は再統一後の現在も首都機能を分担しています。ベルリンを補完する首都機能が残されているのです。
日本企業の多いデュッセルドルフ(Düsseldorf)もあり、ワインだけでなくドイツにとっては極めて重要な地域です。

 

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