今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

内モンゴル自治区(内蒙古自治区)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回は内モンゴル自治区(内蒙古自治区)について勝手に語ります。

 

 

中国が1947年よりモンゴルの南部に設置した自治体が内モンゴル自治区ですが、民族的には、漢民族が人口の80%以上を占めていて、その他は他民族です。具体的には、モンゴル族、ダウール族、エヴェンキ族、オロチョン族、回族、満洲民族、朝鮮族などです。
ニュースでも報道されるように、内モンゴルの独立運動に対して中国共産党は徹底した取り締まりをしています。
その背景には、漢民族が圧倒的に多い地域とはいえ、実は内モンゴル自治区のモンゴル族の数は、モンゴル国より多いからです。モンゴル国のモンゴル民族の人口が300万人に満たないのに対して、内モンゴルでは400万人を超えているといわれています。

 

内モンゴルの産業は、もともと農業や畜産業が中心でしたが、現在ではレアアースの生産量が多いことでも知られます。特にバヤン鉱区は世界最大のレアアース(希土類)元素鉱床があることで知られています。石炭の産出量も多く、年間5億トンにまで及びます。そのため、独立した国家であるモンゴルより、内モンゴル自治区のほうが経済的には発展を遂げているのです。
もう一点、内モンゴルでは、中国でも有数のブドウ栽培地であり、ワイン製造地にもなっています。

 

歴史の面から見れば、モンゴルと言えばチンギス・ハーンのモンゴル帝国です。内モンゴルはチンギス・ハーンの弟のジョチ・カサルの領地となりました。そのまま子孫により支配されていきました。
しかし、モンゴル帝国の元は、1368年に明によって滅ぼされました。明は漢民族ということもあり、居住していたモンゴル人は、中央アジア方面、現在のモンゴル国、そして現在の内モンゴルというように大きく三つに分かれてしまい、しかも互いに権力争いを続けることになりました。
その明を滅亡させたのは、1646年に内モンゴルと満州の女真族が手を結んだことによります。これが清です。

 

20世紀になると辛亥革命が起こり、中華民国になりました。このときにモンゴルは独立宣言しました。内モンゴルも合併を申し出てことで、内モンゴル解放戦争となりました。中華民国の追放には成功しましたが、ロシア帝国が介入したことで、解放戦争は失敗に終わりました。これにより中華民国は内モンゴルと外モンゴルを自治区としました。
次に満州事変が起こり、のちにソ連軍(赤軍)と手を組んだモンゴル軍は、内モンゴル人民共和国が成立しました。ソ連は中ソ友好同盟条約に基づいて中華民国にモンゴル独立を認めさせたわけですが、内外モンゴル統一については要求を取り下げました。

 

1947年になって、事実上の中華民国からの独立となったわけですが、2年後には中華民国から中華人民共和国となり、再び内モンゴル自治区となりました。中華人民共和国の自治区としては最も早く成立した自治区でした。

 

内モンゴルのワインというと、あまりなじみがないかもしれませんが、アムレンシスの熟成版のようなワインが評判です。
アムレンシスは、ロシアのアムール川流域を中心にシベリアやアジアに自生する山ブドウで、耐寒性が強く、内モンゴルの気候に最適なのかもしれません。

 

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