今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

カルタゴからチュニジアワインへ

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はチュニジアのワインとカルタゴについて勝手に語ります。

 

 

アフリカのワインとしてモロッコを取り上げましたが、チュニジアも忘れてはいけません。
チュニジアのワインと言えば、ロゼが中心ですが、実際にワイン生産量の約60~70%がロゼワインで占められています。ちなみに赤ワインは25~30%、白ワインは10%以下だそうです。
ブドウ農園は約31,000haあり、半分以上がワイン生産用だそうです。
そして何といっても歴史があります。

 

その歴史はフェニキアやカルタゴに遡ることになります。
フェニキアは、アフリカではなく地中海東岸に位置していました。現在のレバノンに相当する地域です。
紀元前15世紀頃から都市国家となり、紀元前12世紀頃から地中海の海上交易によって繁栄しました。まさに地中海全域が交易の舞台で、その際にフェニキア人によってチェニジアにワイン生産が導入されたといわれています。それほどの歴史を誇っているのです。

 

そしてカルタゴの誕生です。
現在のチュニジアの首都であるチュニスに近い場所に建国しました。チュニス湖という湖の東岸に位置し、フェニキア人によって建設された古代都市国家といわれます。
やはり地中海貿易で繁盛しました。
しかし地中海の歴史で大きな戦争が起こりました。ポエニ戦争です。

 

約1世紀にも渡る戦争でした。
またこれは西地中海を舞台にしているものの、西ヨーロッパの命運を分けるほどの大きな戦争だったのです。
この戦争で有名なのがカルタゴの将軍だったハンニバルです。
戦争の相手はもちろんローマ帝国で、結局、カルタゴが壊滅することで終結したのでした。

 

この戦争の結果、カルタゴはローマ帝国のアフリカ属州となりました。
再びローマ帝国と戦い、独立を果たしたのはヴァンダル族によってでした。
ヴァンダル族(Vandal)とは、あまり聞き慣れない民族でしょうが、古代にゲルマニアから北アフリカに移住した民族で、以前はゲルマン系部族といわれていましたが、現在はスラブかイリュリア系民族であったと考えられるようになりました。
このヴァンダル族の王だったガイセリックによってカルタゴを占領し、ヴァンダル王国を建国しました。カルタゴはヴァンダル王国の首都になりました。
このときのヴァンダル王国はかなりの勢いがあり、西ローマ帝国艦隊を拿捕したり、地中海のシチリア島、サルディニア島、コルシカ島などを征服しました。
さらにイタリアへも上陸し、一時期はローマを占領したほどでした。

 

今度は東ローマ帝国がカルタゴ奪回に動き、553年についにカルタゴ入城に成功しました。
このままローマ帝国の影響下で進むと思っていたのもつかの間、今度はウマイヤ朝の侵入があり、698年のカルタゴの戦いで東ローマは敗北し、ウマイヤ朝、つまりイスラムの支配下になったのでした。
このときにカルタゴは荒廃したことで、カルタゴの衛星都市であったチェニェスの跡にチュニスが築かれ、ここが中心都市となっていきました。
以降は、イスラム系の各王朝の支配があり、フランス領を経て、チュニジア共和国が成立したのでした。

 

地中海の歴史は幅も広く、また深さもあります。
そして何より、ワインは必ず関係します。
もっと勉強が必要かもしれません。

 

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