今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

メドラロイト(Mödlareuth)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はメドラロイト(Mödlareuth)について勝手に語ります。

 

 

メドラロイト(Mödlareuth)といっても、日本人で分かる人はほとんどいないでしょうが、東西冷戦時代にドイツに滞在していた人間には、「リトル・ベルリン」として記憶している人もいるでしょう。
ドイツ南部の小さな村でありながら、中央部分が壁によって、東西ドイツに分断されていたのです。ベルリンの壁と同じ状況ですが、小さな村だけあって、村の東側の東ドイツ(DDR)に23人、西側の西ドイツ(BRD)に27人と分かれていました。分断していたのはベルリンの壁と同じコンクリート壁で、1966年に東ドイツが設置しました。その壁の全長は700メートルに及んでいました。

 

なぜ、このようになったかといえば、第二次大戦後、西側をイギリス、フランス、アメリカの3カ国、東側をソ連が、ドイツを分割して占領していました。その境界として現在のバイエルン州を西側に、現在のテューリンゲン州の北部を東側としたのです。そのために両地区を隔てる壁が建設され、分断されたわけです。
メドラロイトは州の境界上にあるとはいえ、別々の州だったわけなので、ベルリンとは事情が違うではないか、と思うかもしれません。しかし、州が分かれていても1つのコミュニティーだったのです。そのため、学校や消防署は共有していましたし、祝日もともに祝うのが当然の場所でした。
異なるのは行政上の部分で、州が違い、電話の市外局番も異なりました。でも、おもしろいのは、あいさつの言葉です。現代ドイツ語ではフォーマルな場を除くとあまり使われませんが、定番の「Guten Tag」(こんにちは)を使うのはチューリンゲン州側、つまり東ドイツです。一方、バイエルン州側、つまり西ドイツは「Grüß Gott」といいます。ウィーンをはじめ、オーストリアでよく使われるあいさつの言葉です。これは「神があなたに挨拶しますように」といった意味合いで、時間に関係なく南ドイツからオーストリアではよく使われます。

 

同一コミュニティーでありながら、言語も微妙に異なるというのは、古くから境界線にある村だったからともいえます。ナポレオン戦争時代、現在のバイエルン州のバイエルン王国と、北部のロイス・ゲーラ侯国(その後、テューリンゲンに含まれます)の国境が、メドラロイトの村内を流れる川になったのでした。その川はタンバッハ川で、国境をイメージするような規模の川ではなく、かなり小さな川だったため、住民にとっては、その後140年の間、国境は大きな意味を持ちませんでした。村の規模も小さく、学校が一つ、食堂が一つの、本当に小さな集落だったのです。

 

東西ドイツの再統一前だった1983年、アメリカの当時の副大統領だったジョージ・H・W・ブッシュがこの村を訪問しています。このときに有名な逸話が残っています。
ブッシュはドイツ語で「Ich bin ein Mödlareuther!」と挨拶したのです。どこかで似たような言葉があります。ジョン・F・ケネディです。ベルリンに訪問した際に行った演説で、「Ich bin ein Berliner.」と言っていたのです。
つまり、ケネディがベルリンで、私はベルリン市民だ、とドイツ語で言ったのを、リトル・ベルリンでブッシュが、私はメドラロイトの村民だ、と言ってもじったのでした。

 

ちなみにメドラロイトの壁は、ベルリンの壁崩壊から7ヶ月後に取り壊されました。現在残る壁の一部は、記録的な目的のためにあるだけです。

 

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