今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

ミクロフ(Mikulov)・ニコルスブルク(Nikolsburg)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はミクロフ(Mikulov)について勝手に語ります。

 

 

ウィーン北部のフロリッツドルフ(Floridsdorf)から国道7号線を北上していくと、ツォルアムト=ドラーゼンホーフェン(Zollamt-Drasenhofen) でブリュンナー通りとなり、さらに国境を超えるとチェコのミクロフ(Mikulov)に入ります。ドイツ語ではニコルスブルク(Nikolsburg)です。
チェコといえばビールですが(ビール大国のワイン)、この国境の地域であるモラヴィア地方は、「モラヴィアワイン」として国際的なワインコンペティションで他の欧州各国のワインと賞を競い合っているレベルの品質を誇ります。
ミクロフはそのモラヴィアワインの中心的な生産地なのです。
ただし、モラヴィアワインは生産量が少ないため、輸出用のものは少なく、ほとんどを周辺地域や国内で消費されています。日本でも滅多に見かけないと思います。

 

街の中心部にはミクロフ城が聳えています。
バロック様式の重厚な印象を持つ城で、城の内部には博物館や、ディートリヒシュタイン家の絵画コレクションなどが展示されています。
さらに、城の地下にワインセラーがあります。かなりの規模で、巨大なワイン樽が展示されています。この樽は4~5メートルもの直径があります。それもそのはずで、チェコ最大の樽であり、ヨーロッパ全体でも巨大なことで知られるものです。
ビール大国のチェコでもここだけは、ビールよりワインが日常的に飲まれているといわれるだけあって、街中にはワインの飲める店もたくさんあります。

 

歴史的な出来事では、ニコルスブルク仮条約(Vorfrieden von Nikolsburg)が結ばれた街です。
これは1866年7月26日に結ばれた普墺戦争の仮講和条約で、普墺戦争開始早々にプロイセン軍は優勢で、逆にオーストリアは敗勢濃厚となっていたのを、ナポレオン3世が休戦交渉を提案したものです。
勢いのあるプロイセンとしては、ウィーン陥落まで主張する人も多かったものの、ビスマルクはこの休戦提案を受け入れました。
その休戦交渉がここミクロフで行われ、仮講和条約が成立したわけです。

 

また、ミクロフではかつて、大規模なユダヤ人コミュニティがありました。
モラヴィア地方のユダヤ人中心地だったのです。現在でもわずかに一つだけシナゴーグが残っています。
17世紀に建てられたもので、現在は博物館となってます。ユダヤ教らしいステンドグラスの装飾などはそのまま残されています。
この地域では第二次世界大戦のナチスによる迫害を受けたこともあり、壊滅的な打撃を受け、当時のユダヤ人社会はありません。

 

街中からは、あらゆる場所で目にするのが「聖なる丘」と呼ばれる小さな丘です。
標高はわずかに363メートルなので、登山をするほどではないので、登ってみるのがおすすめです。眺望はが良いので、小さなミクロフの町並みを一望できます。赤い屋根が並ぶ町並みが魅力的です。
頂上には聖セバスチャン礼拝堂もあります。1600年代に建てられ礼拝堂ですが、現在は夏だけ中に入れます。白い礼拝堂で、かなりきれいではありますが、以前は廃墟だったといいます。

 

第二次大戦後、この地域はドイツ系の人々が追放されましたが、物価がオーストリアより安いことから、ドイツ語圏の人向けのショッピングモールも郊外にあります。そこでは普通のドイツ語が話されています。

 

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