今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

マラケシュ(marrākish)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はマラケシュ(marrākish)について勝手に語ります。

 

 

イスラム圏でありながらワインを生産する国はいくつかりますが、モロッコもその一つです。過去に2回登場しています。

 

日の没する地・モロッコのワイン
タンジェ(Tánger)

 

今回はモロッコで「南の真珠」と呼ばれてきたマラケシュ(marrākish)です。
モロッコ第4の都市で、人口は90万人です。マラケシュとは、ベルベル語で「神の国」 (murt ‘n akush)を意味します。
アトラス山脈の中の大アトラス山脈の北側に位置しています。そのため山岳地帯に近く、南へ45kmの先には、北アフリカ最高峰のツブカル山 (4165m) が聳えています。イシル川が流れていて、周辺の砂漠地帯でもオアシスが点在しています。

 

大都市だけあって、イスラム圏の都市であっても、ワインは比較的容易に飲めます。ただ、店の外、例えば公園や通りなどではアルコール類を飲むのはやめたほうが良いでしょう。寛容とはいえ、イスラム教の国であるのは事実ですので、その点は気を付ける必要があります。

 

マラケシュが都市としてスタートしたのは、ムラービト朝の時代でした。
ムラービト朝は、1056年に北アフリカのサハラ砂漠西部に興った王朝です。砂漠の遊牧民サンハージャ族を母胎とする民族で、モロッコからイベリア半島南部のアンダルシアまでを支配しました。マラケシュについては、1071年から、都市としての本格的な整備を行ていきました。イスラム王朝なので、街にモスクを建設したり、灌漑路なども整備していきました。
しかし、ムラービト朝時代に多くつくられた建設物は、ムワッヒド朝になって取り壊されてしまいました。
ムワッヒド朝ではマラケシュが首都となりました。ベルベル人によるイスラム改革運動を基盤としたイスラム王朝で、ヨーロッパではアルモハード朝(Almohad Caliphate)という名前で知られていました。

 

ムワッヒド朝時代には、クトゥビーヤ・モスクのミナレットが77mにまで達しました。マラケシュの旧市街の象徴的な建造物となりました。また、アグノー門やテンシフト橋などもこの時代に完成しました。
16世紀になるとサアド朝の時代になりました。オスマン帝国の拡大を阻止したことで知られる王朝で、過去の王朝と異なり、もともとがシャリーフ(預言者の子孫)バヌー・サアド族として人望を集めたことが起源で、イスラムでもシャリーフ系王朝といえます。
17世紀末からはアラウィー朝時代になり、この王朝の時代の歴史的建造物が残ったマラケシュ旧市街地が世界遺産に登録されました。

 

 

マラケシュの旧市街地は東西2km、南北3kmで、城壁に囲まれています。その後に発展した新市街は旧市街の西に広がっています。鉄道の駅は新市街の西端にあります。
王きゅや宮殿、庭園など、世界に誇る観光都市らしい姿があります。

 

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