今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

マリボル(Maribor)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はマリボル(Maribor)について勝手に語ります。

 

 

400年以上前からワイン用ブドウ・スタラ・トルタがある都市として知られるのがスロベニアのマリボル(Maribor)です。マリボルの中心部にあり、平屋のファサードの南側に沿ってブドウが生えています。2004年には、世界で最も古いブドウの木としてギネスブックに登録されました。
この幹は直径25cmで、高さは2mあります。水平に芽が伸び、枝が分かれ、格子で支えられています。その長さは15mにも達しています。ブドウ品種はブルーフランコニア、あるいはブラックベルベットと呼ばれるもので、スロベニアで最も古い国産品種のブドウです。

 

マリボルはドイツ語ではマールブルク(Marburg an der Drau)といい、長くドイツ語圏の人が支配した都市でした。
もともとマルヒブルヒ(Marchburch)という城があり、近くに市場が発達し、1254年に町の特権を授けられました。その後、町は発展していきましたが、マティアス・コルヴィヌス軍やオスマン帝国軍に包囲されることにもなりました。
そしてハプスブルク家の支配下になりました。

 

 

第一次世界大戦中になって、ハプスブルク帝国のオーストリア人とスロベニア人との間の対立が引き起こされました。そしてオーストリア=ハンガリー帝国が崩壊し、マリボルは1918年にドイツ=オーストリアに併合されました。
これに対し、ドイツからの解放を勝ち取るためにマリボルでスロベニア人の軍事部隊が組織されました。さらにシュツヴァー(Schutzwehr)という軍の一部隊が組織されたりしました。
その後、スロベニア軍によりマリボルが囲まれ、第一次世界大戦後にユーゴスラビア王国の一部とみなされるようになりました。
それ以降、マリボルのドイツ人たちはオーストリアへと移住していきました。

 

しかし、1941年にはナチスによりドイツに併合されてしまいました。
アドルフ・ヒトラーは「再びドイツの手に」といい、マリボルを訪問しました。すぐにナチスはスロベニア人を大量追放することにしたのでした。スロベニア愛国者たちは人質にされ、刑務所で銃殺されていきました。
第二次世界大戦末期になると、連合国による空襲が激しくなり、マリボルに居住するドイツ人たちはスロベニア人による犯罪に巻き込まれ、戦終後はドイツ人は追放されることになりました。

 

そして1991年、スロベニアはユーゴスラビアから独立し、2004年にはEUに加入しました。さらに2007年にはシェンゲン条約を批准しました。これでオーストリアとの行き来が自由となりました。
オーストリアのグラーツまでは約60km程度の距離であることから、二つの都市を巡る旅が容易になりました。

 

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