今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

キズリャル(Кизля́р)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はキズリャル(Кизля́р)について勝手に語ります。

 

 

ダゲスタン共和国といっても、おそらく日本人ですぐにわかる人は少ないのではないかと思います。
どの大陸にある国かも想像できないかもしれません。
場所はコーカサス地方で、コーカサス山脈北側の北カフカース地方とカスピ海の間にあります。そのため、地理的にはヨーロッパといえる場所です。ロシア連邦を構成する共和国で、首都はマハチカラです。
国名はトルコ語由来で「山が多い場所」という意味だそうです。それだけ山岳地帯が中心となる国で、民族の交流が少ない地域だったことから、現在でも多様な民族が混在しているようです。

 

キズリャル(Кизля́р)は、マハチカラから北西方面に221km離れた都市です。チェチェン共和国と隣接しています。人口は5万人程度なので小さな都市です。
あまり知られていないでしょうが、19世紀には、キズリャルはワイン生産の中心地でした。
ただワインより生産が活発なのがコニャックで、ロシアで販売されています。また「キズリャルカ(Кизлярка)」はブドウを使ったウォッカです。

 

現在分かっているキズリャルの歴史は、15~16世紀までしか遡れません。
テレク川の渡し場だった地域にペルシャの商人たちが居住し、交易路として重要視されてからはロシア軍がやってきたようです。さらに、その後はアルメニアやグルジアから、またカフカス人、チェチェン人、タタール人、チェルケス人などが加わり、8つの民族による街となっていきました。これだけ異なる民族が集まったことで、日常の習慣は異なる部分があったものの、8つの民族に共通する点は、酒好きだったことでした。しかもイスラム教徒でもワイン醸造には寛容だったようです。
1735年にはロシア帝国政府によって要塞が築かれ、18世紀以降、ロシアと中東や中央アジアとの間の交易都市として発展していきました。
19世紀になってワイン生産が活発化すると、ワイン醸造後の搾りかすを使って、蒸留酒も大量に作られるようになりました。これがキズリャルのウォッカです。

 

もう一点、この地域に関係することとしてチェチェン紛争に触れないわけにはいかないでしょう。
ソ連崩壊直前の1991年、チェチェン・イチケリア共和国が一方的に独立を宣言し、チェチェンはロシア正教を放棄、さらにキリル文字からラテン文字に変更することにしました。完全な「脱ロシア」という動きでした。
そこで、ロシアの大統領だったエリツィンは、維持部隊を派遣したものの、チェチェン軍に負け、撤退を余儀なくされました。 そこで1994年には、ロシア連邦軍はチェチェンに本格的な軍事侵攻することになりました。圧倒的な軍事力を誇るロシア軍でしたが、ソ連崩壊直後ということで、軍はかなり弱体化していました。
一方、チェチェンはアル・カーイダのオマル・ハッダード司令官が中心になって反撃してきました。
激しい戦闘の末、ロシアは翌年になって軍隊を撤退させました。
ところが1996年1月、キズリャルの航空基地がチェチェン共和国の独立勢力により襲撃を受けたのです。
このチェチェン紛争は第二次となり、2002年のモスクワ劇場占拠事件、2004年のベスラン学校占拠事件など、ゲリラ戦や自爆テロなどに繋がっていきました。

 

ここにも東西冷戦が終焉してからの激しい歴史があります。
ワインやコニャックに直接関係することではありませんが、その生産地に起きた激動はぜひとも知って頂きたいことです。

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