今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

コンキスタドールとインカ帝国滅亡

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はインカ帝国とペルーワインについて勝手に語ります。

 

 

南米ワインといえば、日本ではチリワインが圧倒的に有名ですが、実はペルーでもワインが生産されています。
ペルーといえばかつてのインカ帝国です。
ワイン生産はインカの時代にはなく、スペインのコンキスタドール(征服者)により帝国が滅亡し、キリスト教とともにワイン生産が入ってきました。
このコンキスタドールのやり方はかなり過激なもので、それまでのインカ帝国の伝統を抑圧していきました。あらゆる価値の転換、アイデンティティの破壊・消失等々、それまでの洗練された営農組織で成立していたインカ帝国の基幹部分がすべて破壊されました。
しかもコンキスタドールは旧インカ帝国の国民を酷使し、使い捨てにしました。
一説によると、全盛期にインカ帝国の人口は1600万人だったのに対して、スペイン統治時代の18世紀末では、ペルーの人口が108万人程度まで減少していたといわれています。コンキスタドールの恐ろしさを感じさせる一面があります。

 

インカ帝国にとって不幸だったのは、コンキスタドールの襲来のときにインカ帝国では内戦が勃発していたことと、天然痘が流行していたことなどが挙げられます。
ペルーの山岳地帯はヨーロッパにはない過酷な環境でもあり、それに慣れたインカ帝国の兵士がコンキスタドールに敗れたのは、兵器の差も大きかったといえます。いわゆる「鉄砲」(Arcabuz)などの兵器があり、しかも当時のスペインは多くの地域で征服や戦争を経験し、戦術面でも抜き出ていました。さらに反インカ帝国の現地の人々も懐柔し、同盟関係を結ぶしたたかさもありました。
しかし、18世紀になると、インカ帝国復興を目標とする反乱も起こり、ヨーロッパではナポレオン戦争の影響でスペイン本国にフランス軍が侵入し、その後にスペイン独立戦争などもおきました。
ペルーではその情勢を背景としてクスコの反乱などが起こり、外来勢力により独立へと向かいました。

 

 

ワインに話を戻すと、ペルーの場合、同じ南米でもチリやアルゼンチンのようにブドウ栽培に適した気候ではありませんでした。
それはペルーが赤道に近く、ワインベルトからは大きく外れていることが挙げられます。
しかも、フィロキセラというブドウの害虫によって多大な被害を受けたこともあります。
そのため、ペルーの場合、輸出はおろか、国民的な飲料にすらなりえず、ワインはチリ、アルゼンチンなどの南米ワインだけでなく、ヨーロッパからの輸出ワインが中心でした。
それでもワイン生産がないわけではありません。
代表的なワイナリーはTACAMAとINTIPALKAです。TACAMAについては、南米最古のワイナリーといわれています。

 

現代のペルーといえば、1968年のペルー革命(実際は軍事クーデター)以降、日本でもおなじみのフジモリ政権、第二次ガルシア政権のときのペルー地震の大被害など、時々ニュースに取り上げられる程度かもしれません。
そんなペルーですが、貴重なワインもぜひ頭の片隅に入れておいて頂きたいと願います。

 

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