今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

グレゴリー・ブラックスランド

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はグレゴリー・ブラックスランドについて勝手に語ります。

 

 

イタリア、フランス、スペイン、アメリカ、アルゼンチン、中国に次ぐ世界第7位のワイン生産量を誇るのがオーストラリアです。
そのオーストラリアワインで、初めてボルドースタイルのワインを生産した農場経営者であり探検家でもある人物がグレゴリー・ブラックスランド(Gregory Blaxland)です。
彼は1778年6月17日にイギリスのケント州フォードウィッチで生まれました。父親はその町の首長を務めた人物でした。

 

1805年に、ブラックスランドは妻と3人の子どもを連れてオーストラリアに向かいました。新天地を求めての移住でした。
一緒に行ったのは家族だけでなく使用人、労働監督者、さらには家畜の羊、養蜂用のミツバチ、穀物の種子なども含まれていました。
シドニーに到着したのは1806年4月1日で、4,000エーカーの土地を購入し、シドニーの西方に位置するサウス・クリークで農場の経営を開始しました。
畜産業と農業を行い、南アフリカのケープタウンのブドウの木をパラマッタ・ヴァレーに植え、ボルドースタイルのワインを生産したのでした。
そして1822年、彼は醸造したワインを持って、イギリスへと戻りました。翌年のロンドンで書籍を出版したり、彼のワインがイギリス王立芸術協会によって銀賞が与えられたことで、オーストラリアとしては海外で初めて賞をとったワイン生産者にもなりました。

 

1813年には、探検家としてヨーロッパ人によるグレートディヴァイディング山脈のブルー・マウンテンズ横断探検を行い、その共同指揮を執ったこともあります。
グレートディバイディング山脈(Great Dividing Range)は、オーストラリアで最も重要な山脈といわれ、その規模としては世界で4番目に長い山脈です。
全長は3,500キロメートル以上で、オーストラリア大陸の最高峰であるコジアスコ山 (2,228m)を含んでいます。

 

1963年にはブラックスランドを含めた探検家のブルー・マウンテンズ横断探検の様子を描いた切手が発行されたこともありました。

 

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