今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

フランケン大公領

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はフランケン地方について勝手に語ります。

 

 

以前にもローテンブルクとあわせてフランケンワインについては記述させて頂きました(フランケンワインとローテンブルク)。
この地域は、神聖ローマ帝国の部族大公だったフランケン大公の領地でした。
創設は906年頃といわれ、カロリング朝が断絶した際に在地貴族のコンラート1世がフランケン地方を支配したことでした。
さらにコンラート1世は911年には東フランク王にまでなり、大公位については弟のエーバーハルト3世に譲りました。
しかし、フランケン大公は長続きしませんでした。
コンラート1世が死去後、ザクセン大公のハインリヒ1世が王に選出され、エーバーハルト3世もハインリヒ1世に従いましたが、939年にはハインリヒ1世の息子のオットー1世が王位を継いだことに反旗を翻しました。
しかし、この戦いは敗死という結果を招き、オットー1世はこれ以降フランケン大公を置かなくしたのです。

 

フランケン大公の消滅により、東西の各フランケン大公も生まれましたが、どちらも消滅という流れになりました。
ヴュルツブルク司教領、バンベルク司教領、アンスバッハ侯領、バイロイト侯領など、多くの領邦や自治都市の集まった地域として存続し、いわば連合した地域となりましたが、神聖ローマ帝国崩壊後は、バイエルン王国の一部となりました。
そのため、現在のドイツの行政区画では、ドイツ連邦共和国バイエルン州の中の、ウンターフランケン県、ミッテルフランケン県、オーバーフランケン県の3県を合わせた地域となります。バイエルン州では北部一帯の地域に相当します。
その位置的要素からロマンティック街道の沿線に関係しています。

 

この地域の中心都市といえばヴュルツブルク(Würzburg)です。
人口は13万人程度ですが、バイエルン州ではミュンヘン、ニュルンベルク、アウクスブルクに次ぐ規模です。
ドイツの空の玄関口であるフランクフルト・アム・マインは北西約120kmの距離にあり、欧州高速鉄道のICEで1時間程度で行くことができます。
1981年にはヴュルツブルクのレジデンツがユネスコ世界遺産に登録されました。また、ロマンティック街道の起点としての機能もあります。
そして何よりフランケンワインの集積地です。

 

この都市の歴史をひも解くと、実は興味深いことも多々ありますが、それについては次の機会にしましょう。

 

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