今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

フランス共和国( République française)3

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
ワインと美食の国・フランスについて勝手に語る第3回(最終回)です。

 

 

フランス革命により、ルイ16世が処刑され、さらに王妃マリー・アントワネットや王党派のダントンらまで処刑されました。
ロベスピエールによる恐怖政治の始まりでしたが、彼も1794年にクーデターで失脚し、今度は処刑される側になってしまいました。
そして1799年です。
ナポレオン・ボナパルトの登場です。

 

 

1804年にはナポレオンが皇帝に即位し、次々とヨーロッパ各国に対し侵略をはじめました。連戦連勝の破竹の勢いだったナポレオンでしたが、ライプツィヒの戦いに敗れ、1814年に退位することになりました。ウィーン会議により、エルバ島への流刑が決定しました。
しかし、ナポレオンは翌年の1815年にエルバ島を脱出し、再び返り咲きます。ただこれも百日天下に終わり、完全な失脚へと繋がりました。
次にルイ18世がフランス国王に即位したことにより、ブルボン家の復古となりました。諸外国はこの即位を承認しました。
一般的によくいわれるウィーン体制による保守反動的な体制です。それでも絶対王政が完全に復活したわけではなく、立憲君主政となり、近代的国家としてかつての身分制の枠組みは復活しませんでした。

 

ルイ18世の次に、弟であるシャルル10世が即位すると、王権復古的な政治を推し進めますが、これにともなって王への反発も強まりました。
そして1830年の七月革命により、シャルル10世も失脚しました。
フランスの歴史が難しいのは、この革命は立憲君主派によるもので、共和政にはならなかったことになりますが、共和制や帝政などが繰り返され点にあります。ちなみに現在は第五共和制です。

 

さて、七月革命後に即位したルイ・フィリップは、次の二月革命で失脚しました。
その後の総選挙では社会主義者が大敗を喫し、国立作業場が閉鎖されたことで、パリの労働者が反発し、六月蜂起を起こしました。これはすぐに鎮圧されたものの、政治的混迷状態が続きました。この背景から、ある種のカリスマ性を持った強力な指導者の登場が待望されるようになったのかもしれません。
結局、その願望を叶えたのがルイ・ナポレオンでした。1851年、国民投票により皇帝に即位しました。
このナポレオン3世については、以前に投稿したことがあります。

 

ナポレオン3世が制定したワインランク

 

ナポレオン3世は、様々な外国遠征に成功し、国内では工業化を推進していきました。
しかし1870年に普仏戦争に破れ、ナポレオン3世が捕らえられてしまいました。これが第二帝政の終焉でした。

 

第三共和政は1875年の第三共和国憲法によって始まりました。
この時期に第一次大戦も第二次大戦も起きました。
この時期の「自由フランス」についても以前に投稿したことがあります。

 

自由フランス

 

大戦後に第四共和制、第五共和制と移行しました。
3回に分けて、駆け足でフランスの歴史を語ってきましたが、よく分からなかったかもしれません。おそらく日本の歴史もこの短い量で語った場合、同じようによく分からず、なんだか同じことの繰り返しのように感じるかもしれません。でも、それが歴史というものかもしれません。
歴史は繰り返す、、、
フランスも日本も共通することではないかと、思いつつ、この連載を終えます。
フランスは詳しくないので、疲れました。

 

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