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ヨーロッパ(Europa)の基礎知識 13

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
不定期連載のヨーロッパ(Europa)の基礎知識ですが、今回は第13回になります。

 

 

前回の第12回は、ヨーロッパの都市鉄道の実践的な情報をご紹介しました。今回は趣向を変えて、閉鎖都市(closed city)についてです。

 

ヨーロッパには閉鎖都市が存在しました。現在でもロシアでは「閉鎖行政領域体に関するロシア連邦法」が制定されていることから、閉鎖都市(ZATO)とされる42もの都市があるとされています。その都市の人口の合計は約130万人にも及ぶようです。かつてのソ連時代には東西冷戦を背景にして、軍事や核開発などの閉鎖都市が多くあったイメージですが、ロシアになってからも継続しているのです。この閉鎖都市では、居住者と関係者を除くと、都市への立ち入りが規制されています。一説では、これ以外にも他に約15の確認されない都市があるともいわれています。

 

ヨーロッパではないですが、日本に近いソ連の閉鎖都市というと、ウラジオストクが挙げられますが、これはソビエト海軍基地があったたことで、国内旅行者も制限されていました。これが今では解放され、日本からも最も近い「ヨーロッパ」として観光に力をいれました。同じようにウクライナのセヴァストポリなども同様の理由でした。

 

あとはやはり核兵器開発と関連する都市が閉鎖都市となっていましたが、冷戦が終わり、さらにソ連も崩壊したことによって、状況が大きく変化しています。核兵器の需要が減少したことで、軍事産業としての核兵器開発が基幹産業だったことから、閉鎖都市は不況に陥ったのでした。外部から人が流入しないものの、内部の人による治安が悪化してしまったのでした。そこで、軍事目的から平和利用や民間の工業製品への事業転換などを行っている都市が多くあります。

 

閉鎖都市はロシアだけにあるわけではなく、旧ソ連と関連して、ウクライナ、エストニアにもあり、北欧のスウェーデンにもあります。具体的にご紹介しましょう。
まずウクライナでは、先に挙げたセヴァストポリだけでなく、ミサイルの製造拠点だったドニプロペトロウシク(ドニプロ)も閉鎖都市でした。ソ連崩壊後に解放されました。あと有名なのはチェルノブイリとプリピャチです。1986年のチェルノブイリ原子力発電所の事故により、プリピャチは放射能が降り注いだことで住民は全員避難させられた街です。

 

エストニアでは、シッラマエが閉鎖都市でした。ソ連時代に核関連施設があったことが理由でした。ソ連崩壊からエストニア独立という流れの中で閉鎖都市が終わりました。またパルディスキがソ連の海軍原子力潜水艦訓練センターがあったことから同じように閉鎖都市でした。ここはロシア海軍が撤収することで閉鎖都市から外れました。

 

スウェーデンは旧ソ連を構成する国ではありませんでしたが、東西冷戦時期に軍事基地だったゴットランド島を中心とした地域が閉鎖されていました。スウェーデンは東西どちらでもない立場でしたが、完全な中立ではなく、ゴットランド島は西側にとって、東側との最前線基地という役割を担っていました。

 

このように、日本人ならヨーロッパのどの都市でも自由に行けるイメージがあるでしょうが、東西冷戦時代には制限される場所も多くありました。解放された都市に行くのも、話のネタにはなるかもしれません。

 

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