今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

カール大帝とコルトン・シャルルマーニュ(Corton-Charlemagne)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はカール大帝とコルトン・シャルルマーニュ(Corton-Charlemagne)について勝手に語ります。

 

 

世界で最も偉大な赤ワイン産地」とも呼ばれるコート・ド・ニュイの南端にはニュイ・サン・ジョルジュがあります。ここからさらに南下するとコルトンの丘に至ります。ここは標高400m程度の丘陵地で、森林で覆われています。
このコルトンの丘の斜面にある広大なブドウ畑からコルトン・シャルルマーニュというグラン・クリュ(特級畑)が産み出されています。
赤ワインではなく、白ワインとして有名なコルトン・シャルルマーニュです。

 

シャルルマーニュとは、フランス語で「Charlemagne」ですが、歴史の教科書ではフランク王国のカール大帝となります。フランク王国の大帝ですから、ドイツとフランスの始祖ともいわれる人物です。
なぜカール大帝の名が関係するのかといえば、ここには伝説があるからです。

 

カール大帝はコルトンの丘にブドウ畑を所有していたといいます。主に赤ワインを生産させていたそうです。
ある日のこと、カール大帝はここで赤ワインを飲んだところ、白くなった髭がワインで赤く染まってしまいました。威厳が保てない姿になってしまいました。また、一説では、自慢の髭が赤く染まったことで、戦いに明け暮れた若い頃の血を連想させたともいわれ、カール大帝は激怒しました。
そこでカール大帝は白ワインしか飲まなくなり、コルトンの丘でも白ブドウの栽培しか許さなくなったという伝説です。
これがコルトン・シャルルマーニュの誕生となりました。

 

単なる伝説だと思えますが、カール大帝のエピソードのあるワインというだけで貴重な気もします。
ただし、カール大帝が飲むようになった白ワインと現在のコルトン・シャルルマーニュが同じものとは思えません。なぜなら、このエピソードから1000年経過した時代には、コルトンの丘では赤ワインだけがつくられていたといわれているからです。
では、現代のコルトン・シャルルマーニュはいつ誕生したのかというと、19世紀末頃だといわれます。ルイ・ラトゥールによるもので、この時代、フィロキセラの影響でコルトンの丘のピノ・ノワールが壊滅的な被害を受けてしまいました。この時に、シャルドネを植樹して、カール大帝に因んでコルトン・シャルルマーニュと名付けたようです。

 

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カール大帝は5回結婚し、しかも第二夫人も4人いたといいます。
子どもも20人以上いたといわれます。しかも、娘たちを結婚させなかったため、娘たちは駆け落ちしたりするケースがあったといいます。
さらに、カール大帝は娘を寵愛するあまり、娘たちとの近親相姦の関係があったともいわれています。近親相姦は実の妹のギゼラ(ジゼル)ともあり、二人の間にローランが生まれたといいます。
もちろんこれも伝説で、そもそもローランは「ローランの歌」という文学作品に登場する勇将で、この物語ではカール大帝の甥で、7年間、スペイン遠征に従軍した人物です。
これだけの伝説を残すカール大帝ですから、コルトン・シャルルマーニュの伝説があっても何ら不思議ではないといえます。

 

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