今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

コインブラ(Coimbra)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はコインブラ(Coimbra)について勝手に語ります。

 

 

ポルトガルでは、リスボン大都市圏、ポルト大都市圏に次ぐ重要な都市圏がコインブラ(Coimbra)都市圏で、その中核のコインブラ市はセントロ地方(Região Centro)最大都市です。1139年から1255年までの期間はポルトガルの首都でもありました。

 

コインブラは古代ローマ時代から続く都市で、最初はアエミニウム(Aeminium)と呼ばれていました。すぐ近くには、イベリア半島に残る最大規模の都市遺跡もあります。コニンブリガ考古遺跡です。
もともとはケルト人集落で、都市建設は1世紀になってからでした。古代ローマの人々が建設しました。この周辺地域はローマの属州ルシタニアで、その中心都市として繁栄するようになりました。
これが5世紀になると、西ゴート族が進入し、街は破壊されてしまい、西ゴート王国時の支配地となりました。その際に都市名はエミニオ(Emínio)と呼ばれるようになりました。

 

その後のイベリア半島といえば、イスラム教勢力との戦いの歴史となります。
711年には、ウマイヤ朝がイベリア半島に侵攻してきました。イスラム教勢力はイベリア半島南部を占領し、キリスト教勢力は北部に残りました。コインブラは、イスラム教世界とキリスト教世界を結ぶ地点にあり、商業の中心地にまで発展しました。
イスラム教勢力からコインブラが奪回したのは1064年で、レコンキスタによるフェルナンド1世でした。そこでコインブラ伯領が設置されることになり、統治はシスナンド・ダヴィーディスで、のちにポルトゥカーレ伯領に組み込まれました。
また、カスティーリャ王国から独立したアフォンソ・エンリケスにより、コインブラを首都に定めました。つまりブルゴーニュ王朝ポルトガル王国の首都となったのでした。

 

中世の時代には、コインブラの都市はアルタ・アルメディーナ地区とバイシャ地区の2つブロックに分けられました。アルタ・アルメディーナ地区は貴族や聖職者の居住地域で、バイシャ地区は川沿いのエリアで、主に商工業者が居住する地域でした。
街は城壁で囲まれ、14世紀前半にはモンデーゴ川左岸に旧サンタ・クラーラ修道院が建てられました。しかし、モンデーゴ川は氾濫が頻発したことで、17世紀になって丘の上に新しいサンタ・クラーラ修道院が建設されました。旧修道院は放棄されました。これは最近発掘されました。

 

このコインブラ近くにブサコ・パレス・ホテルがあります。もともとは国王マヌエル2世が狩猟用として建てた離宮でしたが、それをホテルに改装したものでした。このホテルは、宮殿のような内外装もさることながら、門外不出のオリジナルワインでも有名です。王室のたの高貴なワインです。このホテルでしか味わえない「幻のワイン」は、 謎に包まれています。ワイナリーがホテルの近くにあるため、そこで生産されているのは分かりますが、どのブドウ畑で栽培されたのか、どんなブドウ品種なのか、また醸造方法についても謎なのです。一度はぜひ味わいたいものです。

 

 

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