今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

クルジュ・ナポカ(Cluj-Napoca)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はクルジュ・ナポカ(Cluj-Napoca)について勝手に語ります。

 

 

あまり知られていないでしょうが、ルーマニアのブドウ栽培面積は世界10位であり、ヨーロッパでは第5位の広さを誇っています。ワイン醸造の歴史も古く、伝統を持ちながら、魅力溢れるワインが生産されています。
緯度が南フランスや北イタリアと同じ44°〜48°Nにあり、気候についても「温帯大陸性気候」ということで、四季があり、昼夜の気温差もあり、冬と夏の寒暖差も大きい国です。
そんなルーマニアのワイン産地の中に、トランシルヴァニア地方があります。ここは高原地帯で、比較的白ワインの生産が中心といえます。

 

トランシルヴァニア

 

そのトランシルヴァニア地方の中心地ともいえるのがクルジュ・ナポカ(Cluj-Napoca)です。
ソメシュル・ミク川の渓谷に位置しています。首都のブカレストから約480km離れています。ルーマニア第3の人口を誇り、ハンガリー語ではコロジュヴァール(Kolozsvár)、ドイツ語ではクラウゼンブルク(Klausenburg)という名前になっています。
このドイツ語名は、ハンガリー王ラースロー4世によって、1275年にトランシルヴァニアにいたザクセン人を、この地に入植するように勧めたことで、ドイツ語名のクラウゼンブルクとなったものです。
さらにここに居住したハンガリー人はコロジュヴァールと呼びました。

 

その後は都市として発展し、15世紀にはザクセン人とハンガリー人の住民の数が等しくなりました。そして1541年にトランシルヴァニア公国の一部となりました。しかもトランシルヴァニア公国の文化と宗教の中心都市となりました。一方で、オスマン帝国とハンガリー王国の戦争により、ザクセン人が減少し、ハンガリー人の人口が増えていきました。
1861年から1867年のわずか6年の期間は、トランシルヴァニア大公国の首都となりました。これはオーストリア・ハンガリー帝国が建国されたことで、ハンガリー王国に編入されたことから首都でなくなりました。それでもブダペストに次ぐ王国第2の都市となっていました。
ルーマニア王国の一部となったのは第一次世界大戦後のことでした。そのためか、20世紀半ばまで住民の最大人数を占めていたのはハンガリー人でした。
徐々にルーマニア人が増加し、1966年の国勢調査では逆転していたようです。

 

 

実はこの都市は、ハンガリーのブダペストとルーマニアのブカレストとの中間距離に近い場所にあります。
東欧を堪能する旅であれば、ここを経由するプランもありだと思います。

 

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