今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

キリストの血入門 19

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
ワインが「キリストの血」であることから、キリスト教について勝手に語っていく第19回です。今回もワイン屋の店長が宗教学者になって語りますので、誤りがあっても許してください。

 

 

前回はイスラム勢力の台頭後の東西教会についてでした。今回は少し時間を遡りつつ、修道院についてです。

 

修道院は、修道士による修道生活、要するに共同生活を行う施設です。キリスト教の祈りや労働を行います。
修道制度としては、古代に始まったものです。最初は洞窟や砂漠で1人で修行しました。隠者の生活といえるもので、この始祖は聖アントニウスだという伝承もあります。
ただし、このような修道生活というのは、他人と最低限の接触しか持たないことで、多くの困難がありました。そこで、修道士たちが集まり、集団生活を行う制度として誕生したのが修道制度の起源といわれています。
その一方で、ローマ帝国によるキリスト教迫害時代が終わると、虐げられて状況が解放された反動もあり、迫害時代のように、あるいはより禁欲的な生活を求める人々も現れました。やはり砂漠や人里はなれた場所での求道的な生活を行いました。このような流れも修道者として確立されていきました。

 

修道院には、男子修道院と女子修道院とに分かれます。修道士と修道女です。どちらも一生独身で、結婚することはありません。
修道院はすべての教派にあるわけではありません。あるのは、カトリック教会、東方諸教会、正教会、聖公会、ルーテル教会などです。この中でルーテル教会を完全なプロテスタントで、この例外を除けば、基本的にプロテスタントに修道院はありません。
また、ローマ帝国の東西分裂も関係して、修道制度も東西で異なった展開となりました。
特に東方では、前回にも述べた(キリストの血入門18)でも触れた聖像破壊運動に対する聖像擁護などのように、民衆の代弁者という機能もありました。

 

カトリック教会の場合、修道会の制度というのがあります。
中世の修道院運動の中から多くの修道院が誕生しました。しか修道院の創立者の霊性を保持することで、ある種の権威を保ちつつ、独自の会則や組織化を進めていきました。従って創立者のカリスマ性とそれぞれの使命により、それぞれの活動を行うようになりました。
あくまで修道会は修道生活が中心ということもあり、祈祷が重視されていました。これが宣教を目的としていったのが近世のイエズス会でした。
また、17世紀以降になると、領主から独立した社会福祉団体により、地元の司教のもとで女子修道会が誕生しました。代表的なのがサレジオ会でした。
観想修道会の場合は、修道士は修道院の敷地内を出ない生活でした。自分の意思で修道院から出られませんでした。この代表的なものとしてはトラピスト会が挙げられます。

 

ブルゴーニュのワインに関連するシトー会も修道院で、ベネディクト会から派生しました。
ベネディクト会は、西ヨーロッパ的修道制度を代表するもので、ベネディクトゥスが創始しました。ここでの修道制度は、同一グループに属するすべての修道者たちが会憲・会則という形で同じ精神を共有するのが特徴でした。
女子修道院は、ベネディクト会を見習い、同じ精神と生活スタイルを持った女性たちの集まりとなりました。
また、ベネディクト会は、従来の祈祷中心の信仰生活だけでなく、労働を重視しました。土地の開墾、農業技術、ワインの醸造技術など、彼らが発展させたともいえます。

 

修道院はまた、病院のルーツでもありました。ホスピス(hospice)の役目を担うこともありました。余命いくばくもない人が最後の時間を心やすく過ごすための施設です。
巡礼者の宿泊施設という側面もありました。

 

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