今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

キリストの血入門 12

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
ワインが「キリストの血」であることから、キリスト教について勝手に語っていく第12回です。今回もワイン屋の店長が宗教学者になって語りますので、誤りがあっても許してください。

 

 

前回はミラノ勅令によりキリスト教がローマ帝国で認められ、テオドシウス1世により国教となった点について述べました。今回はその後の歴史についてです。

 

キリスト教の公認にともなって、キリスト教内部でも神学が様々に発展していきました。各地で構築された神学が独自の教理となり、キリスト教内での論争が激しくなっていきました。
迫害されていた時代から、キリスト教の拠点が各地にあったことで、教会内での意見の統一は難しい状況でしたが、その中で神学の中心としては、ローマではなくギリシア教父でした。アレクサンドリアのオリゲネス(Origenes Adamantius)、カイサリアのバシレイオス(Βασίλειος Καισαρείας)、ナジアンゾスのグレゴリオス、ニュッサのグレゴリオスなどでした。

 

オリゲネスは、新プラトン主義の影響を受けていました。
それが最も現れているのが、プラトンの『ティマイオス』と旧約聖書の『創世記』を融合しようとした点にあります。二つの世界創造についての記述を融合させ、創造について、「神が無に自分の存在を分かち与えたこと」としました。このような融合とともに、聖書の記述をそのまま信じるのではなく、何かの比喩として解釈する手法をとりました。
しかし、彼の死後300年経過した西暦553年には、異端とされてしまいました。

 

カイサリアのバシレイオスは、全ての教派で聖人として崇敬されているほどの神学者でした。特に正教会で顕著です。
救貧施設を建設した人物で、らい病を含む病人の収容保護、貧民収容所、孤児病者収容所、嬰児収容所など、、福祉事業に貢献する一方で、三位一体論の形成などに影響を与えました。また、正教会の聖体礼儀の奉神礼文を整備した人物でもありました。

 

ナジアンゾスのグレゴリオスは、テオーシス(人間の神化)思想の理論化、神の本質の不可知性と神の業において顕現する神の光の可知性の二重構造を、初めて神学理論として体系化した人物です。
ナジアンゾスのグレゴリオスも正教会では特に崇敬されました。

 

ニュッサのグレゴリオスは、第1回コンスタンティノポリス公会議でアリウス派を反駁した人物です。
このアリウス派への反駁は、同時に三位一体論の確立に繋がりました。そして神の無限性についての神学を確立しました。
正教会・非カルケドン派・カトリック教会・聖公会・ルーテル教会で聖人になっています。

 

キリスト教も内包したマニ教、モンタノス派、アリウス派など、様々な視点によるキリスト教観により、4世紀以降では、神学論争によって教会の分裂にまで至る事態となりました。
特にアリウス派とアタナシウス派の論争は、キリストの位置付けに対して反発し、暴力的な争いにまで発展してしまいました。
そこで、このような過激な教派間の抗争を止めることを目的として、西暦352年にニカイア公会議が開かれることになりました。ローマ皇帝コンスタンティヌスによるものでした。
ここで初めて、ローマ帝国の皇帝がキリスト教に介入したことになります。彼は、キリスト教というよりもローマ帝国内の問題として、この解決を図ることにしたようです。

 

その結果、アリウス派は異端とされました。
西暦431年にはテオドシウス2世によりエフェソス公会議が行われ、このときはネストリウス派が異端とされました。
これによりアリウス派もネストリウス派も追放されました。

 

ここでネストリウス派が追放されたことで、のちの東方世界、シルクロード経由での中国など、歴史を大きく変えることになりました。その話はまた機会を改めましょう。

 

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