今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

ブルゴーニュとブルグント王国

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はブルゴーニュとブルグント王国について勝手に語ります。

 

 

ブルゴーニュワインといえば、フランスを代表するワインであり、フランスのAOC認証ではコート・ド・ニュイ、オート・コート・ド・ニュイ、コート・ド・ボーヌ、オート・コート・ド・ボーヌ、コート・シャロネーズ、マコネー、ボジョレー、シャブリの8つの地区になっています。
これらの地域はブルゴーニュ地域圏ですが、現在では正式な地域圏(région)ではなくなっているようです。ただ歴史的には古く、ドイツ語で「Burgund」というように、地名はゲルマン人のブルグント族に由来しています。そのため、今でもドイツ語ではブルゴーニュとはいいません。

 

このブルグンド族ですが、スカンジナビア半島にいたゲルマン人で、ヨーロッパ大陸を南下したといわれてます。言語は東ゲルマン諸語だったようです。
スカンジナビアが起源であるというのは、伝承ではありますが、考古学的には間違いないとする人も多く、また各地名の由来等からも裏付けられるともいわれます。
しかし文献・史料に基づく歴史学では、古代のローマ文献にどこからの移動なのかについて記述がなく、その後の歴史のほうに主眼が置かれています。

 

地理的にローマ帝国との関係が大きく、ゲルマン民族の大移動の影響も受けてきました。
ブルグント王国として建国したのは、ブルグント族のグンダハール(Gundahar、Gundicar)により、傀儡皇帝を擁立したことによります。
ローマ帝国との同盟関係になりましたが、ガリア・ベルギカ北部地域へ襲撃しました。しかし、ローマ帝国はフン族の傭兵により反撃を開始し、ブルグント王国の破壊へと繋がりました。

 

不思議なことに、ブルグント族は王国滅亡後、再びローマとの同盟関係に戻り、移住はさせられるものの以後8代の王により統治される王国が復活しました。
最終的にはフランク族により滅亡しました。

 

ブルゴーニュの地域に目を向けると、中世になって以前に取り上げたクリュニー修道院などが創設されました。
その後にブルゴーニュ公国となったり、一部がハプスブルク家に併合されたりした歴史があります。
激動と血なまぐさい歴史を経て、現在のブルゴーニュはボルドーと並ぶ世界的なワイン産地となったのです。

 

ブルゴーニュワイン一覧

 

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