今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

ブダペスト紀行 4(Budavári Palota)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
ハンガリーのブダペスト紀行4回目です。
ゲッレールト山の麓からトラムに乗車し、ドナウ川に沿って北上しました。

 

 

19号線のトラムは昔ながらの車体で、1本前に発車した最新型と違って、ソ連衛星国の時代を感じさせるものでした。旅行者には旧型のほうが趣ある感じといえるかもしれません。
ドナウ川に沿ってゆっくりと、ブダ王宮(Budavári Palota)のある丘の下を走っていきました。どこで降りるのがよいかわからないので、セーチェーニ鎖橋(Széchenyi Lánchíd)が右手に近づいてきた場所で下車しました。
この橋は、ブダペスト市内ではドナウ川に最初に架かけた恒常的な橋で、これが完成する前は「舟橋」といって、舟を並べてその上に橋を渡したものや、フェリーのようなものを使った「飛び橋」などしかありませんでした。
19世紀になってようやくこの橋が完成したことで、西岸のブダ地区と東岸のペシュト地区(ペスト地区)が結ばれ、利便性が格段に向上したのでした。

 

橋の反対側は高台に位置にする「王宮の丘」で、この丘が独立した街のようになっていて、ブダ王宮、マーチャーシュ教会、漁夫の砦、三位一体広場などのブダペストの主要観光スポットが集中しています。
王宮の丘へ登るには、最も手軽なのがケーブルカーです。セーチェーニ鎖橋の先にあります。
しかし、長い行列で、乗車できるまでに何時間かかるかわからないほどでしたので、すぐに乗車を諦め、歩いて登ることにしました。暑い日でしたが、日本より湿度が低いので、何とか登れると判断しました。
ケーブカーの左手に丘に登れる場所がありましたが、それに気づかず、反対側から登ると観光客の姿もなく、比較的快適に登ることができました。坂道が終わり、平坦な場所に石畳が広がる場所まで来ると、その先は王宮です。
歴代の王が居城してきた王宮ですが、現在は「国立美術館」、「歴史博物館」、「軍事歴史博物館」になっています。

 

現在の王宮は第一次世界大戦、第二次世界大戦で被害を受けたのち、20世紀半ばに修復された姿です。
この王宮は破壊と再建の歴史ともいえます。
1241年にはモンゴル軍の攻撃で王宮は破壊されました。当時は木造の城壁でした。
これを石造で再建したのがアールパード朝のベーラ4世で、続いて14世紀になると、アンジュー家のハンガリー王ラヨシュ1世によってゴシック様式の王宮に改造されました。
ところがこれも17世紀に入るとオスマン帝国によって破壊されてしまいました。
18世紀にはハプスブルク家が支配し、王宮も再建されました。このときにゴシックからバロック様式へと改造されました。
しかしこれも長く続かず、19世紀半ばには火災により被害を受けたのです。

 

 

この王宮では、15世紀のマーチャーシュ1世が王だった時代、イタリアから多くの職人や芸術家が多数集まっていました。このときがハンガリー・ルネッサンスの時代でした。
ハンガリーの若者に対しては外国へと留学させることを積極的に行いました。
また、ポジョニ(現在のブラチスラヴァ)には大学を設立し、王立図書館には写本が2,000巻も集められたといいます。

 

王宮からはドナウ川が一望できます。
セーチェーニ鎖橋は眼下に見え、ゲッレールト山もすぐ近くに見えます。
さすがにここは大勢の観光客が行き来しています。アジア人は少ないものの、やはり中国人は団体で騒いでいました。日本人は見かけませんでした。
王宮を堪能したあと、すぐ隣に行くと、そこは大統領官邸でした。衛兵が立っています。これも見て損のない光景でした。

 

この次はマーチャーシュ教会や地下迷宮へ行こうと思いましたが、とりあえず昼食にすることにしました。

 

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