今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

ブルージュ(Brugge)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はブルージュ(Brugge)について勝手に語ります。

 

 

ベルギーを代表する観光都市といえば、真っ先にブルージュ(Brugge)を挙げたいと思います。
個人的な話ですが、この都市は、80年代の年末年始にモスクワからロンドン、そしてドーヴァー海峡を越えて向かう予定でした。そのルートにあわせて航空券を手配していました。成田-モスクワ、モスクワ-ロンドン、フランクフルト(マイン)-成田の3種類の航空券で、この中でモスクワ-ロンドンだけがキャンセル待ちとなってしまいました。そのため、最終的に行くのを断念しました。
以来、一度もブルージュに行く機会がなく、世界の中で最も思い入れのある都市のひとつになってしまいました。

 

ブルージュは「北のヴェネツィア(Venezia)」と呼ばれるほど運河が巡っています。ハンブルクも運河の街ですが、街中の水路に船が多く行きかうのは、やはりヴェネツィアとブルージュならではといえるかもしれません。
物価はフランスより安く、洗練された料理も多いといいます。それにあわせるワインもフランス産やドイツ産だけでなく、地元ベルギーワインもあります。
もともとこの都市は、初代フランドル伯(Comte de Flandre)のボードゥアン1世による城塞建築から始まったといわれます。
現在のベルギー北部やフランス北部のフランドル地方は、843年のヴェルダン条約によりフランク王国分裂後の中フランク王国に属していました。しかし870年のメルセン条約では西フランク王国の領土となりました。ただこれは、東西フランク王国の緩衝地帯という役割を担うことにもなったのです。
フランドル伯の3代目はアルヌルフ1世で、この時代にブルージュは城塞を強化し、聖ドナティアン教会や聖サルヴァトール教会も建てられました。

 

運河の街となったのは12世紀の津波の影響でした。
ブルージュは海辺の街でなく、海からは10km以上も離れていたにも関わらず、津波が街を襲ったのでした。
都市の復興に際し、洪水で水のたまった溝を運河として、都市の再構築をしたのです。ズウィン湾と続く水路を整備し、さらに町中へと水路を張り巡らせたました。北海に出るのも船でそのまま行けるようになり、交易に最適な都市となっていきました。
運河の都市となってからは交易が盛んになり、街は大きく発展していきました。13世紀にはハンザ同盟の在外商館が設置され、貿易だけでなく金融でも拠点都市として繁栄しました。
この繁栄は、教会や貴族などの権威に支配されていた時代にあって、市民による鐘楼を建てたことが注目すべきことでした。支配される側が、自身の力で市場の開始の時刻を告げることから、その後の資本主義への移行に関係するという見方ができたのです。

 

そして何よりブルージュは、『死都ブリュージュ』です。
ジョルジュ・ローデンバックによる小説で、港湾施設の機能が失われ、衰退期にあったブリュージュが舞台となっています。
この小説では、ユーグ・ヴィアーヌが妻を失い、死の雰囲気を湛えたブルージュに移り住んで来ました。そんな彼が、ブルージュの街で妻と瓜二つのジャーヌという女性を見つけました。ユーグはジャーヌに夢中になり、交際するようになりました。
しかし、妻とは異なるジャーヌの醜い性格、さらに情欲に溺れて行く自分、そんな苦悩をするようになりました。そんなある日、ユーグはジャーヌを自宅に招き入れることになりました。ところが、彼女は彼の大切な妻の遺品をもてあそんだり、妻を冒涜までしました。
ユーグは激昂し、ジャーヌが首に巻き付けていた遺髪を取り返そうとして、誤ってジャーヌを絞め殺してしまったのです。
主人公は過失致死を犯したユーグ・ヴィアーヌではありますが、実はブリュージュという都市そのものが主人公というものでした。
この作品はオペラにもなりました。

 

港湾施設が機能しなくなり、衰退期になったのは15世紀以降のことでしたが、この「死都」を経験したことから、のちに運河を再生したときに中世の面影を残した町並みが残されていたともいえます。
今、改めてこのブログでブルージュを取り上げ、やはり一度は行きたいと思ってしまいました。

 

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