今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

ブレスト(Брэст)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はブレスト(Брэст)について勝手に語ります。

 

 

現在、何かとニュースを賑わせているベラルーシですが、このブログでは過去に以下のような話題で投稿しています。

 

アルコール消費量1位の国
ヨーロッパ最後の独裁国家

 

ヨーロッパの独裁国家であり、強権統治を続けてきたことに対し、ミンスクの独立広場には、反体制派を示す紅白旗を掲げたデモ参加者が集結しました。
そんなベラルーシの西部の都市で、ポーランドとの国境近くに位置するブレストは、かつてリトアニア大公国の都市でした。その当時は、ブレスト=リトフスク(Brest-Litovsk)(リトアニアのブレスト)とも呼ばれていました。そして、この都市の中央駅は、ベルリンとモスクワを結ぶ鉄道で、レールのゲージの変換点です。レールは欧州規格とロシア規格が異なり、ロシア規格は広軌で、欧州規格は日本の新幹線と同じ標準軌です。

 

現在はベラルーシの都市ですが、最初に文献に登場したのはスラヴ人の都市としてでした。その後、キエフ大公国に関連する小国の一部だったり、モンゴル軍やリトアニア人などに占領されました。そして1569年にポーランド・リトアニア共和国の一部となり、その後にウクライナ東方カトリック教会が誕生した場所になりました。
ロシア帝国に支配されるようになったのは1795年からで、第一次世界大戦中にはドイツ帝国に占領され、その後の1919年には、ポーランドの領土となりました。
第二次世界大戦では、ナチス・ドイツがポーランドに侵攻したことで、ブレストは激しい戦闘を繰り広げることになりました。この戦闘は4日間続きましたが、結局ポーランド軍は敗れました。
さらに独ソ不可侵条約により、ブレストはソ連に併合されました。しかし、すぐにドイツのソ連の侵攻があり、ブレストはまたドイツ軍の攻撃を受けてしまいました。このときの抵抗は激しく、約1ヶ月続きました。それでも最終的にドイツ軍が占領し、ナチスはブレストのユダヤ人の虐殺をしました。
ソ連による奪還は1944年でした。

 

ポーランドに隣接していることから、支配者の交代が激しく、劇的な運命に弄ばれたブレストですが、1945年のヤルタ協定により、ソ連領であることが確定され、ソ連崩後は、独立したベラルーシに領となっています。
ポーランド、ロシア~ソ連、そしてドイツに翻弄された都市で、現在の人口は約33万人です。シェンゲン協定に加盟していないため、すぐ隣のポーランドに行くにも、税関・パスポートコントロールの手続きが必要です。かつてのソ連衛星国だったポーランドが西側に近づき、ベラルーシはソ連の面影を残しつつ、独裁国家として独立したことで、この二つの国の対比が顕著にわかる都市といえそうです。

 

 

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