今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

モネンバシア(Μονεμβασία)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はモネンバシア(Μονεμβασία)について勝手に語ります。

 

 

モネンバシア(Μονεμβασία)は、ギリシャ共和国のラコニア県にある島で、その島にある町の名前でもあります。小さな島で、ペロポネソス半島の沖合にありますが、本土とは土手で繋がっています。
島の名はワイン原料のブドウのマルムジー(Malmsey) の元になっているといわれます。これはギリシャ語の「Μονεμβασία」ではなく、イタリア語の「Malvasia」でのことです。他にも「東のジブラルタル」や「ザ・ロック」などとも呼ばれています。

 

もともとは無人島で、古代のミノア文明時代には、交易の拠点になっていたといいます。この島が大きく変わったのは、西暦583年のことでした。町がつくられ、要塞が築かれたのです。定住者はスラブ人やアヴァール人などでした、祖国からの避難先として、この小さな島に集まってきたのでした。
やがて交易や海事の重要拠点となり、街も発展していきました。まだ要塞の内部に畑もつくられ、アラブ人などの侵攻にも耐えることができました。
しかし、1248年にはギヨーム2世・ド・ヴィルアルドゥアンに占領されてしまいました。その後、モネンバシアは東ローマ帝国に帰属することになりました。この東ローマ帝国支配は1460年まで続き、議席も持っていました。

 

ワインの生産は島が小さいこともあり、大量のブドウ栽培はできませんでしたが、周辺で生産されたワインの主要発送拠点となりました。またレバント海域の海賊の拠点にもなりました。東ローマ帝国支配の時代のあと、1419年にヴェネツィア共和国の支配下になりましたが、すぐに東ローマ帝国のモレアス専制公領 (Δεσποτάτο του Μορέως) に戻りました。
そして1453年に首都のコンスタンティノープルがオスマン帝国により陥落すると、ペロポネソス半島も、ほぼ全域がオスマン帝国の支配下になりました。それでもモネンバシアだけはオスマン帝国の侵攻を阻止しました。ローマ教皇に専制公領を売ることで援軍を求めたのでした。しかし、ローマ教皇は援護ができないとして、ヴェネツィアの支配ということで落ち着きました。
ようやく平和の時代に戻ったものの、農地や食料がなくなる問題が1502年におき、ワインの供給も不能となってしまいました。そのため、食料は本土から運ぶようになりました。オスマン帝国の支配地域からの運搬というこもあり、ワインの生産は減少していきました。また、ヴェネツィア支配も1540年で終了しました。その後はオスマン帝国の支配地域となりました。一時的にモレア王国としてヴェネツィアに復帰したこともありましたが、1821年まではオスマン帝国に支配されていました。

 

オスマン帝国からの解放は1821年でした。ギリシャ独立戦争の際でした。
現在は観光地となり、中世の遺跡を利用した宿泊施設などが人気になっています。

 

 

コメントはありません

ワイン通販なら

想い出生まれ年ワイン、デザイン自由オリジナルワイン

スペシャルコンテンツ

オールドワインの魅力

最新のブログ記事

カテゴリー

タグクラウド

月別アーカイブ