今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

チェリャビンスク(Челябинск)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はチェリャビンスク(Челябинск)について勝手に語ります。

 

 

ウラル山脈はヨーロッパとアジアの境界となっていて、かつてはロシアの辺境の地でした。そのため、辺境の地に要塞を建設し、別民族への軍事拠点をつくることで、領土の安定を図っていました。その中の一つがチェリャビンスク(Челябинск)です。ただ、ここにシベリア鉄道を建設したことで、シベリアの開発とともに発展する都市となっていきました。その発展はすさまじく、20世紀初頭では人口がわずかに4万5千人程度でしたが、現在は113万人にまでなっています。

 

チェリャビンスクの場合、テュルク系民族に対する軍事拠点として誕生しました。また、ピョートル3世を自称した偽皇帝でもあるエメリヤン・イヴァーノヴィチ・プガチョフ(Емелья́н Ива́нович Пугачёв)が、1774年には、ヴォルガ川とウラル山脈にまたがるほぼ全域を掌握し、政府軍との間に激しい戦闘を繰り広げました。チェリャビンスクもその一連の戦闘の舞台のひとつでもありました。

 

ロシア革命以降は、ソ連による重工業の建設が相次ぎました。トラクター工場、冶金工場など、大工場が建ち並ぶ工業都市となり、それに伴って人口も急増していきました。それでも現在のような百万都市ほどの規模ではなく、そこまでの規模になる契機となったのが独ソ戦でした。ドイツ軍の攻撃により、ロシア西部のヨーロッパ側にあった工場が破壊されていきました。そこで、西部の大工場を疎開させるため、ウラル山脈以東で建設をすることにしたのでした。チェリャビンスクにも当然ながら大きな工場がつくられ、労働者も多数が移転してきました。さらに、強制収容所もあり、鉱山労働、道路や住宅の建設などの従事させていました。

 

そのような発展を遂げた都市のため、20世紀より前の歴史的建造物はほぼなく、市街地の革命広場にある劇場が1903年に建設されたものとして、今でも残っています。この革命広場の近くには、古い河港もあり、繁華街もこの周辺になります。
また、シベリア鉄道の関連で言えば、チェリャビンスクまで延伸されたのが、1892年10月25日でした。モスクワからはサマーラ経由で2,101km、ウリヤノフスク経由で1,984kmという距離があります。チェリャビンスク駅のホームは8面70線と巨大なもので、シベリア鉄道の正式な起点駅でもあります。

 

 

空港は市街地から約18km北方にあり、市内は市電とトロリーバスが走っています。地下鉄は3路線が建設中です。ただ、建設を開始したのはソ連崩壊直後の1992年です。未だに未完成で、2025年以降の開業といわれています。この遅れは、ロシアの財政難が主な原因といわれています。
個人的にはウラル山脈は思い出が多いといえますが、シベリア鉄道でウラル山脈を越えたときにはチェリャビンスクは知りませんでした。多くの日本人が知らない都市ともいえますが、それでも百万人以上の大都市ですから、少しは目を向けても良い気がします。

 

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