今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

なぜフランスはワイン大国なのか?

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はなぜフランスはワイン大国なのかについて勝手に語ります。

 

 

やはりフランスの酒と言えばワインのイメージが強いでしょう。
お隣のドイツだとビールというイメージになるかと思います。
実際に一人当たりのワインとビールの消費量を調べてみると、ドイツ、日本、アメリカはビールが圧倒的に消費量が多く、フランスはビールよりワインが消費量が多いということが分かりました。
でも、フランスの母体となったのは、ゲルマン系のフランク族によるフランク王国なのです。つまりドイツと同じで、特に8世紀のカール大帝(シャルルマーニュ)により、現在のフランス、ドイツ、イタリアまで及ぶ巨大な国ができあがったのです。そのカール大帝といえばビール好きで知られています。
ビールが好きなゲルマン人の国にあって、カール大帝こそがビールを振興していきました。必然的に現在のフランスでもワインよりビールが好まれて当然の状況でした。

 

ただ、現在のフランスがある地域をフランク王国より前まで遡ると、ガリアと呼ばれていた時代には、ガリア人やケルト人の居住地域でした。そこへローマ帝国が侵入し、属州となりました。
すでにキリスト教が国教となっていたローマでは、ワインは「キリストの血」として重要なものとなり、ガリアでもキリスト教とともにワイン文化が浸透していきました。
ブドウ栽培も始まり、フランスでワイン生産をするのは当然のことになっていました。
もし、このままガリア人によって独立した国家が形成されれば、ビール好きのゲルマン人とは異なる文化圏として、現在のようにワイン大国となったとしても不思議ではありませんでした。

 

ところがビールを好むゲルマン系によってフランク王国が成立したことで、状況が一転してしまったわけです。必然的にワインの生産量が激減し、ワイン文化も廃れていくかのように思えました。
ただ、フランク王国とはゲルマン人の国であることは間違いないものの、ガリア地域に入植してきたゲルマン人の数は少なかったといいます。いわば統治を行うのがゲルマン人で、実際に居住する一般の人々はガリア人だったのです。そのためガリア地域でのゲルマン人の人口比率としては、わずか5%程度だったのではないかとも言われています。
つまりゲルマン系の国家とはいっても、ガリア地域、現在のフランスでは、ラテン系でワイン好きなガリア人が居住する地域であることには変わりなく、支配者層にビール好きなゲルマン人がごくわずかにいるという構造だったのです。

 

そこでカール大帝です。
実はカール大帝は、ビールを振興していくことを進めていく一方で、荒廃したブドウ園も立て直し、ワインの醸造についても奨励していたのです。これはゲルマン人の文化としてのビール振興とともに、現地のガリア人に対してはワイン復興も進めていたのです。人心掌握術的政策の一つかもしれませんが、これによりフランク王国は最盛期を築いたのです。
このカール大帝により、ガリア地域ではワイン文化が復活しました。のちにフランク王国が分裂し、フランスとなっても、そのワイン文化は続きました。ローマ帝国以来のワイン文化がそのまま継続した国である以上、フランスはワイン大国であり続けることが当然の帰結なのかもしれません。
一方で、同じフランク王国でも、居住者もゲルマン人が中心だった現在のドイツなどでは、そのままビール文化が継続しているといえるわけです。
カール大帝はまた、国内の諸民族の独自性とは反対に、キリスト教による共通の世界観を構成しました。例えワインとビールという文化的な差異があろうとも、酒類の文化としては共有し、各民族に共属意識をもたらすことにしました。ただ、これは、カール大帝というカリスマ性や政治力によるものであって、個々民族に一体的な法規や制度にまでは至りませんでした。

 

カール大帝の死去後、ヴェルダン条約によって東フランク王国、西フランク王国、中フランク王国に分かれました。この中で西フランク王国が現在のフランスとなり、東フランク王国が現在のドイツとなりました。
これでワイン文化とビール文化の国が分かれ、わかりやすくなったともいえます。

 

このような視点で歴史を見ていくのも楽しいかもしれません。

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