今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

ケミ(Kemi)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はケミ(Kemi)についての思い出を勝手に語ります。

 

 

ケミ(Kemi)といっても、ほとんどの日本人は知らいなと思います。Wikipediaで調べてみても、日本語のサイトでは多くの情報は得られないでしょう。それほど知名度のないケミはフィンランドの都市です。ボスニア湾の港湾都市で、人口もわずかに2万人強という小さな都市です。
ここにも思い出があります。21歳の夏でした。列車の乗り換えのために訪れました。

 

シベリア鉄道を縦断してモスクワへ行き、そこから当時のレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)へと北上しました。そこからヘルシンキを経て、ここへと来たわけです。実はこのルートを選択する人は珍しいといえます。シベリア鉄道でアジアからヨーロッパに来た人は、ヘルシンキから船でストックホルムへと行くのが王道といえます。わざわざ陸路で北極圏近くまで北上して、スウェーデン方面へ向かう人は物好きだけといえました。
まさにその物好きだったわけです。

 

ケミ周辺の大きな都市というとオウル(Oulu)ですが、鉄道では、そのオウルからケミへは支線という扱いになっています。その先にはロヴァニエミ (Rovaniemi) へと繋がります。ヘルシンキからは直通列車が走っているので、距離はともかく、不便という感じはしませんでした。そもそもシベリア鉄道での移動を経験した直後ということもあり、そのまま陸路を選びたかったという気持ちが強かったといえます。
あまり刺激のなかったヘルシンキに別れを告げ、何も情報のないケミへと向かいましたが、この移動のことはあまり覚えていません。やはり刺激がなかったのかもしれません。

 

この都市は中世にはすでに交易で栄えていました。主に毛皮や魚を中心とした交易の中心地でした。
ロマノフ朝第12代ロシア皇帝だったアレクサンドル2世の時代だった1869年には、帝国令によって市の権利を与えられました。さらに工業化へと進み、この面からも重要な役割を果たしてきました。
鉄道は1903年からでした。

 

 

この街を訪れたのは7月の下旬でした。日本では梅雨が明けて、暑さが全開の時期です。
ところが、駅に降り立つと、北風が強く、とんでもなく寒く感じました。それもそのはずで、日本では12月の気温だったのです。夏の恰好で来るべき場所ではありませんでした。ストーブに助けられ、身体を温めてから街を散策したのが印象的でした。そのせいか、街の印象より寒さの印象が強い場所でした。
懐かしい思い出です。

 

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