今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

モルドバ共和国(Republica Moldova)

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はモルドバ共和国(Republica Moldova)について勝手に語ります。

 

 

以前にモルドバ共和国(Republica Moldova)関連や周辺のことは取り上げたことがあります。
世界最大のワインセラー(ミレシティ・ミチ)
沿ドニエストル共和国
モルダヴィア

 

それなのに肝心なモルドバ共和国には焦点をあてていませんでした。
改めて述べると、モルドバワインの歴史はとても古く、紀元前3000年まで遡れるほどです。ギリシャの植民都市からワイン生産が広がり、ローマ帝国の時代になると生産技術も向上していきました。
ただ古代からここに居住していたのはダキア人で、ローマ人との融合により独自の文化が形成されていった地域です。
しかし、271年にローマ軍が撤退したことで、様々な民族の侵略を受けることになりました。地理的にヨーロッパとアジアの境目に近いことから、どうしても侵略の歴史となってしまいました。

 

しかし、バルカン諸国がオスマン帝国に支配された時代では、モルダビアは全域を支配されることは免れていました。それでも1806年から1812年まで続いた第三次露土戦争でロシアが勝利すると、ブカレスト条約によりロシア帝国に併合されてしまいました。
このとき、ベッサラビア(Basarabia)となりました。これはロシア帝国時代の中央ヨーロッパ領土の一部を指す名称で、現在のモルドバのほぼ全域に現在のウクライナの一部が加わった地域となります。
そして迎えたのが第一次世界大戦でした。モルダビアは戦乱に巻き込まれていきました。
大戦中にモルダヴィア民主共和国として独立宣言を行ないましたが、国民の中にはルーマニア王国との連合を望む声が強く、ルーマニア王国軍のキシナウへの侵攻などから、結局ルーマニア王国との連合が決定しました。

 

ここでロシア革命が起こり、ソ連が誕生すると、ルーマニア王国内でも共産主義勢力が台頭してきました。この不安定な状況で第二次大戦へと進みました。
独ソ不可侵条約の裏で、ソ連の秘密議定書により、ルーマニア王国の割譲要求があり、ベッサラビアがソ連に占領されました。これがモルダビア・ソビエト社会主義共和国(MSSR)の建国となり、ソ連の構成国家となりました。

 

ソ連からの独立は、1980年代後半から続いた東欧の一連の流れに沿っています。ただ、モルドバでは沿ドニエストルが関係したことで、他の東欧革命より複雑な部分がありました。
独立当初はルーマニアへの再統合を望む声もありましたが、1994年の選挙で独立国家としての歩む方向が示されました。
現在はEU加盟を目指しているようですが、「EUとの連合協定の破棄」を訴える人が多くいるのも事実です。

 

モルドバは丘陵地帯が続く国土で、山岳地帯もほとんどなく、海岸線もありません。平野部分でほぼ占められているため、農業には最適な地域です。
それでもて気候変動の影響があり、夏に雹が降ることがあるといいます。ワイン用のブドウも被害を受けていて、人間の握り拳程度の大きさの雹が降ることもあるといいます。
かなりの被害額に及ぶといわれます。

 

高品質なモルドバのワインを提供してくれる国ではありますが、最後に一点、国際的に問題視されていることを挙げます。
モルドバは「児童買春天国」といわれたりしています。また、労働者や売春婦として国外で働くための人身売買が行われているともいわれます。
このような状況ではEU加盟は、まだまだ難しいといえるのかもしれません。

 

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