今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

ボン岬に残るカルタゴの面影

プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
今回はボン岬半島とケルクアンについて勝手に語ります。

 

 

地中海沿岸には多くのワイン産地があります。
それはヨーロッパだけにとどまらず、アフリカ側にも及びます。中でもチュニジアのワインは定評があります。
地中海特有の青々とした海に、刺すような鋭さと、それでいて優しく包み込むような太陽の光が降り注ぎ、なだらかな斜面にブドウが元気よく生育する光景は、まさにチュニジアのボン岬半島の光景です。

 

ボン岬半島はアフリカ大陸から地中海に突き出た半島で、地中海の先にはシチリア島やパンテレリア島があります。
そしてここは古代カルタゴの都市だったケルクアンがあります。
カルタゴ人(フェニキア人)の都市は歴史上ほぼ400年の間存在していました。第一次ポエニ戦争(紀元前264年~紀元前241年)の期間にこの都市は捨てられ、カルタゴの人々は一人残らず移住したものと考えられています。
ローマ人もこの都市を再建しなかったため、遺跡として残ることになりました。

 

ケルクアンは戦火による破壊も少なく、かなりの部分が遺跡として残ったことから、現在ではカルタゴの都市遺跡としては、もっとも価値あるものになりました。
建造物の配置も分かり、家の壁まで残っています。その結果、ケルクアンは緻密な都市計画に基づいて完成した都市であり、それぞれの家もその計画に基づいて標準化されていることが分かりました。

 

また、ボン岬といえば第二次大戦のボン岬海戦も思い浮かびます。
1941年、イギリス軍は北アフリカ戦線で攻防を繰り広げていました。相手国はドイツとイタリアでした。
ドイツ、イタリアの補給をイタリアから船団が担当し、護衛をイタリア海軍が行っていましたが、イギリス軍がそれを妨害し、特にガソリンの補給が急務という状態でした。
そこでイタリア海軍は高速の巡洋艦によりガソリンの輸送を試みることになりました。
この一連の動きに対して、イギリス軍は4隻の駆逐艦が迎撃に差し向けられました。
イギリス軍はボン岬を回り、ここで海戦となりました。
この結果、イタリア海軍の高速艦艇を用いた補給は失敗したのでした。

 

カルタゴの面影を残す地に、その先の地中海ではイギリス軍とドイツ・イタリア連合軍が戦った場所です。
しかし今ではのどかな風景が広がり、何世代にもわたってチュニジアのブドウ農家が大切位育ててきた畑があります。ワインの醸造技術はフランスから渡ってきたもので、地中海らしい果実味たっぷりのワインを生産しています。
すべてリュット・レゾネ(減農薬栽培)でブドウが栽培されています。

 

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