Livining in Wineby シエル・エ・ヴァン

今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

  • プレゼントは媒介役

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はワインをプレゼントするという側面から、プレゼントについて勝手に語ります。

     

     

    プレゼントは外来語なので、純粋な日本語にすれば「贈り物」とか、「ご進物」に相当するでしょう。
    所有権をAからBに移すことになるという意味では、商品の売買に似た構造がありますが、根本的に異なる点があります。もちろんそこに金銭授受がないことが挙げられますが、それ以上に、プレゼントとして所有権が移転する際に、Aの人格や感情などをBに伝達する役割があるという点です。

     

    プレゼントで渡すものがワインであれば、AがBにワインを媒介として伝達する感情がある、ということになります。この場合、ワインは単なる媒介役ではなく、Aの抽象的な感情等を具象化させる役目も担っているといえるでしょう。

     

    その伝達する感情には、愛情や憐憫などもあり、また単なる習慣的行為もあります。しかし、ワインをプレゼント、しかも贈る相手の生まれ年のワインや、オリジナルラベルのワインなどでは、それだけで媒介役としての機能をフルに発揮しているのではないでしょうか。
    仮に単なる習慣でのプレゼントだったとしてもです。

     

    ところでプレゼントに贈るものとしては、日本では食物が多かったといいます。
    柳田國男が、贈答品で食物が重視される点を考察していました。それによると、起源は神への供物を人にも提供した点であるとしていました。
    これはキリスト教のワインやパンとの関係とも違い、独特な風習といえるでしょうが、この起源であれば日本酒やワインは、プレゼントに最適であるともいえそうです。

     

    やはりプレゼント、ギフトにはワインが一番ということです。

     

  • イスラエルの失われた10支族

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はイスラエルの失われた10支族を勝手に語ります。
    ユダヤとワインについては、「ユダヤの戒律とワイン」のときに語りましたが、今回は行方不明になったユダヤ人がテーマです。

     

     

    一般にユダヤ人といわれるイスラエルの人たちですが、旧約聖書では12部族が記されています。
    その中で、行方不明になった部族が、ルベン族、シメオン族、ダン族、ナフタリ族、ガド族、アシェル族、イッサカル族、ゼブルン族、マナセ族、エフライム族の10部族(支族)です。

     

    イスラエルの歴史は、アブラハムがメソポタミアのウルの地からカナンの地を目指して出発したことから始まります。
    そして、孫のヤコブの時代になってエジプトに移住したものの、子孫の時代になってエジプト人の奴隷となってしまいます。この奴隷時代は400年程続いたといわれます。
    ここで登場するのがモーセです。
    旧約聖書でも一番のクライマックスを迎えます。モーセがイスラエルの民族をエジプトから連れ出すのです。紀元前13世紀頃といわれています。そして40年間の放浪の末に、約束の地に定住し、徐々に周辺を征服し、国家としての繁栄を築いていきます。

     

    ダビデ王の時代には12支族がひとつでしたが、国が南北に分裂したことにより、支族の分断にも繋がりました。
    北王国は紀元前722年にアッシリアにより滅ぼされました。このときに10支族の中で指導者層が虜囚として連行されてしまいました。アッシリア捕囚です。
    このことはサルゴン王の碑文にあり、虜囚の人数は2万8,000人程度と推定されています。しかし、肝心な支族の行方については、文書に残されていませんでした。つまり、捕囚された指導者もそうならなかった人々も、具体的な行き先がここで途切れてしまったことを意味します。
    南王国はユダ王国といわれますが、この北王国滅亡により、2支族側から見て、「失われた10支族」とよばれるようになったということです。

     

    行方不明となった10支族について、イスラエル政府は有望とされた説を取り上げているものの、通説には至っていないのが実情です。

     

    その数多くある説の中で、日本人が関係するのは日ユ同祖論です。
    具体的には帰化氏族の秦氏が失われた10支族ではないかという説です。一時はかなり有名な説で、日本よりむしろ国際的に知れ渡ったこともあります。
    エフライム族、ガド族、イッサカル族などが日本に移住したという説もあります。

     

    シルクロードによる東西交流は、現代の我々が想像する以上に、活発に行われていたようで、まさに東西の大動脈だったといいます。そのため、中国へ流れた説も当然にあります。さらに、この説とあわせて、さらに東へと向かう、つまり日本へと流れたということも考えられます。

     

    日ユ同祖論は、それだけで興味深いテーマですが、ここはプレゼント専門シエル・エ・ヴァンですから、この視点で見ることにします。
    つまり、宗教儀式での「酒」です。ワインと日本酒です。仏教やイスラム教などとは明らかに異なる「酒」の扱いであり、ユダヤ教と日本神道との共通点も見えてきます。

     

    このテーマは、実はかなり深く、また広いものです。
    ユダヤだけでなく、その後の景教(ネストリウス派)との関係もあり、古代日本の神話や空海以降の日本仏教にも関係する壮大なテーマに繋がります。ワイン屋の店長には手に負えないレベルになりますが、今後も機会があれば触れていきたいと思います。

     

  • ワインとラク~トルコ蒸留酒~

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はトルコの話を勝手に語ります。

     

     

    アラビア語圏ではアラックといわれるトルコの「ラク」をご存知でしょうか?
    無色透明ですが、水を加えると白濁するのが特徴です。
    そのことからトルコ語では「獅子の乳」という意味の言葉で呼ばれているそうです。アルコール度数は高めで、45%以上あります。食前酒の役割を担うことが多いといえます。

     

    このラクの原料ですが、ワインなのです。

     

    実はトルコというのは、ブドウ栽培面積は世界でも屈指の規模を誇っています。トルコワインもありますが、宗教はイスラム教スンニ派で、イスラム教徒人口で計算すると全人口の99%だといわれます。
    しかし他のイスラム系の国と異なり、飲酒が厳禁とまではなっていません。そのためトルコワインだけでなくビールも製造されています。
    そしてワインを原料とする蒸留酒がラクです。

     

    ただし酒類を多く飲むのには「壁」があるのはイスラム圏ならではです。
    それは税率です。
    他のイスラム諸国と同様に税率が高いため、気軽に飲用するものではないのが現実です。そのため、トルコワインは国内消費より輸出が中心のようです。

     

    ブドウ栽培については、食用が中心で、ワイン用としてはごくわずかなようです。しかも、製造されたワインは、ラクの原料にするために蒸留します。その割合はワイン全体の約4分の1程度にまで及ぶようです。

     

    そういう意味ではトルコワインは貴重ともいえるかもしれません。
    トルコ原産のオクズギョズやボアズケレ、カレジックカラスなどの品種がトルコワインの赤で、白なら、やはりトルコ原産のナリンジェやエミール、ボルノファミスケティ種などがあります。
    日本でラクを飲むというのもありでしょうが、やはり今宵はワインを贈りたいと思います。

     

  • モルダヴィア

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回は日本人には馴染みの薄いモルダヴィアの話です。今回も勝手に語ります。

     

     

    世界地図を見て、モルダヴィア、モルダビア、あるいは、モルドヴァ、モルドバといわれる地域がどこか、おそらく多くの日本人は指し示すことはできないでしょう。
    国の単位でいえば、ルーマニア、モルドバ、ウクライアナにまたがる地域で、地理的には、ルーマニアの東北部でカルパティア山脈の東側、プルート川の西から、プルート川の東側のドニエプル川の西、ベッサラビア地方を含めたエリアになります。

     

    これだけ聞いても、どの場所なのかイメージができないかもしれません。
    この地域に住む人は、ルーマニア人が中心で、モルドバでも同様です。しかも言語も通貨の名称も同じです。しかしこの地はヨーロッパの内陸部ですから、領土問題は数多く経験しています。

     

    モルダヴィアには、太古よりスラヴ人、ハンガリー人、タタール人などが進出してきました。征服した民族もバラバラでしたが、ようやく14世紀になってルーマニア人がモルダヴィア公国を建国しました。
    しかし、次に攻めてきたのは強大な敵でした。オスマン帝国です。
    オスマン帝国の従属国になってしまいましたが、何とかモルダヴィア公国は自治を認められるようになりました。

     

    18世紀に、そんな従属国の扱いに激変が起きます。
    その契機がロシア帝国です。キリスト正教会の保護を名目にして、モルダヴィアの領有権を主張し、オスマン帝国に宣戦布告したのです。
    ここからの歴史を語ると、かなり複雑になりますので割愛しますが、現在は旧ソ連を構成していた時代を経たモルドバ共和国とルーマニアに別れ、その境目はよくわからないような関係になっているといえます。

     

    このモルドバはワインで知られています。

     

    ワインの歴史も古く、モルドバ北部のナスラヴチャ村近郊では、ブドウ葉の化石Vitis teutonicaが発見されています。ワイン醸造していたかどうかはともかく、少なくともブドウ栽培については、紀元前2,800年まで遡れるようです。
    ドニエストル川とプルト川に挟まれた流域では、現在までブドウ栽培とワイン生産が続いているのだと思われます。

     

    この地域の歴史やワインについては、まだまだ語りたい内容が多いので、次の機会に続くことにします。日本人が知らないワイン名産地の歴史です。

     

  • イベリア半島のレコンキスタとワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はヨーロッパの南西に位置するイベリア半島とワインの話です。

     

     

    イベリア半島の名称の由来は、古代ギリシア人が半島の先住民をイベレスと呼んだことといわれます。半島と言ってもかなり広大な地域になり、ヨーロッパではイタリア半島、バルカン半島と並ぶ大きな半島になります。
    ヨーロッパで最もアフリカ大陸に近く、その距離はごくわずかです。

     

    イベリア半島にある国といえばスペインとポルトガルですが、厳密にいえばフランス、アンドラ公国なども含まれています。

     

    歴史的には紀元前1100年頃から東海岸全域は古代ギリシャ人やフェニキア人の支配地域でした。この時代にブドウとともにワインの醸造技術も入ってきています。いわばスペインワインの始まりといえるかもしれません。

     

    ローマ帝国の支配下になったのは紀元前100年ごろです。
    この時代ではすでにイベリア半島のワインはローマ帝国の領土内に流通していたようです。

     

    しかし、西暦711年からイスラム勢力がイベリア半島に侵略してきます。
    イスラムでは飲酒を禁じる戒律があることから、ワインだけでなくブドウの農地すら破壊されていきました。ところが全滅を免れたのです。
    それは、この地のワインの評判がよく、ワイン交易による富を捨て去るに惜しいことだと気づいたからです。イスラムの戒律があるとはいえ、高い名声と莫大な富をもたらすワインを無視するには忍びないことだったのかもしれません。

     

    そしてレコンキスタ(スペイン語: Reconquista)です。
    イスラム教世界からキリスト教世界へと戻すための国土回復運動です。
    キリスト教勢力によりイスラム教勢力を駆逐していく流れがあり、11世紀後半頃になると、北部にキリスト教国が誕生することになりました。
    ブドウ農園も徐々に再興され、1482年にはグラナダの内乱を契機としてグラナダ侵攻がおこり、ついに1492年、アルハンブラ宮殿が陥落しました。ナスル朝は滅亡し、ついにレコンキスタが終結しました。

     

    さらに、この時代は大航海時代の幕開けでもありました。
    イベリア半島という地理的条件により、スペインもポルトガルも、地中海貿易ではあまり恩恵がありませんでした。
    その一方でレコンキスタにより、民族主義が過熱していた事情もあり、ヨーロッパでは他に先駆けて強力な中央集権制度が確立しました。スペインもポルトガルもイスラム勢力を追いかけるように北アフリカ沿岸に進出していきました。イスラム勢力の駆逐だけでなく、新たな交易ルートの確保も果たしていきました。

     

    俗にいう「地理上の発見」により、スペインのワインに広大な市場が開けるようになりました。ワイン貿易は大いに繁栄し、イギリス商人たちは特権商人の扱いとなり、スペイン南部に居住するとともに、ワイン取引の重要な役割をになうようになりました。これは現代まで続いているといいます。

     

    フランス、イタリアと並んでスペインもワイン王国といえます。レコンキスタの時代を思い浮かべながら、ぜひ味わって頂きたいと思います。

     

  • 西欧の戦争とワインの関係

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はヨーロッパの戦争とワインの話です。

     

     

    ワイン文化が根付いた西欧では、近現代の戦争でもワインを巡る攻防がありました。あまり知られていないでしょうが、第一次大戦・第二次大戦ともに、フランスは徴兵のタイミングを遅らせています。その理由がなんと、ブドウの収穫のためだというのです。
    ワイン醸造のためのブドウ収穫が終わった時点で、フランス軍は総動員体制になったという話です。

     

    面白い話では、ブルゴーニュのグランクリュが戦場になるのを避けるために、フランス軍はわざと侵攻速度を遅らせこともあったようです。
    このグランクリュは最高級のブドウを産出することで知られています。
    さらにいえば、フランスでもブドウの質が良くない畑がドイツ軍に攻め込まれ、軍の陣地になった場合には、躊躇うことなくフランス軍は攻め込んだようです。

     

    また、第二次世界大戦中には、フランスは敵国のドイツからワインを守るために、ワインを隠したともいわれます。
    一方でドイツ軍もフランスのワインを略奪作戦があったようです。ここで凄いのは、ワイン略奪プロセスを「仕組み化」したシステムにしたようです。

     

    そこまでワインを巡る攻防があった世界大戦ですが、ある意味でそれだけワインが大事だったことを意味するといえます。

     

    今ではフランスとドイツはEUの中核国です。
    どちらの国のワインも世界に輸出されています。時代はかわるものです。

     

  • 日本酒とワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回は日本酒とワインの話です。

     

     

    焼酎やブランデーは蒸留酒ですが、日本酒やワインは醸造酒です。
    さらにいえば、焼酎は日本酒から作ることができるし、ブランデーはワインから作ります。

     

    日本酒とワインは醸造酒ではあるものの、製造過程で違いがあります。
    発酵方法です。
    ワインはブドウの果汁を樽に入れ、付着している天然酵母により発酵させますが、日本酒の場合には自然に発酵することがないため、麹菌を使います。麹菌によって米のデンプンを糖分に変え、さらに酵母を加えて発酵させます。そのため、ワインと違い、日本酒はかなり手間のかかる高度な醸造方法といえるかもしれません。

     

    アルコール度数は日本酒もワインも同じくらいと言えます。
    そしてもう一点共通することは宗教的な儀式で使われるということです。ワインはユダヤ教やキリスト教で、日本酒は日本古来の神道で使われます。

     

    ワインとキリスト教の関係はこのブログでも何度か取り上げていますが、日本酒の場合は、詳しい説明をするまでもなく、まず「神酒(ミキ)」を思い浮かぶのではないでしょうか。「おみき」とよくいいますが、もともとは「酒」に「御(ミ)」を付けたものなので、「御神酒(オミキ)」とは丁寧な表現となります。

     

    日本の神社や神棚に供える供物のことを御饌(ミケ)とか御贄(ミニエ)、一般的には神饌(シンセン)といいますが、この神酒は欠かせません。
    神酒を神前に供え、祭礼後の直会でそれを口にする、これは、神に供えることで、霊が宿り、それを直会で神と同じものを口にするという、日本神道の独特な流れです。

     

    これは日本酒でなければならないという決まりがあるわけではないようで、山梨県笛吹市に鎮座している一宮浅間神社ではワインがお神酒として奉納されているようです。

     

    余談ですが、、伊勢神宮などは清酒の醸造免許を持っているようです。酒税法の関係で現代的な理由ですが、それだけ日本の神と酒は切り離せない関係といえます。

     

    日本酒とワインの共通項を探ると、まだまだ面白い点が出てきそうです。機会があればさらに掘り下げたいと思います。

     

  • ユダヤの戒律とワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はユダヤの戒律とワインの話です。

     

     

    地中海とヨルダン川・死海に挟まれた地域一帯は、古代には「カナン」とよばれていました。現在のイスラエルです。旧約聖書では「乳と蜜の流れる場所」と描写された地で、「約束の地」です。
    この「約束」は、神がアブラハムの子孫に与える土地であることを「約束」しました。
    しかし、カナンは単に旧約聖書の世界だけでなく、文献では紀元前3千年から登場しています。シュメール人の遺跡で発見された文書にも登場しています。

     

    ユダヤ人の約束の地とはいうものの、ユダヤ人が来る前には、多彩な民族が住む場所だったようです。いわゆるカナン人はユダヤ人に追い払われたともいえるかもしれません。

     

    さて、このカナンですが、古代からワイン造りが盛んだったといわれます。
    エジプトのファラオも取り寄せていたようだし、古代ローマ帝国には輸出していたともいわれます。また、当時のユダヤ人自体もかなりワインを好んでいたようです。
    ある研究によれば、当時のユダヤ人は、成人男性1人当たりの年間ワイン消費量が260リットルだったとか。もし本当にそうであれば、毎日ワインを1本飲むくらいの計算になってしまいます。

     

    ここで忘れてならないのは、ユダヤ教です。
    のちのキリスト教でもワインは重要な儀式のアイテムになっているワインですが、ユダヤ教でも旧約聖書には随所に言及されている部分があるほどです。それほど古代ユダヤにとって、ワインは切り離せないものといえます。

     

    しかし、カナンの地は昔から血を多く流す土地です。
    7世紀になると、イスラム教世界に支配されます。必然的にアルコール類の禁止が徹底され、イスラム法によりワイン生産は禁止になります。
    それでも宗教儀式としてのワインは何とか伝統は残ったようです。

     

    オスマン・トルコ帝国は、19世紀に入ってからワイン生産を許可するようになりましたが、ユダヤ人は世界にバラバラに暮らしている状況になっていることで、この地がすぐさまワインが広がることはありませんでした。
    20世紀にはシオニズム運動により、ユダヤ人が約束の地に戻る動きが加速します。
    第1次世界大戦を経てナチスのユダヤ人迫害に至る過程で、ユダヤ民族の国家建設への協力を約束するバルフォア宣言もあったことで、カナンの地は再び約束の地へと向かいます。ナチスから逃れたユダヤ人もこの地を目指しました。
    この移民は、ワイン文化を持つヨーロッパからのユダヤ人が増加したことを意味し、この地でのワインの消費量も増加傾向になってきました。

     

    国家としてイスラエルが建国されてからも「血」の歴史が続きます。
    第1次中東戦争で独立を維持したものの、イスラムのアラブ諸国に囲まれた状況はそのままで、ワイン消費量もそれほど増える状況とはいえませんでした。
    転機が訪れたのは1967年の第3次中東戦争(6日間戦争)かもしれません。イスラエルはこの戦争に勝利し、経済成長へと進みます。ようやくワインも儀式だけでなく、文化としてワインが飲まれるようにもなりました。

     

    このようにユダヤの世界では、ワインは宗教的なタブーはなく、儀式としても食事の際の文化としても取り入れられています。
    ただ、それでもユダヤならではの点があります。

     

    それがワインの製造です。
    宗教的適合規定コシャーにより、ブドウは植えてから3年間は収穫を禁止していたり、最初の収穫から7年ごとに安息年があって、安息年にはブドウをワイン造りに使用してはいけないというものです。
    ちなみにこのコシャーは、牛、羊はよいが、豚は駄目だとか、魚はよいが、エビやカニは駄目だとか、イカ、タコだけでなく、貝類は駄目、肉と乳製品の両方を同時に食べることも駄目だとか等々、実に細かく決められています。

     

    さらにはワイン醸造過程での規則もあり、敬虔なユダヤ教徒でなければワインの醸造に携われないようなものもあるようです。
    そんなユダヤのワイン事情ですが、現代ではイスラエルのワインも日本で飲めるようになっています。

     

  • ワインと仏教

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    ワインと仏教の組み合わせは、本来、縁がありません。無理やりこじつけた話です。

     

     

    人類の歴史を語る上でアルコールは大きな一つのパーツといえます。
    古代文明の発掘からわかってきたことは、人類は少なくとも約8000年前から酒類を醸造していたようです。しかも、古代文明の東西に関わらず同じような時期まで遡っているというのです。

     

    しかし東西では、酒の酒類が分かれることになります。
    西はワインとビール、東は穀物酒です。
    ワインについていえば、西がブドウ栽培に適した環境であったということが原因としてあるようです。逆にいえば、ブドウの栽培に適していない地域には広がりにくかったともいえます。

     

    一方で東西で様々な「聖人」が出現し、世界的な宗教も生まれます。
    そのため酒類と宗教との関係も様々になってきます。このブログでも多く取り上げてきたキリスト教では、ワインは必需アイテムになりました。

     

    仏教は東から生まれたことから、ワインとの直接的な関係はありません。
    では、酒類全般との関係はどうでしょうか?

     

    仏教には五戒(不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不飲酒)があり、この中に不飲酒があります。つまり酒類を飲むことは禁止となります。
    そう考えると、仏教の葬儀に関連してお清めでアルコール類を出すのは、どういうこと? となります。
    仏教には多くの経典がありますが、その中で初期のものに「長阿含経」があります。ここには、釈迦の晩年期に五戒を説いています。つまりその頃から飲酒の禁止が記述されていたことになります。

     

    仏教で飲酒を禁じることを「不飲酒戒」といいます。読み方は「フオンジュカイ」です。
    この「不飲酒戒」に関連したを逸話をご紹介しましょう。

     

    支提国という国があり、そこに獰猛な悪龍がいて、暴れ回り、村民たちは被害にあっていました。さらに牛馬などの家畜も大被害となり、まさに残忍の限りを尽くす暴れ方だったといいます。
    そこで、釈迦の弟子の一人である莎伽陀は、村民たちを救おうと、立ち上がりました。莎伽陀は神通力を駆使し、悪龍に立ち向かい、ついに悪龍は仏弟子になることになりました。
    このことは衝撃的なニュースとなり、支提国では莎伽陀の雷名が轟くほどになりました。

     

    支提国の大ヒーローとなった莎伽陀は、ある日、信者の人々から酒をご馳走になりました。気分良く酒を飲む莎伽陀でしたが、ついつい飲み過ぎてしまいました。
    夜更けまで酒を堪能し、千鳥足で帰途につきましたが、ついに道端に倒れ込みます。しかも気持ちが悪くなり、嘔吐してしまいました。ヒーローが大醜態をさらすことになってしまったのです。

     

    この醜態を知った釈迦は、すぐに弟子たちを一堂に集めました。

     

    釈迦は言いました。

     

    「弟子たちよ、莎伽陀を見よ」

     

    釈迦は弟子たちに諭します。
    「莎伽陀は村民たちを苦しめていた悪龍を制服したほどの智者である。しかし、今度は酒に征服されてしまい、この醜態をさらけだす始末である。聖者ですら酒を飲んではかくのごとし。いわんや、凡人おや」

     

    さらに釈迦は続けます。
    「身を慎まねばならない。今後は一切酒を飲むことを禁ず!」

     

    さて、初期仏教の「不飲酒戒」はおわかり頂いたと思いますが、ここで現代の仏教での法事法要などに目を向けます。このとき献杯で使われる酒としては、現代ではやはりビールが多いのではないでしょうか。
    ビールは東西文明では西から生まれた酒類です。これも仏教では全く無縁のものでした。

     

    それならばワインでも条件は同じといえるのではないかといえそうです。
    直接関係しなくても習慣化することで、何となく不思議でなくなるものが「文化」になっていくのかもしれません。そう考えればワインと仏教が今後、結ぶついていってもおかしくないのかもしれえません。

     

  • 新世界と旧世界

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    ワインの「新世界」と「旧世界」をご存知でしょうか。今回はこの話です。

     

     

    新世界といっても大阪の通天閣周辺のことではありません。

     

    ワインに関連して「新世界」という場合、一般的にはヨーロッパ以外の新興ワイン国を指します。ヨーロッパを中心とした言葉なので、それだけヨーロッパとワインの結びつきが強いともいえます。
    また、別の言い方では、ワイン生産の歴史が比較的新しい産地になります。

     

    一方で「旧世界」は、というと、当然ながらワイン文化が歴史的も文化的にも根強い地域、つまりヨーロッパを指します。
    代表的なのはフランス、イタリア、スペイン、ドイツになります。

     

    新世界はもともとはワインというより、大航海時代に冒険家たちが訪れた新大陸について表現したものです。単に新大陸というだけでは、表現しきれず、ヨーロッパの人たちにとって、全く見たこともない新しい世界だったことから、新世界の名になったともいわれます。

     

    したがって新世界の代表格はアメリカといえるでしょう。
    新世界ワインの代表格は、カリフォルニアワインで、最近ではオーストラリアやチリも十分に市場に浸透しています。
    実際、日本のワイン輸入量でも、チリはベスト3に入ってきています。

     

    では、新世界と旧世界のワイン、違いは何でしょうか?
    一般的には価格面で新世界が優位といわれます。これは、人件費の問題だけでなく、最新設備による大量生産を実現したワイン新興国ならではの優位さで、いわばコストパフォーマンスに優れているといえます。
    旧世界は、歴史と伝統、文化という硬い殻に囲まれたクオリティを維持していることと、EUでは格付けなどもあることから、価格はともかく品質の安定度があるといえます。

     

    肝心な味は?
    よほどのワイン通でなければ、個人の好みで選べが良い気がします。
    高価であることが、自分の好みにあうとは限りません。新世界でも旧世界でも、好きに飲んで、自分だけの好みの味を見つけるのも良いのではないでしょうか。

     

    特にプレゼントに贈るワインは、価格より気持ちだといえます。
    もちろん品質も大切ですが、シエル・エ・ヴァンであれば安心です。

     

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