Livining in Wineby シエル・エ・ヴァン

今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

  • ドメーヌ・シャトー・ネゴシアン、さらにマイクロ・ネゴシアン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はドメーヌ・シャトー・ネゴシアン、さらにマイクロ・ネゴシアンについて勝手に語ります。

     

     

    今回もブルゴーニュのワインに関連してドメーヌ・シャトー・ネゴシアン、さらにマイクロ・ネゴシアンを取り上げます。
    よほどの人でなければ聞き慣れない単語の羅列かもしれませんが、ブルゴーニュワインを理解する上で欠かせない単語とも言えます。

     

    ブルゴーニュワイン一覧

     

    まずこれらの単語の中で最も一般的に馴染みがありそうなのは「シャトー」かもしれません。
    シャトー(Château)は、ドメーヌ(Domaine)とほぼ同じ意味です。ただ、シャトーは本来は「城」の意味で、ブルゴーニュのドメーヌに対比したボルドーのワインで使われます。
    どういうことかというと、どちらもブドウ畑からブドウを栽培し、醸造、熟成、瓶詰までを一貫して行う施設のことで、ボルドーは大規模経営の生産者にシャトーを、ブルゴーニュは小規模ばかりなので、小規模生産者にドメーヌを使います。
    それだけブルゴーニュのドメーヌは、小規模な家族経営であるものの、何代も続く歴史を持つ生産者が多いということになります。

     

    次にネゴシアン(Négociant)やマイクロ・ネゴシアン(ミクロ・ネゴス)についてです。
    ネゴシアンは、ドメーヌとは関係深いものの対照的な立場といえます。
    ワインを生産者から樽の状態で買い付け、それを瓶詰めして販売する商売の人のことです。
    しかしブルゴーニュワインの場合は、この本来の意味とは少し様相が異なります。これがブルゴーニュならではの特徴です。
    ワインを樽で購入する代わりに、ブドウの段階で購入するのです。そのうえで自身でワインの醸造を行うため、いわば仕入れがワインではなくブドウになります。そのため、ブドウを大量に仕入れ、ワインの大量生産も可能にできるため、大規模生産者のほうがシックリくるかもしれません。

     

    マイクロ・ネゴシアンは読んで字のごとく、ネゴシアンの小規模なものです。
    ドメーヌが自分のブドウ畑から栽培・醸造するのに対して、マイクロ・ネゴシアンやネゴシアンはブドウやブドウ果汁を仕入れ、それで醸造します。
    畑という土地を所有しなくともワイン生産ができるので、新規参入もしやすいといえます。

     

    ブルゴーニュワイン一覧

     

  • 高貴なる腐敗

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回は貴腐ワインについて勝手に語ります。

     

     

    貴腐ワインという文字を見ていると、「腐」という字が目立ち、あまり良い印象を持たないかもしれません。
    それでも「貴」と組み合わせることで、なんとも不思議な語感があります。
    これは日本語では「高貴なる腐敗」を意味しますが、フランス語で「pourriture noble」、ドイツ語で「Edelfäule」、ハンガリー語で「nemesrothadás」というように、すべて同じです。というより、日本語でそのように訳したのが正解です。

     

    貴腐ワインで使われているブドウは、「腐る」というよりカビに感染した状態です。
    カビなら何でも良いというのではなく、ボトリティス・シネレア(Botrytis cinerea) という菌によるもので、灰色かび病によるものです。
    この病気が発生するのは25℃前後が適温といわれ、高湿度も条件のようです。

    最初は褐色に腐敗し、やがて灰色のカビに覆われていきます。そのため、しなびたような状態になりますが、果実ではエキス分が凝集されることになり、糖度が増し、香りも良く、独特の甘みが生まれます。

     

    どのブドウ品種でも病気になる可能性がありますが、白ワイン用の品種、特にセミヨンやリースリングなどが感染した場合に、貴腐ワインとなることが可能となります。
    もともと狙ってつくったものではなく、偶然によって誕生したワインです。

     

    貴腐ワインに関する逸話としては、1779年に、マリー・アントワネットの母で知られるマリア・テレジアが、貴腐ワインをウィーン大学で分析させたことが有名です。
    科学的な糖度上昇の研究・分析ではなく、貴腐ワインが黄金色に輝くことから、この成分に金が含まれているのではないかとマリア・テレジアが思ったことによります。

     

    貴腐ワインを探す

     

    デザートワインとしても貴腐ワインは人気ですが、アイスワインと並んでこの甘さを楽しむのも良いと思います。

  • ブルゴーニュとブルグント王国

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はブルゴーニュとブルグント王国について勝手に語ります。

     

     

    ブルゴーニュワインといえば、フランスを代表するワインであり、フランスのAOC認証ではコート・ド・ニュイ、オート・コート・ド・ニュイ、コート・ド・ボーヌ、オート・コート・ド・ボーヌ、コート・シャロネーズ、マコネー、ボジョレー、シャブリの8つの地区になっています。
    これらの地域はブルゴーニュ地域圏ですが、現在では正式な地域圏(région)ではなくなっているようです。ただ歴史的には古く、ドイツ語で「Burgund」というように、地名はゲルマン人のブルグント族に由来しています。そのため、今でもドイツ語ではブルゴーニュとはいいません。

     

    このブルグンド族ですが、スカンジナビア半島にいたゲルマン人で、ヨーロッパ大陸を南下したといわれてます。言語は東ゲルマン諸語だったようです。
    スカンジナビアが起源であるというのは、伝承ではありますが、考古学的には間違いないとする人も多く、また各地名の由来等からも裏付けられるともいわれます。
    しかし文献・史料に基づく歴史学では、古代のローマ文献にどこからの移動なのかについて記述がなく、その後の歴史のほうに主眼が置かれています。

     

    地理的にローマ帝国との関係が大きく、ゲルマン民族の大移動の影響も受けてきました。
    ブルグント王国として建国したのは、ブルグント族のグンダハール(Gundahar、Gundicar)により、傀儡皇帝を擁立したことによります。
    ローマ帝国との同盟関係になりましたが、ガリア・ベルギカ北部地域へ襲撃しました。しかし、ローマ帝国はフン族の傭兵により反撃を開始し、ブルグント王国の破壊へと繋がりました。

     

    不思議なことに、ブルグント族は王国滅亡後、再びローマとの同盟関係に戻り、移住はさせられるものの以後8代の王により統治される王国が復活しました。
    最終的にはフランク族により滅亡しました。

     

    ブルゴーニュの地域に目を向けると、中世になって以前に取り上げたクリュニー修道院などが創設されました。
    その後にブルゴーニュ公国となったり、一部がハプスブルク家に併合されたりした歴史があります。
    激動と血なまぐさい歴史を経て、現在のブルゴーニュはボルドーと並ぶ世界的なワイン産地となったのです。

     

    ブルゴーニュワイン一覧

     

  • ドイツワインの格付け

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はドイツワインの格付けついてに語ります。

     

     

    ドイツはブドウ栽培の北限地域に位置しているため、主要なブドウ産地は南部に多いと言えます。
    特にライン川沿いが中心地で、支流でもモーゼル川、ザール川、ルーヴァー川の3つの流域ではモーゼルワインとして日本でも馴染みがあるかもしれません。

     

    フランスと同じようにワインの制度や格付けは行われていますが、こちらは馴染みがないでしょう。
    法的には「ドイツワイン法」というのがあり、地域指定優良ワインを2つに分けています。
    具体的には「QmP」と「QbA」です。
    またテーブルワインについても、「Landwein」と「Deutscher Tafelwein」に分けられています。

     

    QbAとは
    日本語では「特定産地上質ワイン」、ドイツ語で略さないと「Qualitätswein eines bestimmten Anbaugebietes」になります。
    ドイツは合計で13の生産地域が決められていますが、生産地でない他の地域のワインをブレンドするのを許されていないワインになります。
    等級も決められ、Amtliche Prüfungにより合格することで決まります。

     

    QmPとは
    日本語では「肩書付上質ワイン」、ドイツ語で略さないと「Qualitätswein mit Prädikat」になります。
    これはいかにもドイツらしいもので、ブドウが発酵する前に補糖の必要がないほどの天然糖分を有するブドウで醸造されたワインです。モスト量により等級が決められ、カビネット、シュペトレーゼ、アウスレーゼ、ベーレンアウスレーゼ、アイスヴァイン、トロッケンベーレンアウスレーゼの6等級になります。
    さらにブドウの成熟度(つまり糖度のこと)によっても6段階に分類されています。

     

    上記のような格付けとなると、いってみればブドウの糖度が最も大きな基準であることがわかると思います。まさにこそがドイツ特有の特徴なのです。
    それを裏付けるように、隣国のフランスと異なり、全ワイン生産量の中でQmP・QbAが占める割合は実に95%になるといいます。
    このドイツ基準で比較すると、フランスでは36%程度、イタリアに至っては13%だそうです。(イアン・ジャーミソン「ポケットブック ドイツワイン」鎌倉書房1991年)

     

    それでもワイン法が改正されたことにより、QmPの辛口ワインに新たな等級が生まれました。ClassicとSelectionの2等級です。
    世界的なワインの辛口指向を反映したのかもしれません。

     

    フランス語と違ってドイツ語は馴染みがあったせいか、格付けを調べてもフランスよりはるかにわかりやすいと感じます。ただ世間ではフランス語のほうが人気があるのかな、とも思います。
    それはともかく、ドイツワインの葡萄成熟度について考えてみるのは良い気もします。

     

  • ボルドー・アキテーヌ公国の首府

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はボルドーをアキテーヌ公国の首府として勝手に語ります。

     

     

    ボルドーワインといえば、誰もが知る、少なくとも耳にしたことがある、といわれるほどの有名なワインです。
    しかし地名としてのボルドーは、ワインの知名度と比例して有名というわけではありません。アキテーヌ公国の首府だったこともご存じない方が多いことでしょう。

     

    現在のボルドーはフランス南西部に位置するヌーヴェル=アキテーヌ地域圏の首府であり、ジロンド県の県庁所在地です。
    人口は約24万人で、 直線距離でパリから498kmに位置します。
    2007年には、市街区域の一部が世界遺産に登録されました。
    市内は欧州都市らしいトラムが走っていますが、意外にも歴史が浅く、開業は2003年です。

     

    ボルドーの町としての歴史を見ると、紀元前300年にまで遡ることができます。ガリア人による町で、当時は「ブルティガラ」でした。
    その後ローマ帝国の領土となり、その頃からワイン生産が盛んになりました。
    ローマ帝国崩壊後はゴート人の支配となり、ボルドーを含めたアキテーヌ地方は西ゴート王国の領土となりました。しかし6世紀初頭にはフランク王国の領土に変わりました。
    その後は欧州の歴史らしい激動が続きます。
    ウマイヤ朝の侵入によるイスラム軍の勝利、次にトゥール・ポワティエの戦いでカール・マルテルの勝利でイスラム勢力の一掃、ルートヴィヒ1世のアキテーヌ王国の誕生などと続きました。これは以前にも取り上げたことがあります。
    また、アキテーヌ公領がイングランド王の領有になり、イングランド王に対する反乱も起きました。
    イングランドとフランスとの戦いである百年戦争の影響も大きく受け、フランス革命ではジロンド派の本拠地にもなりました。
    ほんの一時期ですが、ボルドーにフランス政府が置かれたこともあります。普仏戦争のときですが、実は第一次世界大戦中にドイツ軍がパリ近郊まで迫ったときもそうでした。

     

    ワインで「ボルドー」を名乗れるのは、都市としてのボルドーだけでなく、ジロンド県全域にわたる地域になります。
    AOC認証も各地区ごとに数多く有り、さすがワインの代名詞的な地域だと頷けるほどです。

     

    ボルドーワインを探す

     

    ボルドーにはパリとを結ぶ鉄道もありますが、空港もあり、交通の便は良いといえます。
    空港はもちろん地方空港ではありますが、世界60都市を結ぶ路線があり、市街地からの距離も10kmです。

     

    ボルドーについて少しご紹介させて頂きました。他のワインブログでは、ここまで取り上げない範囲を考えました。

     

  • ロワール川谷のワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はロワールワインとロワール川について勝手に語ります。

     

    ロワール渓谷 シャンボール城

     

    ロワールワインはフランスのペイ・ド・ラ・ロワール地域圏が中心地です。
    しかしてロワール川流域のブドウ畑は、かなり広く分布していて、上流域のサントル=ヴァル・ド・ロワール地域圏からブルゴーニュ地域圏にまで及んでいるのです。
    そのためか、ロワール川谷のワイン (Vignoble du Val de Loire) と一括りにしても、実は地域によって特性が異なるワインの集まりとなっています。統一したAOC認証もありません。

     

    なぜ、それほどまでに広大なのかといえば、その理由の一つにロワール川そのものがフランス最長の川であることも関係しているでしょう。
    長さが1,012km、流域面積は117,000km²もあり、この面積はフランスの面積の5分の1に相当します。
    ちなみにですが、フランス語は分からないのですが、調べると海に流れ込むのを「fleuve」、そうでないなら「rivière」なんだそうです。簡単にいえば本流と支流の違いでしょうか。ロワール川は当然ながら「fleuve」です。
    さらに付け加えると、ロワール川やセーヌ河は女性名詞、ローヌ川は男性名詞だそうです。ドイツ語のように中性名詞がないので、なんとも分かりにくいものです。

     

    では、この川の名である「ロワール」とは何かというと、Wikipediaで見てみると、ラテン語の「Liger」が語源で、ガリア語(ケルト語)の川の名前「liga」の転写であるとのこと。
    観光という面では流域に古城が多くあることから、日本人観光客も多く訪れています。
    その中のシャンボール城(Château de Chambord)は、ロワール渓谷にある城の中で最大の規模があります。フランソワ1世(在位:1515年 – 1547年)の城です。
    しかし、フランソワ1世はフランス王だったとき、シャンボールにはほとんど滞在することはなかったようです。記録によると、滞在期間は合算しても2ヶ月に満たなかったようで、滞在目的も狩猟のためだけだったといわれます。
    実際、この城は狩猟小屋を原点に持つもので、そのための短期訪問を目的に建設されました。長期滞在には不向きであり、城の周囲には集落さえなく、食料その他の日常生活に必要な品々を運び込まなければならなかったようです。
    城としてはフレンチ・ルネサンス様式の城で、古典的なイタリアの構造をベースにしていながら伝統的なフランス中世の様式を取り入れた、なかなか見応えのある建造物です。

     

    最後に再びワインに話を戻すと、ロワール川谷ワインは広大であることから、気候も地域によって異なります。
    中央部分は大陸性気候、海岸近くは海洋性気候です。土壌も様々で、統一性がないことが逆に魅力ともいえます。
    今宵はどのワインにしようか、と悩むのも楽しみになります。

     

  • いわき・夢ワイン・阿弥陀堂

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回は東日本大震災から8年経った福島県いわき市について勝手に語ります。

     

     

    2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災から8年。
    福島県いわき市も大きな被害を受けました。地震としては震度6弱を観測し、しかも震度4以上の揺れは3分10秒という驚異的な長さで続いたといわれます。さらに気象庁の推計震度分布図では、局地的に震度7相当だったとされています。
    福島第一原子力発電所にも近いことから、一時的に市外へ避難した数も約15万人になったといわれています。

     

    その一方で双葉郡の住民を中心に2万人以上がいわき市に避難したこともあり、転出した人口を上回り、結果的に人口増加につながったりしました。 臨時の役場機能も楢葉町、富岡町、大熊町がいわき市に設置しています。

     

    そんないわき市ですが、ワイン関係では素晴らしいニュースが昨年飛び込んできました。
    昨年7月に「いわきワイナリーガーデンテラス&ショップ」がオープンしたのです。
    もともと障がい者の就労支援を行うNPO法人みどりの杜福祉会により誕生した「いわきワイナリー」ですが、最初は山梨県のワイナリーへ醸造を依頼していました。それが2015年に果実酒醸造免許を取得したことで「いわき夢ワイン」がいわき市で醸造されるようになったのです。
    さらに観光化として、ガーデンテラス&ショップにまで拡大したのです。

     

    個人的な思い出も数多くあります。
    特に大学時代にいわき市で合宿があったことで、地域の方とふれあい、観光客が行かないような場所にまで足を運びました。
    数年後、あるクルマの長距離テストを兼ねて、懐かしいいわき市へ出向きました。
    そのとき、白水阿弥陀堂に寄りました。

     

    全国的には知名度は低いかもしれませんが、いわき市内郷にある白水阿弥陀堂は国宝です。
    福島県では唯一の国宝建築物なのです。

     

    正式名は願成寺阿弥陀堂で、真言宗智山派の寺院です。
    平安時代末期、岩城則道の妻であり、藤原清衡の娘である徳姫によって建立されました。
    則道の菩提を弔うための寺院で、「願成寺」と名付け、境内に阿弥陀堂も建立しました。
    桁行と梁間はともに三間で、単層の宝形造ですから、建築物としての規模は大きくありません。しかし、堂内の壁板には壁画が描かれていたようです。残念ながら現在はほとんど見ることができず、わずかに一部に面影があるだけです。
    内部には国指定の重要文化財になっている阿弥陀如来像、両脇侍に観世音菩薩像と勢至菩薩像、さらに持国天像、多聞天像の二天像、合計5体の仏像が安置されています。すべて木造です。
    東北地方には現存する平安時代の建築は少なく、この阿弥陀堂を除くと、世界遺産の中尊寺金色堂と国の重要文化財に指定されている角田市の高蔵寺阿弥陀堂だけですから、それだけでも貴重です。

     

    また阿弥陀堂は三宝を池に囲まれ、参拝するためには正面の中ノ島を経由することになっています。池は東・西・南の三方で、背景としては北・東・西が山で囲まれています。
    平安時代末期の典型的な浄土式庭園になっています。
    おそらく平泉の寺院の構造に影響を受けているではないかと思われます。それは徳姫が奥州藤原氏の娘であることも関係しているでしょう。
    また、「白水」という地名についても、平泉の「泉」という文字を2つに分けたという説もあるようです。
    初めてこの地を訪れたとき、大変失礼ながら、いわき市に存在すること自体を不思議に思いました。奥州藤原氏に考えが及ばなかったのが、なんとも幼稚でした。

     

    震災後、いわき出身の人との交流はありましが、未だいわき市には行っていません。
    白水阿弥陀堂の現在も写真で見るだけです。
    機会をつくり、いわき夢ワインを味わうとともに白水阿弥陀堂にも再訪したいと考えています。

     

  • ブルゴーニュワイン発祥の修道院

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はクリュニー修道院と修道院改革について勝手に語ります。

     

     

    ロマネ・コンティを生み出し、シャルドネの故郷でもあるブルゴーニュは「ワインの王」とも形容される地方です。
    このブルゴーニュワインの歴史はベネディクト派のクリュニー修道院から始まったといわれています。
    では、このクリュニー修道院とな一体、どんな修道院なのでしょうか?

     

    クリュニー修道院の正式名称はサン=ピエール・エ・サン=ポール・ド・クリュニー修道院で、フランス語では「Abbaye de Saint-Pierre et Saint-Paul de Cluny」になります。
    設立は909年9月11日といわれています。
    フランス革命で破壊されてしまうまで存続しました。

     

    クリュニー修道院は、中世に大きな役割を果たしました。
    それがクリュニー改革とよばれる修道会改革運動で、その中心になっていたからでした。
    修道院改革とは、10世紀から11世紀にかけておきたもので、旧来の修道院の腐敗状況を是正していく一連の動きです。当時、シモニア(聖職売買)などを行う修道院が多く、カトリックでありながら司祭が事実上の結婚したりするケースも多く、まさに腐敗状況にあったといわれています。

     

    この修道院改革運動は、11世紀初頭のロートリンゲンで広がりを見せましたが、この原点となる動きこそクリュニー修道院だったのです。
    クリュニー修道院は教皇以外の一切の権力の影響を受けない自由修道院でした。そのためカトリック教会最古の修道会である 聖ベネディクトゥスの会則・修道精神に厳格に従っていました。それが広く伝わり、大きな影響を与えたのです。
    皇帝ハインリヒ3世はクリュニー修道院の姿勢に共鳴し、シモニア(聖職売買)に反対的立場から批判を繰り返し、カトリック教会の改革を進めていくことにしたのです。
    ところが、この流れは後に世俗的な権力闘争の要素が加わり、修道院改革運動とは別のベクトルへ動くこともありました。

     

    皮肉なもので、修道院改革運動はクリュニー修道院の精神が影響を与えて拡大したものの、教皇主導による改革が急進化していくと、今度は逆にクリュニー修道院は教皇庁と距離を置くようになっていくことになりました。
    この修道院改革の流れはやがてグレゴリウス改革へと繋がります。しかし、直接的にクリュニー修道院がグレゴリウス改革を生み出したとするのは短絡的との考えもあります。この部分については当時の背景も考慮しないと見えない部分もあります。

     

    さらに皮肉な内容を付け加えると、11世紀後半以降は貨幣経済が浸透していき、既存の中世的な経済の変容によって、クリュニー修道院だけでなくベネディクト会修道院は同じように財政が悪化してしまうことになりました。「聖」と「俗」も近代へと向かう経済には逆らえず、また、のちの宗教改革によるプロテスタントとの視点で見るのも意味があるかもしれません。

     

    ブルゴーニュは「ワインの王」とも形容される地方ですが、修道院の歴史から見ていくと、まるで優雅なワインとは別の面が目立ちます。
    そうはいっても、ブルゴーニュワインを楽しむには関係ないのかもしれませんが。

     

  • オック語方言のプロヴァンス

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はプロヴァンスについて勝手に語ります。

     

     

    フランス国内でも最も古いワインの歴史を持つ地域がプロヴァンス(La Provence)地方です。
    紀元前よりブドウが栽培され、現在ではロゼを中心としたワインの産地です。高価格ではなく比較的手軽なワインが多く、しかもワインに馴染みのない方にも飲みやすいものが多いのが特徴です。
    地中海に面した地域のため、温暖な気候で理想的なブドウ生育環境で、AOC認証も多くあります。

     

    ワインの歴史が古いということは、地域的に見てギリシア人やフェニキア人の植民が行われたことを意味します。
    フランスですから、話されている言語はフランス語だと思うのは当たり前ですが、歴史的に見ると、もともとはオック語の方言だったようです。
    プロヴァンス語といっても問題ないようです。
    フランスの政府機関からは公用語として認められていないものの、現在でも教育機関で選択科目に入っているほどで、現役でプロヴァンス語を話す人も数十万人程度はいるといわれます。
    欧州言語は日本人が考えるほど単純でなく、地域の歴史と絡めた言語については無知かもしれませんが、日本でも東北や沖縄の方言を想像すれば良いかもしれません。

     

    ところでこのプロヴァンス語のもとであるオック語ですが、政治的理由からすればこれもフランス語の方言といえますが、実はロマンス語からの派生というのが言語学的には正しいようです。
    ロマンス語はラテン語の口語に起源を持つ言語ですから、オック語はフランス語に限らず、イタリア語もスペイン語と同じ根を持つ、いわば並列する言語ともいえます。
    オクシタニアといわれる地域があり、そこはオック語を話す人が居住する地域のことを意味し、その範囲はかなり広大です。
    ロワール川以南フランス南部、イタリアのピエモンテ州の一部、スペインのカタルーニャ州アラン谷などが範囲となります。そのため人口は何と1400万人もに達します。
    プロヴァンス語もオック語の方言ですから、現在のフランス領土よりも上記のオクシタニアに属する政府が仮にあるとすれば、独立運動に発展してもおかしくないのかもしれません。ヨーロッパの国を教科書的に学んだことしかない人には、この感覚は分かりづらいかもしれませんが、ヨーロッパとはそういう地域なのです。

     

    では、プロヴァンス地方の人々はどのような生活をしているのかというと、もちろんフランスからの独立を考えているわけではありません。
    地中海地方らしい典型的な高地居住様式(Habitat perché)によって街が形成されている場合が多く、中世の様相を保持している傾向があります。
    丘陵部に「高地居住様式」があるということは、逆に谷底に相当する地域には肥沃な土地があり、農業地域と街が見事に分離しているともいえます。

     

    歴史の側面を見ていくと、さらにこの地域のことが深くわかりますが、今日はこのへんまで。機会があれば、あるいは覚えていたら、続きを記しましょう。

     

  • 酒税法上の種類とブドウの病気

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はソムリエ試験の過去問から酒税法上の種類について勝手に語ります。

     

     

    日本の酒税法で規定されている種類とは、15℃においてアルコール分が何%のものか。
    次の中から1つ選びなさい。

     

    1.0.001%
    2.0.01%
    3.0.1%
    4.1%

     

    これは簡単な問題です。
    正解は 4 の1%です。アルコール分1度(容量パーセント濃度で1パーセント)以上の飲料が「酒類」として定義されています。
    日本ソムリエ協会の過去問(2017年)より。

     

    ブドウ病被害が、日本で最大のものはどれか。
    次の中から1つ選びなさい。

     

    1.ベト病
    2.灰色カビ病
    3.ウドンコ病
    4.晩腐病

     

    実は出題頻度が比較的高い問題です。
    日常生活ではあまり聞き慣れない病気の種類でしょうが、ワイン好きなら、ソムリエにならなくても知っておきたい知識です。
    正解は 4 の晩腐病です。
    このブドウ病の発病部位は果実だけでなく、花穂、葉に及び、成熟期の果房に発生すると腐らせることになります。二次伝染は、雨滴によることが多く、分生子が飛散して拡大していきます。
    日本の場合、高温多湿という気候風土から発生しやすく、また拡大しやすいといえます。
    これも日本ソムリエ協会の過去問(2017年)より。

     

    ソムリエ試験の問題は、かなり細かい内容もありますが、酒税法やブドウの病気など、知っていてもよさそうなものもあります。
    気が向いたときしか紹介していませんが、次回も忘れた頃に取り上げるかもしれません。

     

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