今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

  • マウレ・ヴァレー(Maule Valley)

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はチリのマウレ・ヴァレーについて勝手に語ります。

     

     

    マウレ・ヴァレー(Maule Valley)はチリ最大のワイン産地です。
    チリは南北に細長い国で、北からの縦列で7番目に当たるのがマウレ州です。
    マウレ川に由来する地名で、その川が渓谷を成す地方がマウレ・ヴァレーになります。
    マウレ川はアンデス山脈が源流の川で、流域面積20,600km2あり、1/3がアンデス山脈内を流れています。
    そしてこの渓谷でチリワインの60%を生産しているのです。

     

    年間降水量はわずかに735mm程度と少なく、しかも雨が降るのは主に冬であることから、ブドウの生育期は雨がなく、乾燥し、気温も高めになります。そのため、ブドウの果実はしっかりと育ちます。
    また1日の寒暖差も激しく、その差が大きい時には18℃にもなるといいます。
    そのような条件が整い、ブドウの糖度が高くなっています。

     

    ブドウ栽培地は約30,000haもあり、ブドウ品種はカベルネ・ソーヴィニヨンやカルメネールなどの国際品種が中心です。
    しかし、かつては黒ブドウのカリニャンが中心だったようです。

     

    この地域はインカ帝国南境になり、マウレ川については、チリ文学に影響を与えた「最も優れた」川といわれています。
    マウレ州としても、人口の割に多くの著名人を輩出している州として知られます。日本人にはあまり馴染みのない人たちですが、チリでは著名な作家、詩人、ミュージシャンなどの芸術分野に限らず、大統領も科学者なども輩出しています。

     

    チリワインはある研究機関によると、ポリフェノール含有量が一番多く含まれるという研究結果を出しています。
    日照時間の長さがポリフェノール含有量に関係しているという研究のようですが、それはともかく、日本ではチリワインは比較的購入しやすい価格で販売されていて、その中でマウレ・ヴァレー産はたくさんあります。
    こんな背景を知りながら飲むのも良いかと思います。

     

  • ドブロジャ(Dobrogea)

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はルーマニアのドブロジャについて勝手に語ります。

     

     

    ルーマニアは国別ワイン生産量で世界第15位前後になります。
    実はワイン生産については、歴史が古く、キリスト教以前からされていて、6,000年前のワイン容器も発見されているほどです。
    今回は、そのルーマニアのワイン産地の中でドブロジャ(Dobrogea)を取り上げます。

     

    ドブロジャは地域の名称で、ドナウ川下流域から黒海にかけての地帯に相当します。北部がルーマニアですが、南部はブルガリア領に入ります。
    そのため、ブルガリア語ではドブルジャとなります。

     

    この地名の語源は、ドブロティチ(Dobrotici)に由来するといわれます。これはトルコ系クマン人の王の名前で、14世紀にこの地域を支配していました。
    クマン人はテュルク系遊牧民族で、一般的には「キプチャク(Qipchaq)」といい、11世紀から13世紀にかけて、ウクライナからカザフスタンに広がる草原地帯にいました。

     

    また、この地域はルーマニアで最も温暖です。
    標高としては平均で200~300mの丘陵地帯になります。高い山塊はなく、最高峰のマチン山塊でも467mです。
    ただ高原地帯だけでなく、ドナウ・デルタもあり、黒海沿岸はリゾート地にもなっています。
    赤ワインも白ワインもに生産されています。赤ワインの「ムルファトラー」が代表的な銘柄です。

     

    ルーマニアとブルガリアに跨っている関係で、ブルガリア復帰を求めて戦ったブルガリア人の革命組織として、内部ドブルジャ革命組織(Вътрешна добруджанска революционна организация)などもありました。
    当然ながらルーマニアからはテロリストの扱いですが、ブルガリア側では解放運動とみなしていました。
    その成果もあり、クラヨヴァ協定により、1940年に南ドブルジャがてブルガリアに返還されたことで活動はなくなりました。

     

    黒海沿岸のリゾート地のイメージとは別に、民族紛争の舞台でもあり、良質なワイン産地でもあるドブロジャ(Dobrogea)は、日本ではあまり情報がありません。
    それでも注目したい地域です。

     

  • 世界に通用するアジア最高のワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はインド・ワインについて勝手に語ります。

     

     

    以前に「ヒンドゥー教聖地のワイン」として取り上げたことがあるインド・ワインですが、そのときは主にヒンドゥー教について勝手に語りました。
    ワインブログなので、今回はワインについても言及したといと思います。

     

    ヒンドゥー教の聖地の一つであるナーシク(Nashik)のスラ・ヴィンヤーズは、標高約600mにあるブドウ産地から生産されるワインです。
    1997年からワイン産業を開始したスラ・ヴィンヤーズは、ラジーヴ・サマントがスタンフォード大学卒業後にシリコン・バレーで働いていましたが、母国のインドに戻り、創設したものです。
    驚くべきことに、このワインは、ワインの伝統的消費国であるフランス、イタリアを含め、アメリカやカナダにまで輸出されていて、しかも各国のマーケットで大きな衝撃を与えたのです。インドのワインの珍しさや、新世界ワインとしては味が良い、というレベルではなく、ヨーロッパの一流のプロたちから絶賛される味だったのです。
    そのため、フランスではアジアのワインとしては極めて異例なことに、三ツ星レストランにまで取り入れられたりしました。
    まさに「世界に通用するアジア最高のワイン」になったのです。

     

    ナーシクはブドウ栽培にとって、気候的に恵まれ、スペインやカリフォルニアに似た気候だといいます。土壌も適していて、実はこれはラジーヴ・サマントが地質調査の結果から確信し、著名なワイン醸造家を招聘したことで実現しました。
    ブドウ栽培にもこだわりがあり、環境保全型で、有機的な栽培方法をしています。
    さらにワイナリーには空調システムも導入し、伝統的な農法と最新のシステムをあわせた万全の管理をしているのです。

     

    その他、ナーシクはワイナリーだけでなく、トリムバケシュワール寺院などの見どころもあり、機会があればぜひ訪れたい都市です。
    ムンバイ(ボンベイ)から180キロ北東にある都市ですから、想像するより行きやすい場所でもあります。

     

  • ビニサレム(Binissalem)

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はビニサレムについて勝手に語ります。

     

     

    ビニサレム(Binissalem)のワインがスペインの原産地呼称制度・デノミナシオン・デ・オリヘン(DO)に認定されたのは1991年でした。
    このビニサレム (DO)こそ、マリョルカ島で初めて原産地呼称産地となったもので、これに続いたのがプラ・イ・リェバン (DO)でした。

     

    マリョルカ島は、「マヨルカ島」とも「マジョルカ島」とも表記される島で、地中海のバレアレス海に浮かぶ島です。
    スペインの東側に位置するバレアレス諸島の中で、もっとも大きな島で、沖縄本島より約3倍の面積があります。しかもスペインの中で人口密度の高い地域でもあります。

     

    地中海の島ということで、古代にはフェニキア人により植民都市が形成され、交易活動を始めたという歴史が残っています。
    地中海の覇権を握った国々に影響を受け、ローマ帝国の征服、イスラム勢力の侵攻など、様々な外的勢力との関係を経て、現在はスペインに属しています。

     

    この島にブドウ栽培とワイン生産を齎したのは、ローマ人だったといわれます。
    古代ローマの博物学者だったガイウス・プリニウス・セクンドゥス(Gaius Plinius Secundus)は、紀元1世紀の文献の中で、マリョルカ島のワインについて触れています。
    イスラム勢力のムーア人支配の時代でも、ワイン生産は消滅しなかったことで、1230年にハイメ1世がマリョルカ島を征服すると、キリスト教の復活により、ワイン生産も盛んになりました。

     

    主要なブドウ品種としては、土着種のマント・ネグロやモイなどがあり、また、カベルネ・ソーヴィニヨン種、カリェット種、テンプラニーリョ種、モナストレル種、シラー種、メルロー種など多彩に栽培されています。
    生産されているのは赤ワインが多く、全体の約70%、白ワインが約19%で、ロゼも約11%です。
    土着のマント・ネグロは赤ワインで、主に現地で消費されています。

     

  • コネリアーノ(Conegliano)

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はコネリアーノについて勝手に語ります。

     

     

    イタリアワインでDOCワインの指定を受けている中に「プロセッコ・ディ・コネリアーノ」があります。その産地がコネリアーノ(Conegliano)です。
    プロセッコ(Prosecco)とは白のスパークリングワインで、プロセッコ・ディ・コネリアーノ・ヴァルドッビアーデネ(Prosecco di Conegliano-Valdobbiadene)ともいいます。
    ブドウ品種は、グレーラ種が中心で、他の品種も使用される場合もありますが、その場合は比率が15%以下と決まっています。
    また、炭酸の有無や濃度により3種類に分類されています。
    炭酸なしはトランクイッロ(tranquillo)、微炭酸はフリッツァンテ(frizzante)、発泡ワインはスプマンテ(spumante)です。
    「プロセッコ」の名称については、EUの原産地名称保護制度で保護されています。

     

    コネリアーノヴェネト州に属していますが、この州の州都はヴェネツィアです。

    水の都と呼ばれるヴェネツィアは、アドリア海の最深部にあるヴェネツィア湾にできた潟「ラグーナ」に築かれた都市です。運河が有名で、世界的な観光都市としても知られます。
    コネリアーノは内陸部にあり、トレヴィーゾ県の都市です。県内第2位のコムーネ(基礎自治体)人口を誇りますが、その数はわずかに3万4000人程度です。
    県都のトレヴィーゾは、ヴェネツィアから北北西へ約27kmの位置にあり、ジョルジョーネの出身地でもあります。

     

    ジョルジョーネ(Giorgione)といえば、ルネサンス時代の画家で、本名はジョルジョ・バルバレッリ・ダ・カステルフランコ (Giorgio Barbarelli da Castelfranco) です。
    この人の画風から、現在、確実にジョルジョーネの絵画であるとされている作品は6点しかなく、実は謎の画家でもあるのです。
    まず作品の記録がほとんどなく、また、人物像についても残された資料が少ない上に、33歳という若さでなくなり、死後に他の画家たちによって最終的な完成を見た作品があることなどから、謎がそのまま残されているわけです。
    ただ美術にあまり関心のない人でも、『眠れるヴィーナス』の絵は見たことある人は多いでしょう。
    現在、ドレスデンのアルテ・マイスター絵画館が所蔵しています。
    女神が裸で横たわる姿を描いたものですが、その下の白い布と背景の清新な風景が不思議な調和を齎し、女神の神性、さらにその奥から伝わる神秘的な雰囲気を醸し出しているといわれます。
    同様の構想で描かれた作品としては、『ユディト』もあります。
    こちらは、エルミタージュ美術館所蔵で、裸婦ではありません。しかし、背景の叙情的な風景描写と、独特の色彩感覚とのバランスはかなりインパクトがあります。

     

    謎の画家の作品を思い浮かべながら、「プロセッコ・ディ・コネリアーノ」の発泡ワインを堪能するのも良いことでしょう。

     

  • テキサス・ヒル・カントリー

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はテキサス・ヒル・カントリーについて勝手に語ります。

     

     

    アメリカのワインというと、カリフォルニア・ワインが真っ先に頭に浮かぶかもしれません。
    しかし、カリフォルニア州だけでなく、テキサス州でもワイン産地はあります。
    それがテキサス・ヒル・カントリー(Texas Hill Country)です。

     

    テキサス州の中央部には丘陵地帯が広がっています。
    オースティンの西側でサンアントニオの北側から丘陵地帯が広がり、カルスト性の地形です。
    鍾乳洞もあり、またそれが飲料水源にもなっています。
    日本では馴染みないかもしれませんが、アメリカ南部では屈指のワインの産地でもあることから、ブドウ畑はこの丘陵地対に多くあります。醸造所も多数あります。
    州都のオースティンとテキサス州第2の都市であるサンアントニオという大都市が近隣にありながら、自然が豊かで、のどかな農村地帯もある地域です。一部に歴史的な街並みも残っています。

     

    テキサス・ヒル・カントリーは様々な文化が入り混じり、その多様性の文化は入植者が様々だったことが影響しているようです。そのため他のアメリカ南部地域とは異なる独自の文化が育ったと見ることもできます。
    もともとはスペインの植民地でしたが、その後にドイツ、オーストリア、スイス、アルザスのドイツ語圏の移民が入り、チェコなどの東欧からも多く入植してきました。かつての神聖ローマ帝国やハプスブルク家に関係していた地域の人々が、この丘に集まり、土着のメキシコ系住民などと融合し、独自の文化が花開き、祖国と同じようにワイン生産をしてきたのです。

     

    ところで、テキサス・ヒル・カントリーといえば、歴代のアメリカ大統領で、一人だけここの出身者がいます。
    第36代大統領リンドン・ジョンソンです。彼の生誕地こそがテキサス・ヒル・カントリーなのです。
    彼はテキサス・ヒル・カントリーの農村、ストーンウォールで生まれました。
    貧しい地域でした。そこの農場に生まれ、南西テキサス州教員養成大学(現在はテキサス州立大学サンマルコス校)に入学しました。苦労しながら卒業しました。
    教員養成大学でしたから、在学中に教師見習いもしていました。卒業後もヒューストン高校で教職につきました。
    その後に政治の世界に入り、日本との太平洋戦争のときには海軍少佐として従軍したこともあります。
    ジョン・F・ケネディ大統領時代には副大統領に任命され、ケネディ大統領の暗殺事件からわずか1年足らずで大統領職を継ぐことになりました。

     

    リンドン・ジョンソンについては、語りたい内容は盛り沢山ですが、今回はワイン産地としての彼の出身地の紹介でした。

     

  • ヴェルコパヴロヴィツカー・ワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はウンコヴィツェについて勝手に語ります。

     

     

    ヴェルコパヴロヴィツカー・ワイン産地に属するウンコヴィツェ(Unkovice)は、チェコ南部にある小さな村です。
    わずかに人口700人程度の村で、谷沿いにあります。
    南モラヴィア州ブルノ・ヴェンコフ郡にあり、この周辺地域は歴史的にモラヴィア地方の中心として栄えていました。
    モラヴィアは、チェコ語でMoravaですが、ドイツ語ではMährenといい、ドイツ語の呼び方では「メーレン」となり、全く語感が異なります。

     

    モラヴィアは紀元前14世紀には、ラウジッツ文化圏の一部で、農耕や牧畜を中心としていました。しかし、このラウジッツ文化は紀元前5世紀ごろには消滅してしまいます。
    これは遊牧民族のスキタイ人が侵入したことが原因だといわれています。
    紀元前1世紀半ばになると、ケルト人が居住するようになりましたが、今度はゲルマン人の侵入、さらに6世紀頃にはスラヴ人が入ってきたようです。

     

    実はここで起源が謎に包まれたアヴァール(Avars) が関係します。
    アヴァールは、現在のハンガリーを本拠にした遊牧国家でした。
    モラヴィアでは7世紀前半にアヴァールに服従していたスラヴ人などにより、反乱がおき、その結果、王国が建国されることになりました。
    しかし、これもアヴァールによって滅亡となり、その後にアヴァールの国家も崩壊しました。
    このアヴァールは、中央アジアから中央ヨーロッパ、東ヨーロッパの範囲に広がっていました。遊牧国家で、君主号がカガン(khagan:可汗)でした。
    遊牧国家ということで、記録が少なく、その起源が未だ謎に包まれているのです。

     

    ただ東ローマ帝国の記録から見ると、アヴァールは突厥に追われ、北カフカスでその存在を認識したといわれます。その後にアラン人の仲介で東ローマ帝国と同盟関係を結びました。
    東ローマ帝国は突厥との間で使節を往来させていた関係だったため、アヴァールとの同盟は、この関係が一気に崩れることとなりました。

     

    ところでウンコヴィツェですが、ディイェ・スヴラトカ谷のスヴラトカ川沿いでブドウ栽培をし、良質なワインを生産しています。
    おそらく日本人には知る人ぞ知るワインでしょうが、複雑な歴史に包まれた地域のワインですからぜひともご賞味頂きたいと思います。

     

  • テーブルワイン(table wine)

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はテーブルワインについて勝手に語ります。

     

     

    欧州連合(EU)では、加盟するそれぞれの国が独自にワイン法を制定していますが、それらのワイン法を統合したガイドラインもあります。
    その中で、ワインのカテゴリーを2つに分けています。
    まず、優良産地名を保護したスーペリアー・クォリティ・ワイン(superior quality wine)と、国名だけ、あるいは大凡の地域名が表示された、規制の緩いテーブルワイン(table wine)です。

     

    欧州連合の各加盟国のテーブルワインについては、それぞれの名称があります。
    フランスでは地域名のついたヴァン・ド・ペイ(Vin de Pays)とヴァン・ド・ターブル(Vin de Table)、イタリアではインディカツィオーネ・ジェオグラフィカ・ティピカ(Indicazione Geografica Tipica)ワインとヴィーノ・ダ・ターヴォラ(Vino da Tavola)、ドイツではラントヴァイン(Landwein)とターフェルヴァイン(Tafelwein)になります。
    日本ではデイリーワインとも呼ばれ、価格が数百円から購入することも可能だったりします。

     

    また、テーブルワインといえば、食前酒に対する食中酒としての役割もあり、それからいうと、対局に位置するワインとしては、酒精強化ワインやアロマタイズドワイン、デザートワインなどになるでしょう。

  • シヨン城(Château de Chillon)

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はシヨン城について勝手に語ります。

     

     

    前回のダルダニー(Dardagny)に続いて、スイスのシヨン城(Château de Chillon)についてです。
    ワインについては、シヨン城からローザンヌ、モントルー郊外にまたがるレマン湖北岸の丘陵地帯がブドウの産地で、スイスでも有数の産地です。
    ここはラヴォー地区とよばれ、ローザンヌとシヨン城のあるレマン湖北岸の地域となります。
    シヨン城のあるレマン湖北岸は、太陽だけでなく、レマン湖の反射光により、ブドウに大量の光を浴びせることができます。さらにブドウ畑は急斜面にあるため、石垣が使われ、そこに輻射熱が蓄えらることから、温暖な生育環境に恵まれているといわれます。
    ブドウ品種はシャスラ種が中心で、白ワインを生産しています。

     

    ここには「ワイン街道」として整備された道があります。
    ローザンヌのウーシー地区からラヴォー地区を経由して、シヨン城に至る道です。全長は33kmで、ワインを生産する村々を結ぶ散策コースになっています。
    そして何より、2007年には「ラヴォー地区の葡萄畑」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。

     

    では、シヨン城は、というと、ここは英国の詩人・バイロンの「シヨンの囚人」、「シヨン城詩」の舞台として知られています。
    この詩は、16世紀にシヨン城に幽閉された宗教改革者フランソワーズ・ボニヴァルを詩にしたものです。
    また、シヨン城は原始時代から人が居住していた場所に建てたようで、12世から徐々に拡張されていきました。城を領有していたのはサヴォワ伯で、最盛期は13世紀から14世紀でした。

     

    レマン湖とシヨン城は、見事な景観を形成し、ヨーロッパの古城の中でも、極めて優雅な姿を維持している数少ない城かもしれません。
    世界遺産、ワイン街道、そしてこのシヨン城をセットにして、ぜひ訪れていただきたい場所です。

  • ダルダニー(Dardagny)

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はダルダニー(Dardagny)について勝手に語ります。

     

     

    スイスのジュネーヴ州(République et Canton de Genève)は、スイスにある26州の中で、最も強い自治権を持つ州の一つです。
    そのため、州の政府・州議会などの権限が大きいのが特徴で、州都はジュネーヴです。 フランス語圏です。
    ジュネーヴはスイスを代表する都市で、チューリッヒに次ぐ第2の都市ですが、人口は20万人にみたない規模です。

     

    この地域がフランスではなく、スイスになっているのは、歴史的な経緯があります。
    1798年にはフランスに併合されましたが、ナポレオン・ボナパルトの失脚により、1813年に独立しました。
    この独立の際に、スイス連邦への加入交渉が始まったのです。
    正式に加入したのはその2年後で、カルージュなどの近郊都市などとともにジュネーヴはスイスの一員となったのです。

     

    そのジュネーヴ州の西部で、ローヌ川右岸にダルダニー(Dardagny)があります。
    フランスのアン県と国境を接しています。
    この地域は先史時代より人の居住があったようで、その時代の古い遺物が発掘されたりしています。
    その背景には、ローヌ川という水源に恵まれ、肥沃な土地であることも関係しているのかもしれません。

     

    ワイン産地として知られるようになったのは、やはり教会との関係でした。
    中世にはサン=ピエール教会を中心とした村があり、良質なワインを生み出していたといわれます。
    日本人には馴染みのないスイスのワインですが、このダルダニーのワインは、現在、赤ワインはピノ・ノワール、白ワインはソーヴィニョンで生産されています。

     

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