今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

  • 中東のワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回は中東のワインについて勝手に語ります。

     

     

    中東はワインの歴史が古い地域です。ジョージアと並んでワイン発祥の地ともいわれています。その発祥地としては現在のトルコやアッシリアが候補地になっています。しかし、アラビア半島はブドウ栽培に適した地域とはいえず、砂漠と気温の高さで不向きともいえます。そこでワインはアラム商人によって取引されていました。ただ栽培地として例外なところもあります。レバノンからゴラン高原、イスラエル北部にかけての地域です。ここは山岳地帯で標高も高く、雪の降るヘルモン山などは標高2224mです。ワインの生産地は、これらの山岳地帯に沿って点在しています。

     

    北イスラエル王国出身の預言者ホセア (紀元前780年~725年) は、『ホセア書』を著したとされますが、その中で「彼らはぶどうの木のように咲き、その香りはレバノンのワインのようになるように」と言っています。『ホセア書』は旧約聖書の中にあり、ユダヤ教では後の預言書、キリスト教では預言書(十二小預言書)に分類されています。内容はというと、神に対して度々反抗していたイスラエルに対し、裁きの音信として、神はイスラエルを見放す事にされたというものです。

     

    そして古代の中東で忘れてならないのはフェニキア人です。古代地中海世界にワインとブドウ栽培を広めたのでした。
    地域としてのフェニキアは、シリアの一角に相当します。北はシリアのタルトゥースから、南はパレスチナのカルメル山に至る海岸沿いです。そのため南北に細長い地域になります。現在のレバノンの領域です。
    このフェニキア人ですが、単一の民族ではなかったようです。セム語系という点では共通するものの、現在のレバノン領域を拠点にして、地中海の貿易で栄えた集団を指すものでした。そもそもフェニキア人という名称ですら、ギリシア人の呼称であって、彼らが自らをそのように自称したことはありませんでした。ギリシア語でフェニキア人としたのは、彼らの特産品だった赤紫の染料に由来すると言われています。
    フェニキア人は、紀元前15世紀頃から都市国家を形成していきました。さらに紀元前12世紀頃からは、地中海を舞台として海上交易が盛んになり、北アフリカからイベリア半島まで進出し、結果的に地中海全域にその影響力は及びました。ワインも、その交易活動の中に含まれていましが、文化的にはアルファベットも地中海世界へと伝えたといわれています。フェニキア人建設の植民市としては、カルタゴなどが有名です。

     

    このフェニキア人の繁栄には、小アジアのヒッタイト帝国やエジプトの新王国という当時の古代世界において、覇権国の役割を担う国が滅亡したことも関係しているといえます。もともと東地中海沿岸部では、その両国がフェニキア人を支配していたからです。また、これは同時にイスラエル人にも影響を与えました。これがユダヤ教の創始へと繋がったともいえます。

     

    では、現代の中東のワインですが、イスラエルを除いてイスラム教の影響下にあり、伝統的なワイン生産はストップしていました。それが、アメリカ新世界ワインの技術、具体的にはカリフォルニアワインなどで使われている先進技術を導入するようになりました。近代栽培法、近代醸造技術により、再び高品質のワインが生産されるようになりました。そのため、新旧世界の中間という位置づけともいえます。伝統的な豊かな果実味に、先進技術による繊細な味が兼ね備わったワインが多く見られます。

     

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