今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

  • 世界で最も偉大な赤ワイン産地

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はコート・ド・ニュイ(Côtes de Nuits)について勝手に語ります。

     

     

    コート・ド・ニュイは、別名「世界で最も偉大な赤ワイン産地」とも呼ばれる地域です。
    具体的には、マルサネ・ラ・コートからニュイ・サン・ジョルジュまでの約20キロに及ぶ地域です。
    ブドウ畑は横に伸びているわけではなく、幅はわずかに数100メートルから長くても1キロ程度の範囲で、細長く広がっています。
    「世界で最も偉大な赤ワイン産地」と呼ばれるのは、ロマネ・コンティやシャンベルタンなどのブドウが栽培されているからです。

     

    マルサネ・ラ・コートは、人口わずかに5千人ほどしかいません。
    コート・ドール県の県庁所在地がディジョンですが、実はディジョンの中心街から6km程度しか離れていません。
    ブドウの産地という側面とは別に、1960年代にはディジョンのベッドタウンにもなり、人口が急増してきました。
    AOCではマルサネのワイン生産地区になっています。
    ブルゴーニュワインでは唯一の村名AOCとして認証されているロゼがあります。AOCマルサネ・ロゼです。
    また、コート・ドール県内のワイン産地では最北端になっています。
    赤ワインはミディアムボディーです。

     

    ブルゴーニュワインを探す

     

    ニュイ・サン・ジョルジュ(Nuits-Saint-Georges)も、人口は5,600人程度なので、規模は同じようなものですが、ベットタウン化はしていません。

  • シェンゲン協定

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はシェンゲン協定について勝手に語ります。ワイン片手にお読みいただければありがたく思います。

     

     

    シェンゲン協定とは、ヨーロッパの国家間で国境を越える際して、国境検査なしで自由に往来することを許可する協定のことです。
    ヨーロッパ内で出入国検査がないことから、人だけでなくモノの移動も自由になります。モノにはタバコやワインなどの酒類も含まれます。
    2019年現在では、26ヶ国が加盟しています。
    具体的な国の名称を挙げておきましょう。

     

    Austria (オーストリア)
    Belgium (ベルギー)
    Czech republic (チェコ)
    Denmark (デンマーク)
    Estonia (エストニア)
    Finland (フィンランド)
    France (フランス)
    Germany (ドイツ)
    Greece (ギリシャ)
    Hungary (ハンガリー)
    Iceland (アイスランド)
    Italy (イタリア)
    Latvia (ラトビア)
    Liechtenstein (リヒテンシュタイン)
    Lithuania (リトアニア)
    Luxembourg (ルクセンブルグ)
    Malta (マルタ)
    Netherlands (オランダ)
    Norway (ノルウェー)
    Poland (ポーランド)
    Portugal (ポルトガル)
    Slovakia (スロバキア)
    Slovenia (スロベニア)
    Spain (スペイン)
    Sweden (スウェーデン)
    Switzerland (スイス)

     

    よく見ると、EU(欧州連合)と重なる部分はあるものの、微妙に異なることが分かるかと思います。
    EUからの離脱が決まっているイギリスはシェンゲン協定には加盟していません。スイスやノルウェーはEUに加盟していませんが、シェンゲン協定には加盟しています。
    シェンゲン協定加盟国がこれだけの数ありますから、この中だけでもかなりの面積となります。この加盟国内だけを周遊するのであれば、例え空路でも、もちろん陸路でも、パスポートのチェックは基本的に行われません。
    日本人であれば、最初にイタリアに入国すれば、そのときは入国チェックがありますが、そこからフランスに行こうが、ドイツに行こうが、国境超えは自由です。
    ただし、注意点があります。

     

    日本国籍のパスポートの場合、過去10年以内に発行され、出国予定日から3ヶ月以上の残存有効期間があることが条件で、ビザなしで入国することができます。
    この条件は簡単なのですが、滞在期間が問題です。「あらゆる180日間における最長90日まで」という条件なのです。
    どういう意味かというと、最初のシェンゲン協定加盟国に入国した日が問題になるのです。具体例が分かりやすいので、例えば2019年10月から3ヶ月(90日間)のシェンゲン協定加盟国周遊旅行を計画したとします。このとき、過去180日以内にシェンゲン協定加盟国を訪れたことがなければ、計画通りの3ヶ月(90日間)の周遊旅行をすることができます。
    しかし、2019年7月にシェンゲン協定加盟国に5日間の出張に行っていた場合、その5日間は過去180日間の時期に該当しますので、10月に計画している周瑜旅行では、その5日間を差し引かないとならなくなるのです。もし、これを知らずに10月の旅行で90日間の周遊をした場合、5日間がオーバーステイに相当します。不法滞在には注意が必要です。

  • ゼクト(Sekt)の夜、統一の夜

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はゼクト(Sekt)について勝手に語ります。今年の夏、実に29年ぶりにドイツの片田舎のバーでゼクトを飲みました。感動的でした。

     

     

    発泡ワインといえば、日本人はその代表格をシャンパンだと思う人が多いでしょうし、間違いとはいえません。
    ただシャンパーニュ地方の発泡ワインだけがシャンパンであり、価格も高価なことから、手頃な発泡ワインとして各地のスパークリングワインも人気があったりします。
    その中で、ドイツでは、アルコール度数10%以上、炭酸ガス3.5バール以上のものをゼクト(Sekt)といいます。
    炭酸ガスの気圧によって分類されていて、3.5バール以下だとパールヴァイン(Perlwein、半発泡ワイン)となり、一般のワインに炭酸ガスを加えたものはシャウムヴァイン(Schaumwein)となります。
    全世界で生産されているスパークリングワインは20億本程度といわれますが、その中の4分の1近い消費地がドイツなのです。フランスのシャンパンは確かに代表格かもしれませんが、世界最大のスパークリングワイン市場としてはドイツであり、その中心こそがゼクトなのです。
    ちなみにドイツ人の1人当りの年間消費量は約4リットルだそうですから、まさに世界一です。

     

    この夏、あるドイツの都市で、ゼクトを飲む機会がありました。
    旧東ドイツの地方都市で、日曜日の夜だったこともあり、オープンしている店は少なく、閑散とした田舎町の繁華街で、たまたま開いていたバーに入りました。メニューを見ると、ゼクトが数種類あったので、手頃な価格のものを注文しました。
    薄暗い店内には、地元のおじさんが一人、ビールを飲みながら、ドイツ語に吹き替えられたハリウッド映画の動画を見ていました。
    マスターはカウンターの外にいて、常連客と一緒に談笑していました。
    よくある地方のバーの光景です。

     

    1990年10月3日以来のゼクトでした。
    ドイツ統一の日、その日はネッカー川に近い田舎町で、やはりゼクトで乾杯しました。
    その日以来のゼクトは、いかなるシャンパンより味わい深いものに感じました。
    ゼクトの夜、それは悲願の統一を達成した記念の想い出です。

     

    考えてみると、統一の年以来のドイツ訪問もそうですが、ゼクトに関してはも、日本で飲む機会がなかったことも、この感激に繋がっている気がします。
    もしかして空白の29年間だった気もします。一体、この期間、自分は何をしていたのか?
    自問自答のゼクトでもありました。
    ゼクトの夜は更け、翌日はベルリンへと向かいました。壁のなくなったベルリンへ。

  • モスクワ(Москва́)の鉄道

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はモスクワの鉄道について勝手に語ります。ハンブルク同様、ワイン片手にお読みいただければありがたく思います。

     

     

    ヨーロッパ最大の都市といえばモスクワです。
    漢字では「莫斯科」となります。
    人口は約1,250万人で、世界有数の規模を誇ります。
    市の中心部分はクレムリンで、ここから同心円状に都市が広がっています。そのため、クレムリンを中心にして、あらゆる方向へと、放射状に幹線道路が延びています。
    さらにその幹線道路は環状道路と交差し、その中でサドーヴォエ環状道路はモスクワ地下鉄環状線とほぼ同じ場所を走っています。

     

    クレムリンというと、ソ連時代の政治の中心地で、クレムリンの正面にある赤の広場はソ連の共産党のシンボルでもありました。
    しかし、クレムリンはソ連より以前、1156年にユーリー・ドルゴルーキーが砦を築いて以来、モスクワの中心地であり、ロシア帝国初期にも王宮が置かれていた場所です。現在でもロシア連邦の大統領府があります。
    赤の広場の近くにはグム百貨店があります。この「グム」ですが、これはソ連時代の名称が由来です。国営百貨店という意味の頭文字です。かつては東側世界では最大の百貨店でありながら、品揃えが悪いという時代もありました。
    他にもこのエリアには聖ワシリイ大聖堂、レーニン廟が近くにあります。
    クレムリンから北西方面に向かう通りがトヴェルスカヤ通りで、ここは歴史ある繁華街です。この通りはレニングラード街道となり、サンクトペテルブルクまで続いています。
    観光客が多く集まるのはアルバート通りで、ここはクレムリンから西へ向かう通りです。

     

    モスクワの鉄道は巨大な都市らしく、ターミナルも9つあります。
    すべて方面別のターミナルで、ドイツ語圏の中央駅のように集約された利便性はありません。
    9つあるターミナル駅は、終着場所が駅名になっている関係で、レニングラーツキー駅は、レニングラードがサンクトペテルブルクになっても旧称のレニングラードの名になっています。
    ヤロスラフスキー駅は、コムソモーリスカヤ広場にあり、モスクワの全ターミナル駅の中で最も多い乗降客数を誇っています。特にシベリア鉄道の起点であることから、日本に近いウラジオストクまで走る列車や、ウランバートル、北京、平壌などの国際列車なども発着します。

     

    駅名の由来はヤロスラヴリ(Ярославль)で、この都市は、人口が約61万人の都市です。ヴォルガ川沿いに位置する河港都市です。
    シベリアに比べれば遥かにモスクワ寄りですが、ヤロスラヴリ近郊鉄道の発着する駅でもあります。

     

    モスクワの鉄道としては、地下鉄を忘れてはいけません。
    地下鉄の路線網としては11路線あり、実は地下鉄に乗るだけで楽しいのが特徴です。
    スターリン時代に多くの路線が建設されましたが、地下鉄の駅は豪華絢爛な装飾が施されている場所があり、まるで美術館のような雰囲気すらあります。
    ソ連時代は写真撮影禁止を厳しく言われたりしていました。
    また、モスクワの地下鉄はかなり深い位置にあり、地上には日本ではありえないほどの超高速で、長いエスカレーターが行き来できます。

     

    モスクワの地下鉄

     

    モスクワ市電(Московский трамвай)は、地下鉄の路線拡充の影響からか、以前より縮小しています。
    市の中心部より、郊外の路線が残っていて、東西へと別れています。
    運営は国有企業のモスゴルトランス(Mosgortrans)によります。

     

    限られた期間に欧州旅行に行くとなると、モスクワという選択肢はほとんどの人でないのかもしれません。
    しかし、世界有数の大都市であるモスクワは、ニューヨーク以上に刺激を受ける街かもしれません。実はおすすめの都市なのです。

  • エリエル・サーリネンの駅

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はヘルシンキについて勝手に語ります。ゴットリーブ・エリエル・サーリネン (Gottlieb Eliel Saarinen)の代表作であるヘルシンキ中央駅から、旅情あふれる雰囲気が届けられたらと思っています。

     

     

    ゴットリーブ・エリエル・サーリネンは建築家・都市計画家で、生まれ育ったフィンランドにアール・ヌーヴォー様式の建築を多く建てた人物です。
    彼はフィンランドのヘルシンキがロシア帝国領だった時代に美術を学び、その後、ヘルシンキ工科大学で建築を学びました。
    都市計画としては、1910年からヘルシンキ中央駅周辺整備計画、翌年にはハンガリーのブダペストの都市計画の顧問をつとめました。

     

    フィンランドの新古典主義建築の巨匠としての代表作にはヘルシンキ中央駅があります。
    フィンランド産の花崗岩で造られた駅舎で、時計塔は48.5mの高さがあります。正面出入り口には、両脇にランプを持った像があり、この駅のシンボルにもなっています。
    一日の利用客数は約20万人で、フィンランド最大の駅です。

     

    エリエル・サーリネンの駅舎案は、1904年に新駅舎のデザイン・コンペによって採用されました。
    このデザイン案では、フィンランドの民族主義を誇張したもので、若い建築家達からは批判が殺到しました。特に中世的な外観部分に批判的で、結局、サーリネンはそれを無視できず、大幅な計画変更を行いました。
    この計画変更によって現在の鉄筋コンクリートの駅舎案になり、完成したのは1919年でした。

     

    現在、ヘルシンキはフィンランドでは唯一、トラムと地下鉄が利用出来る都市で、その中心に位置するのがヘルシンキ中央駅です。
    この駅には19ものプラットフォームがあり、ヨーロッパらしい頭端式の構造になっています。1番線から4番線は近郊電車、5番線から12番線は長距離列車の発着となっていて、国際列車も発着します。13番線から19番線は西行きのローカル線となっています。
    これだけの規模に対して、ヘルシンキ地下鉄はそれほどの歴史があるわけではなく、開業も1982年と新しいです。フィンランド唯一の地下鉄で、開業後16年間は1路線だけでした。
    ようやく1998年に分岐線が開業し、駅も3つ追加されました。
    都市としての人口が61万人程度なので、地下鉄網よりトラムやバスのほうが使いやすいともいえます。

     

    フィンランドはワインベルトの北限をはるかに超えた場所にありますから、ワインについては輸入が中心です。
    ヨーロッパ各国からワインを輸入し、市内にはワインバーも多くあります。
    例えば、Fleminginkatu 11にある「Wino」などは、カッリオ地区のおしゃれなワインバーです。
    このFleminginkatuでは、隠れたワインバーともいえ、フィンランドにいながらフランスのワインバーのような気分になれると評判です。

     

    エリエル・サーリネンによるフィンランドの表玄関は、現在の目で見れが地味な感じがするかもしれません。
    それでも、北欧の静かな雰囲気と首都としての誇りを両立させているようです。
    個人的には、この駅にはかなりの想い出があり、秋の風が吹き始めるとなぜか脳裏に浮かぶことがあります。

     

  • ポーランドがワイン大国に!

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はポーランドがワイン大国になるかもしれないことにについて勝手に語ります。たまたま見つけた記事が実に興味深い内容でしたので、取り上げることにしました。

     

     

    ドイツのオスナブリュック(Osnabrück)新聞の電子版に、実に興味深い記事がありました。かなり前の記事でしたが、たまたま見つけたことで、思わず引き込まれました。
    その記事は「Polen könnte der größte Weinproduzent in Europa werden(記事ページ)」で、日本語にすれば「ポーランドはヨーロッパ最大のワイン生産国になることができる」というものです。

     

    ご存知のようにポーランドはワインベルトの北限よりさらに北側に位置し、ブドウ栽培には寒すぎて向かない国です。
    実際、現在のポーランドでのブドウ栽培面積はごくごくわずかしかありません。それも、ドイツ軍の新興により、ドイツからの入植者がワイン文化を持ち込んだ程度だともいわれているほどです。

     

    ところが、この記事ではアメリカの「National Academy of Sciences」という研究機関が予想したこととして、ポーランドが2050年までにヨーロッパで最大のワイン生産国になる可能性があるというのです。
    この原因こそが気象変動、つまり温暖化の影響です。
    この予想からすると、ワインベルトの北限が北に伸び、ポーランドは最適なブドウ栽培環境になっていくことになります。

     

    また、ドイツとの関係でいえば、ドイツのワイナリーにはポーランド人が多く出稼ぎにきています。ドイツとポーランドの賃金格差は相当なもので、慣れ親しんだ農作業の延長として、ドイツのブドウ畑で働くことは、極めて垣根の低いものといえるかもしれません。
    ドイツ側でも東西統一以降、安い労働力の確保については様々な問題があり、隣国のポーランド人が働いてくれるのはありがたいことだといえます。
    両者の思惑が一致し、ポーランド人はワイナリーでの運営ノウハウを手に入れる人も増えている可能性があります。
    もちろん、それがポーランドに戻って、すぐさまポーランドワインの生産に繋がっていくとは限りません。
    それでも気候変動でワインベルトが変化し、ポーランドがワインの分野で台頭するならば、それはそれで歴史の転換期になることは間違いありません。

     

    また、この記事によると、1945年からドイツ人を追放したことにより、ワイン文化は行き詰まり、社会主義体制からすると、ワイン文化はブルジョアと見られていた事実があったとも。
    それでも、第二次大戦後、ポーランドの2万ヘクタールがブドウ栽培に適しているという調査が行われたようです。

     

    そんなポーランドのワインは今後、どうなるか、目が離せません。

  • マーストリヒト(Maastricht)

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はマーストリヒト(Maastricht)について勝手に語ります。オランダの「グルメの町」ですから、ワイン片手にお読みいただければありがたく思います。

     

     

    マーストリヒトは「グルメの町」として知られてるだけあって、美食の文化が根付いています。
    当然ながら古い街なので、ローマ時代から続くワイン文化も美食に彩りを与えています。

     

    マーストリヒトはオランダで最も古い町であり、古代ローマの時代より前、8000年から25000年前の旧石器時代にまで遡ることができるともいわれえます。その時代の遺構が市内で発見されているからです。
    考古学ではなく歴史学の分野でいえば、最初の居住者はケルト人で、ローマ帝国の移住者より少なくとも500年以上前から居住していたともいわれます。
    ローマ帝国は、現在のシント・セルファース橋の上流側に橋を架けて道をつくり、ローマ帝国からケルンへ至る道の整備を行いました。そのため、ローマ帝国との関係が深い地域となりました。しかし、最後までマーストリヒトはローマ帝国から都市権を得ることはできませんでした。
    都市権が与えられるようになったのは、1204年以降のことで、それまでの期間、ノルマン人に占領されたりしましたが、ブラバント公国が領有権を奪還したことから、都市権が与えられたのでした。

     

    都市権を得てからは城壁がつくられ、次第に要塞都市へと変貌していきました。
    バタヴィア革命以降、マーストリヒトはネーデルマース州の州都となり、1815年にネーデルラント連合王国のリンブルフ州の州都となりました。
    1830年のベルギー独立革命の際には、マーストリヒトはオランダ側に残ることにし、リンブルフ州の東部はそのままオランダに、残りは全てがベルギーになりました。

     

    マーストリヒト周辺にはいくつかのワイナリーがあります。
    しかし、ヨーロッパはおろかオランダの他の地域にもほとんど流通していません。ワイナリーはどれも小規模でワインの生産本数が限られているため、ほぼ現地消費されているからです。珍しいオランダワインを飲みたかったら、現地へ行くしかないといえます。
    ワイナリーはマーストリヒトからベルギー国境まで連なる丘陵地帯にあります。
    イェーケル(Jeker)という谷にワイナリーが点在し、マーストリヒト市街地中心部からでもクルマで15分程度で行くことができるワイナリーもあります。

     

    市街地中心部はマース川西岸の旧市街にあります。
    マーストリヒトの駅はウィック地区東端に位置し、中心部のフライトホフ広場(Vrijthof)へは聖セルファース橋でマース川を渡って行くことになります。
    要塞都市だった名残のある都市のため、いかにもヨーロッパという雰囲気があり、おすすめな都市です。機会があればぜひ訪れてみて、ここでしか飲めないワインを堪能してください。

  • ハンブルク近郊のアウトバーン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    ハンブルクの鉄道に続いて、近郊のアウトバーンについて勝手に語ります。今回もワイン片手にお読みいただければありがたく思います。

     

     

    ハンブルクは鉄道だけでなく、アウトバーンも使い勝手が良い都市です。
    街の中心を囲む位置に、主要なアウトバーンが各方面に伸びています。
    アウトバーン(Autobahn)といえば、ドイツだけでなく、オーストリアやスイスでも高速道路のことで、速度無制限の高速道路として知られています。しかし、速度無制限の区域は全区域というわけではなく、速度制限のある区域も多くあります。
    速度無制限の区域でも、推奨速度があり、それは時速130 km/hです。日本と同じように混雑する区間もあり、また日本で言うジャンクションなどの合流分岐の付近、または山間部などの急坂区間などでは制限速度が設定されているケースが多くあります。その場合は、100 km/hから130 km/hなので、これだけでも日本とは異なることがよく分かります。

     

    さて、ハンブルクのアウトバーンですが、東側に1号線が走っています。
    オルデンブルク・イン・ホルシュタインからザールブリュッケンまで続く、総距離730 kmの路線です。しかし、実際にはケルンからトリーアの間が未完成ではあります。
    ハンブルクから北西に伸びた部分はリューベックを経由してデンマーク方面に向かいますが、最終的に、フェールマン島、ロラン島、フォルスター島などを経由して、橋を新たに作って、デンマークのコペンハーゲンまで接続する計画があるといわれますが、詳細は知りません。
    反対方向ですと、南西に向かっていて、ブレーメンに至ります。

     

    1号線とは都市の中心部を挟んで反対側の西側に7号線が南北に貫いています。
    この7号線はドイツ最長の路線で、距離は962 kmに及びます。
    ドイツ国内を最北端付近から最南端付近まで縦断しています。北はデンマーク国境で、南はオーストリア国境のフュッセン付近にまで続いています。そのため、この路線はシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州、ハンブルク州、ニーダーザクセン州、ヘッセン州、バイエルン州、バーデン=ヴュルテンベルク州、バイエルン州を通っています。
    ハンブルク南側のぜーフェタールで1号線と交差し、このジャンクションの近くで39号線とも交差します。7号線は南下するとハノーファーに至ります。

     

    39号線は2つの分断された区間からなる路線で、ハンブルク近郊では北の区間に相当します。リューネブルクまでの区間だけがつながっていて、ヴォルフスブルクからヒルデスハイム付近が南側の区間になります。もし全線開通すれば距離は204 kmになる予定だそうです。

     

    23号線はハイデ付近からハンブルクまでの路線で、距離は96 kmです。
    ハンブルクは終点になり、この路線の沿線は自分にとっては未知の場所で、したがってこの路線は使ったことがありません。

     

    24号線はベルリン付近まで続く237 kmの路線です。
    1889年にベルリンの壁が崩壊してから、翌年の10月3日の統一の日を迎えた時期、この路線はかなり渋滞していました。
    ハンブルクのホルンからそのまま24号線を進むと、1号線とのジャンクションで必ず渋滞に直面した想い出があります。しかも、その渋滞を抜けた先でも断続渋滞によくあい、いつしか使わない路線になった想い出があります。

     

    25号線は東京の第三京浜のようなもので、アウトバーンというよりバイバスのようなものです。
    1号線のモールフレーからジャクソンで別れ、東のエシェブルクまでのわずか18 kmの路線です。これだけの距離しかなく、エシェブルクには特に用事もなかったので、この路線は使ったことがありません。

     

    252号線や255号線は1号線を補助して市街地へのアプローチの役目を持つような路線です。

     

    ドイツ第二の都市だけあって、周辺道路もよく整備され、鉄道だけでなく、クルマでの移動もかなり快適です。
    ただエルベ川が巨大な港になっていることから、大きく迂回しないと目的地につけない場所もあります。でも、そこはむしろ魅力といえるかもしれません。

  • ハンブルクの主要駅

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はハンブルクの鉄道について勝手に語ります。ワイン片手にお読みいただければありがたく思います。

     

     

    パリやモスクワなどは方面別の鉄道ターミナル駅が、市内に点在していて、各方面のターミナルとなる中央駅がありません。
    かつてはドイツのベルリンもそうでしたが、第二次大戦後の東西分裂から、統一を経て、現在ではターミナル機能を整理し、市内に新たにつくった中央駅に集約しました。その結果、劇的に使いやすく、しかもわかりやすくなりました。
    東京でも北の玄関口だった上野駅と、東海道方面の東京駅が別れていましたが、直通で繋がり、事実上の中央駅機能を東京駅が担うことになりました。逆にリニアのターミナルを新たに品川駅にしたり、新宿駅や池袋駅もターミナル機能は薄れていません。

     

    それぞれの都市には、それぞれの事情によってターミナルの変遷があり、その変化が都市の進む方向を決めているのかもしれません。そう考えれば、鉄道マニアでなくとも、都市の主要駅に注目していくことで、その都市の本当の顔を垣間見ることができるかもしれません。
    そこで今回はドイツ第二の大都市を取り上げようと思います。ハンブルクです。

     

    ハンブルクは市内の主要鉄道駅は4つあります。
    中央駅(Hauptbahnhof)、アルトナ駅 (Bahnhof Hamburg-Altona) 、ダムトーア駅(Bahnhof Hamburg Dammtor)、ハールブルク駅(Bahnhof Hamburg-Harburg)です。これらは長距離列車が連続して停車する駅でもあり、ベルリンではツォー駅(Zoologischer Garten)、中央駅(Hauptbahnhof)、フリードリヒシュトラーセ駅(Friedrichstraße)、アレクサンダープラッツ駅(Alexanderplatz)の関係に似ていますが、ベルリンと異なり、ハンブルクのそれぞれの駅は、明確に地域性が異なります。

     

    まずハールブルク駅ですが、この駅だけエルベ川の反対側にあります。
    中心街から距離があり、独立した街のような雰囲気です。
    路線は、エルベ川の本流や支流、中洲などを越え、アルスター湖の畔にある中央駅に着きます。ここがハンブルクの表玄関です。
    中央駅は巨大で、1日の平均利用者数は約45万人という規模を誇ります。ここからベルリンには最速で1時間42分で行くことが可能です。
    次のダムトーア駅はハンブルクの中心地域に位置し、住所としてはアイムスビュッテル区(Eimsbüttel)ローゼルバウム地区(Rotherbaum)になり、ハンブルク大学の最寄り駅となります。
    最後のアルトナ駅はヨーロッパらしい行き止まり式の頭端駅で、終着駅らしい雰囲気と規模があります。車両基地や貨物ヤードなどもあります。
    もともとはデンマーク領の地域にある駅でしたが、ハンブルクの一部となり、長距離列車の始発・終着駅として発展しました。

     

    ハンブルク中央駅

     

    これらの主要駅はドイツ国鉄(DB)の駅ですが、近郊電車のSバーン、地下鉄のUバーンなどがそれぞれに結ばれ、都市の交通機能を維持しています。またバスだけでなくトラム(Strassenbahn)もあります。
    東京在住者であれば、ハンブルクの交通網は比較的分かりやすいかもしれません。ベルリンほどの規模があるわけではないのと、都市のそれぞれの街に特徴があることで、目的地に向かう際もあまり迷いません。
    また、フランクフルト(マイン)やミュンヘンのような、いかにもヨーロッパという中央駅が中心にあるわけではないので、かなり馴染みやすい雰囲気があります。
    個人的には世界で一番好きな都市であり、好きな中央駅です。
    もっとも、ベルリン中央駅も捨てがたくなりましたが。

     

    ワイン片手に語るには、中途半端な内容でしたが、鉄道だけでなくアウトバーンなどの道路の側面や、他の都市についても勝手に語るのも良い気がしてきました。

  • バート・ノイェンアール=アールヴァイラー (Bad Neuenahr-Ahrweiler)

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はバート・ノイェンアール=アールヴァイラー(Bad Neuenahr-Ahrweiler)について勝手に語ります。

     

    温泉とカジノの街であり、アール・ワインの産地として知られるバート・ノイェンアール=アールヴァイラー(Bad Neuenahr-Ahrweiler)は、ドイツ南西部のラインラント=プファルツ州アールヴァイラー郡の郡庁所在地です。
    ケルンやボンの南側で、コブレンツの北側に位置しています。
    長い町の名は、2つが合併したからで、東のバート・ノイェンアールと西のアールヴァイラーが1969年に統合されたことで、この名になりました。
    2つの町の中心地は2kmくらい離れていて、バート・ノイエンアールがいわば新市街、アールヴァイラーが旧市街といった感じになっています。

     

    ドイツの地名で「バート(Bad)」という名がついているのは、温泉保養地だったことを意味します。現在では温泉だけでなく、高級ホテルやカジノなどもあり、ドイツの代表格はバーデン・バーデンですが、ここも規模は異なるものの、同じ雰囲気があるといえます。
    また、ここで有名なのはアポリナリス(Apollinaris)です。
    ミネラルウォーターですが、源泉が1852年に発見され、1892年にはイギリスで行われたトレードショーで最高品質を示すレッド・トライアングル賞を得たものです。
    ドイツだけでなく欧州各国で使われ、さらに北米でも人気だといいます。
    成分は、マグネシウム、ナトリウム、重炭酸塩で、この三重奏が醸す重厚感が特徴のミネラルウォーターです。
    赤い三角マークがトレード・マークで、ドイツのミネラルウォーターの中でも最高級ランクのものです。ただ、硬度が高く、かなりの重量級なので、日本人には合わないかもしれません。

     

    旧市街の雰囲気を残すアールヴァイラーは、典型的なドイツの町の雰囲気を残し、城壁に囲まれています。城壁の中に入ると中世の町並みが残り、古い木組みの家並みが並ぶ光景はなかなかに見応えがあります。
    ここの城壁は第二次大戦の戦火を逃れ、ほぼ完全な姿で残っています。
    しかも、リゾート地のせいか、日曜日でも営業している店が他の町と比べると多く、観光客には助かります。

     

    ここからほど近い、アール川流域には狭い谷間を利用した急斜面にブドウ畑が点在しています。ブドウ栽培面積は約560ヘクタールで、ドイツでは最も小さい生産地ともいわれ、しかもドイツでは珍しく赤ワイン品種が中心の栽培です。

     

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