今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

  • 誕生以来、酒を飲んでいない人

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回は誕生以来、酒を飲んでいない人について勝手に語ります。

     

     

    プレゼント・贈答用のワイン専門店の店長としては、ワインは酒なので、未成年には販売もしないし、プレゼントすることも禁止としています。
    酒である以上、未成年でなくとも、万人が飲めるとは限りません。体質による個人差もありますが、宗教的理由で飲まない人もいます。
    そこで、誕生以来、酒を飲んでいない人の割合について調べてみました。(参照:2010年 世界保健機関・WHO)

     

    1位:リビア(95.4%)
    2位:モーリタニア(95.0%)
    3位:マリ(93.6%)
    4位:イラン(93.2%)
    5位:ヨルダン(92.8%)
    6位:ソロモン諸島(92.5%)
    6位:アフガニスタン(92.5%)
    8位:ニジェール(92.4%)
    9位:パキスタン(92.1%)
    9位:イエメン(92.1%)
    11位:イラク(90.8%)

     

    やはり、イスラム圏が上位なのは納得です。
    ちなみに日本はアメリカと並んで172位の12.0%、ワインの本場フランスは188位で2.0%でした。

     

    ワイン生産量が世界一を誇るイタリアは126位で25.7%と、意外に高く、スペインの12.6%の2倍以上の割合というのも意外な結果かもしれません。
    アジアでは、韓国が109位で33.5%、中国は99位で38.7%でした。宗教的理由ではない理由が原因といえるでしょう。

     

    このデータはあくまで酒を飲んだことのない人の割合で、酒が嫌いな人のものではありません。
    実際に飲んでみたものの、好きになれない人もいることでしょう。
    それでも日本はまずまずの割合でしたので、ワインをプレゼントする文化は成立しているのがわかります。

     

  • パンノニア(Pannonia)

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はパンノニア(Pannonia)について勝手に語ります。

     

     

    ハンガリーワインを語る上で忘れてならない古代の地域があります。
    パンノニア(Pannonia)です。
    ローマからパンノニアにブドウが持ち込まれ、その後にハンガリーにブドウ園が広がり、ワイン生産が活発化しました。その中のひとつがトカイワインです。

     

    古代パンノニアの領域は広大な地域に渡っていて、現在のオーストリア、クロアチア、ハンガリー、セルビア、スロベニア、スロバキア、ボスニア・ヘルツェゴビナまでまたがる地域でした。
    イリュリア人部族に近い部族のパンノニア族が居住していた地域が原型で、紀元前4世紀からはケルト人部族の侵略を受けていました。ただし、この時代についての史料は少なく、どのような状態だったかは分かっていません。
    パンノニアに大きな変化が起きたのは紀元前35年です。
    初代ローマ皇帝アウグストゥスの侵攻でした。紀元前9年にはローマ帝国の支配下となり、イリュリクム属州に併合されてしいまいました。
    西暦6年にはダルマティア族などと連合して反乱を起こしましたが、3年後に、ローマ帝国のティベリウスとゲルマニクスによって制圧されてしまいます。
    その後、イリュリクム属州は新たに二つに分割され、北側がパンノニア属州、南側がダルマティア属州となりました。

     

    再分割したのはローマ皇帝トラヤヌスで、パンノニア属州は上パンノニア属州と下パンノニア属州とになりました。
    軍人皇帝時代を収拾し、ドミナートゥス(専制君主制)を創始した皇帝ディオクレティアヌスの時代になると、今度はパンノニアは4つに分割されました。

    その際に、現在のスロベニアにあたる地域をパンノニアから除外しました。
    次に大きな変換点が訪れたのは、5世紀の半ばでした。皇帝ウァレンティニアヌス3世の時代でしたが、パンノニア属州はフン族に割譲されてしまったのです。長く続いたローマ帝国の属州ではなくなったのでした。
    しかしフン族支配も短命で、王アッティラの死後は、支配者は次々に変わっていきました。
    西暦896年にはマジャル人が侵入し、大首長アールパードは郎党に対してトカイのワイン農園を与えたという逸話も残っています。

     

    このパンノニアは国というわけではなく、初期のパンノニア族の頃は村々が各地にあり、ある種の州を形成していたようです。
    都市の建設はローマによるもので、最後まで独立国になれませんでした。

     

  • Heiße Tage in Deutschland

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回は地球温暖化とワインについて、ドイツの異常気象の側面から勝手に語ります。

     

     

    令和元年の夏は、梅雨明けが遅かったものの、その後は暑い日々が到来し、各地で猛暑日を記録する地域もありました。
    ただ猛暑については、今年はなんと言ってもヨーロッパです。
    7月には42.5度にまで達する猛暑日があり、ドイツの気象観測史上最高の新記録となりました。日本と違って、真夏でも冷房をほとんど必要としない国の気温とは思えない異常事態でした。
    それほど2019年の7月は異常ではありましたが、昨年の2018年も農作物に被害が出るほどの猛暑でした。そこでドイツ環境省の報告でも「Heiße Tage in Deutschland」があり、地球温暖化の影響と思えることに言及していました。一部、引用してみましょう。

     

    2018年の夏は1881年以来2番目に暑い夏だった。平均気温は19.3°Cだった。[略]7月下旬から8月中旬にかけて、非常に高い温度が記録され、30°Cを超えることが多かった[略]
    記録をするようになって以来、この暑さの傾向は著しく、ドイツでは将来、夏の暑い日がさらに増え、しかも暑い期間が長びくことが予想される。

     

    ドイツでは1961年から1990年の平均気温と比較して、昨年の2018年は2.3度も上昇したといいます。
    この温度上昇によりブドウ栽培に影響したのかもしれないという話があります。実際、昨年はドイツワインの当たり年といわれました。
    気温の上昇により、ブドウは完熟し、品質も向上したことで、ワインの出来栄えがよくなったというのです。しかも、高品質になっただけでなく、生産量も1999年以来の生産量上昇に繋がったのです。
    地球温暖化は上質なワインを大量に生み出す、と、短絡的な結論を導いてしまいそうですが、もともとドイツは寒冷な地で、ワインベルトの北限に位置しているのです。ブドウ栽培にとって、気温が低い傾向があったため、気温の上昇で最適化されたといえます。
    逆に、ワインベルトの南側では暑さで収穫量が減ることもありえます。

     

    ドイツワインにとっては好影響を与えている地球温暖化ですが、世界全体で見た場合には、必ずしも良いとは限りません。
    原因としてよくいわれるのは、各種産業活動に伴って排出された温室効果ガスの影響だという説です。人為的な温室効果ガスによる原因については、様々な報告書でみることが出来ます。
    一方で、地球の歴史上、気候の温暖化や寒冷化は何度となく繰り返されてきた一連の流れであり、今回の温暖化も単にその時期になっている、という考えもあります。
    どちらにしても温暖化によって、ワインにも影響があることは、ワイン好きなら知っておくべきことでしょう。

     

  • ドン・ピエール・ペリニョン(Dom Pierre Pérignon)伝説

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はドン・ペリニヨンについて勝手に語ります。

     

     

    世界で一番有名であり、しかも高級シャンパンの代名詞ともいえるのがドン・ペリニヨンです。
    これはベネディクト会の修道士だったドン・ピエール・ペリニョン(Dom Pierre Pérignon)に由来します。彼が所属していたオーヴィレール修道院は、ドン・ペリニヨンの貯蔵所を兼ねているほどです。
    彼の功績により今日のシャンパーニュが生まれたといわれ、いわば伝説化しています。彼がオーヴィレール修道院に入ったのは1668年、発泡性のシャンパーニュが発明されたのが1680年ごろとされています。
    しかし、実は本当にそうだったのかというと、その確たる証拠は皆無なのです。

     

    ドン・ペリニヨンの果たした実績として、例えば黒ブドウから澄んだ果汁を得る方法、産地の異なるブドウをミックスすることで高品質にする方法などは、たしかに、その発展に貢献した人物であるのは間違いないようです。
    しかし、発泡性ワインについては、証拠がありません。
    伝説だけが独り歩きしてしまった可能性も捨てきれません。

     

    面白いことに、調べてみると、発泡性ワインはフランスではなく、イギリスで飲まれていた記録のほうが古いようです。1663年以前からなのは確かなようです。
    ただし、生産されていたのはフランスのシャンパーニュで、フランスでの流通となると、1728年以降です。
    つまりフランス産シャンパンはイギリスに輸出することが先にあり、その後に国内に知れ渡ったようなのです。
    19世紀には、北欧やロシアにも輸出が拡大され、一方で産地偽装問題も起こり、「シャンパーニュ」と名乗れるのものは、シャンパーニュ地方で収穫、醸造された発泡性ワインのみと決められることになりました。

     

    この「シャンパーニュ」という名称ですが、フランス語の古語でCampagneに由来します。意味としては「田舎」です。
    地名としては1065年からで、ブロワ伯ティボー3世がシャンパーニュ伯となったことによります。
    「シャンパーニュ地方で収穫、醸造された発泡性ワインのみ」という決定も、厳密にどこからどこまでの地域なのか、という問題も起こったりしました。

     

    ドン・ペリニヨン伝説にしても、シャンパーニュ地方の境界問題にしても、それだけブランド価値のあることが原因といえます。
    発泡性ワインをスパークリングワインといいますが、日本人の中でにはどれもシャンパンと言ったりする人もいるほどなので後世への影響力も絶大というのも頷けます。

  • ザーレ=ウンシュトルト(Saale-Unstrut)ワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はザーレ=ウンシュトルトについて勝手に語ります。

     

     

    エルベ川第2の支流であるザーレ川と、ザーレ川の左岸支流であるウンシュトルト川は、ナウムブルク (Naumburg Saale)近郊で合流します。
    この合流地域の手前はそれぞれの川が狭い渓谷になっていて、ブドウ畑がテラス式で分布しています。
    このブドウ生産地こそ、旧東ドイツを代表するワイン産地でした。統一した現在のドイツでは、世界的な認知度はそれほど高くないものの、ドイツ屈指のワイン産地である事実に変化はありません。
    さらに付け加えると、地球温暖化の影響もあります。
    かつては寒冷地でブドウが程よく熟さなかった地域でも、ここ最近ではブドウの熟度が上昇したケースがあります。実はブドウ産地としての歴史のあるザーレ=ウンシュトルトといえども、この影響で重要な産地になったともいえます。

     

    ハルツ山地とチューリンガーヴァルト山地に囲まれた地域で、年間平均降水量が少なく大陸性気候の比較的乾燥した地域といえます。
    緯度が高いことから気温は低めで、冬から春にかけて霜のリスクも高い地域です。
    そのためブドウ栽培は、2つの川の谷間で比較的温暖な局所的スポットを中心とした場所が選ばれています。
    雑色砂岩の土壌が多く、水分の保持には優れています。またムッシェルカルクもあり、こちらは蓄熱に優れています。
    ブドウ品種は約30品種あり、その中でミュラー・トゥルガウは収穫量が少ないため貴重なワインとなっています。驚くほど繊細な味です。
    ドイツと言えば白ワインですが、ここではブドウ畑の4分の1が赤ワイン品種で、その珍しさからか、かなりの人気になっているようです。

     

    ザーレ=ウンシュトルトのワインの知名度が低い理由には、輸出比率が極めて低いことが挙げられるでしょう。
    多くが地元消費で、旧西ドイツ地域にさえ多く流通しているわけではありません。そういう意味で、地酒的な要素があり、この地域の文化と一緒になった味わいが持ち味なのかもしれません。

     

    ちなみに2つの川の合流地点はナウムブルク近郊ですが、ウンシュトルト川にはにフライブルク(Freiburg Unstrut)があります。
    フライブルクというと、日本では「環境首都フライブルク」と紹介されたり、大学都市や、ドイツ語を学ぶ人にはおなじみの教育機関ゲーテ・インスティトゥートがあるので知られますが、全く異なる都市です。
    大学都市のフライブルクはフライブルク・イム・ブライスガウ(Freiburg im Breisgau)が正式名称で、ドイツ南部に位置します。
    実は「フライブルク」という都市名はドイツ語圏では複数あるのです。フランクフルトもドイツ国内に2つあるので、それほど珍しくはありません。
    この点もドイツの面白いところですが、マイナー地域でのワインともあわせて旅するのも良いかもしれません。

  • 北京市房山区のワイナリー

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回は中国の北京市房山区のワイナリーについて勝手に語ります。

     

     

    中国は世界トップクラスのビール生産国になりました。
    もちろん消費国としても世界トップクラスです。
    圧倒的な人口数と経済的な状況により、そこまでの規模になってきたのです。
    実はワインについても生産量も消費量も増加しています。

     

    そんな中で首都である北京の房山区のワイナリーが注目です。
    北京市に位置する市轄区で、房山県と燕山区が統合されたことで誕生したもので、面積1989.5平方キロメートル、人口は104.6万人という規模を誇ります。
    北京の郊外ということで、山岳地域に属し、標高が1,000メートル以上の峰々により山脈を形成されています。実は面積だけでいうと、例えば韓国のソウル市の3倍という規模になります。

     

    房山区のワイン生産は1991年に始まります。
    最初に波竜堡葡萄酒業有限公司がワイン生産を手掛けるようになりました。
    降水量が年間600ミリ程度と少なく、穀物の栽培には向かず、寂寞とした不毛地だった地域に、本格的なブドウ栽培を行い、最新式の発酵装備や熟成施設を設けたワイナリーとしました。
    実はこのワインの品質がとても優れていて、1999年には「シャトーライオン」というワイナリーも設立されました。これは、ヨーロッパの古城をイメージしたもので、中国らしい豪華さを誇りました。
    世界のワイン展示館やレストランも併設し、観光客にも満足できる施設となりました。

     

    ちなみに北京の房山区は、このようなワイン生産に関して「ワインシルクロード」というプロジェクト名を冠し、さらなる発展を目指しているそうです。
    まさに、かつての中国がシルクロードを作ったように、新しい道を開拓する姿があります。

  • ベッカー高原(Bekaa Valley)

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はベッカー高原(Bekaa Valley)について勝手に語ります。

     

     

    レバノンは地中海沿岸の国ということもあり、気候的にブドウ栽培に適した地域があります。
    しかも乾燥した気候ということで、湿気を原因とするブドウの病害がなく、有機ブドウ栽培ができるのも特徴です。
    また、フランス委任統治領時代にフランスのワイン造りやブドウ栽培が発展したことも影響しています。
    そんなレバノンの主要なワイン産地といえば、なんと言ってもはベッカー高原(Bekaa Valley)です。レバノンで最上級のワインを生産すると讃えられています。
    アンチ・レバノン山脈の水係に恵まれていることに加え、シャブリと似た白亜の石灰岩質土壌により、本家のフランスに匹敵するテロワールから良質なワインが生み出されています。

     

    ただベッカー高原には別の側面もあります。
    キリスト教マロン派や正教会の人々により生産されるワインとともに、穀物やフルーツの一大産地でもありますが、軍事面でも重要な地域なのです。
    レバノン内戦時代の1976年から終結後の2005年まで、レバノン駐留シリア軍の主力部隊が進駐していた地域でもあるのです。また、PLOや非PLO系パレスチナ組織もこの地域にキャンプをはっていました。一時的でしたが、日本赤軍も本拠地としていたようです。
    現在でも親シリア系のパレスチナ人組織が軍事拠点としていることから、イスラエル国防軍による空爆があったり、地上戦も度々起きたりしました。

     

    もうひとつ、ベッカー高原にはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている貴重な遺跡もあります。
    バールベックです。
    フェニキアの神ハダドを祀ることから誕生した神殿で、フェニキア系の神々の聖地だったといわれています。
    地中海の覇権を握ったフェニキア人の聖地は、やがて覇権がギリシア、ローマと移ることにより、そのまま神々も、ギリシア・ローマ系の神々と習合していきました。
    その結果、祭神はジュピター・ビーナス・バッカスとなり、この遺跡では、この三神をそれぞれ祀る三つの神殿から構成されています。世界有数のローマ神殿跡となりました。

     

    結局、ローマ神殿として築かれるようになったのは、1世紀頃といわれています。
    その後に、ジュピター神殿、バッカス神殿が建てられ、中庭や柱廊なども造成され、「6本大列柱」などの巨石を使った神殿となりました。
    しかし、ローマ帝国ではキリスト教が国教となり、従来のローマ神殿は破壊へと進みました。バールベック神殿の場合は、破壊よりもキリスト教の教会へと役割が変わり、辛うじて破壊を免れたと考えられています。
    イスラム系のアラブ人が侵入したのは7世紀頃で、それ以降は要塞という役割になっていきました。もはや、ローマ神殿も、フェニキア人の聖地も、全く面影はなくなりました。

     

    ベッカー高原のワインを飲む機会があれば、バールベックも思い出してほしいものです。

  • トリポリ(Tripoli)とサヌーシー教団(Senussi)

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はトリポリ(Tripoli)とサヌーシー教団(Senussi)について勝手に語ります。

     

     

    リビアの首都といえば、トリポリ(Tripoli)ですが、都市はギリシア語の「3つの都市」に由来します。
    紀元前7世紀に建設された3つの植民都市を総称して表現したもので、都市建設はカルタゴのフェニキア人でした。紀元前7世紀ころのことです。
    地中海に面する地域ならではの歴史で、現在のリビアという国とは全く異なる都市の始まりでした。そのため、都市建設当時はワインの交易も多くあっただろうと想像できます。
    645年にイスラム帝国に併合されてからは、イスラム世界となり、ワインなどの流通もなくりました。

     

    そんなリビアで2013年に密造酒を飲酒したことによる死亡事件がおきました。
    死者数は51人、重症者は378人だったといわれます。トリポリの複数の病院に患者が振り分けられ、治療を受けるため隣国チュニジアへと移送された患者は13人が死亡したという大事件でした。
    患者はメタノール中毒の症状だったそうです。メタノールは過剰摂取により、呼吸困難、失明、昏睡、発作などの症状が出ます。最悪は死に至ります。
    患者の年齢には幅があり、16~55歳でした。

     

    リビアはカダフィ大佐の時代から、アルコールの販売と飲酒は禁止されていました。
    しかし、革命後、密輸が増え、一部は黙認されていたともいわれます。その一方で密造酒もそれなりに出回っていたという話も聞きます。

     

    リビアはイスラム教の世界でも、サヌーシー教団(Senussi)の信者が多い国です。
    そのため、アルコールは厳禁であるわけですが、それでもこのような事件がおきたことに、社会の変化が関係しているのかもしれません。
    では、サヌーシー教団とは何でしょうか? おそらく聞いたことがない人が多いことでしょう。

     

    創設者はムハンマド・イブン・アリー・アッ=サヌーシーで、イスラーム神秘主義(スーフィズム・Sufism)の教団です。
    9世紀以降に誕生したイスラム教改革運動の一つで、イスラム教の世俗化・形式化を批判してきました。神秘主義的要素としては、修行による自我の滅却から、忘我の恍惚による、神との神秘的合一を究極的な目標とするものだったからです。形式よりも内面化を重視するものです。
    サヌーシーは現在のアルジェリアで生まれ、イスラム神秘主義者のイブン・イドリースに傾倒してイドリース教団に入門しました。
    その後、1837年にサヌーシー教団をメッカにおいて設立し、、1843年にはキレナイカに移住して、教えを広めていきました。
    サヌーシーは1859年に亡くなりますが、教団はその後も拡大していきました。

     

    イスラム教の中でもキリスト教や仏教のように様々な動きがあり、その流れの一つにリビアがあります。知られざる世界を垣間見るのも良いのではないでしょうか。
    ただし、密造酒は絶対に飲まないようにしましょう。

  • ワロン地方の美しい村

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はトルニー (Torgny)について勝手に語ります。

     

     

    ベルギーというと、ワインというイメージはなく、やはりビールとなるでしょう。
    ベルギービールは日本でも飲むことができるし、世界的に流通している印象もあります。その一方で、ベルギーのワインはというと、まず見かけることはありません。
    しかし、ワインが生産されていないわけではなく、少量ですが、たしかにあります。

     

    とはいえ、ベルギーは小さな国です。
    面積は四国の1.5倍程度しかありません。
    そのため広大なブドウ農園はなく、生産地も限られた地域になっています。
    そんな数少ないブド産地の一つがベルギーの最南端の村「トル二―」です。ここには3つのワイナリーがあります。

     

    フランスとの国境沿いにある村で、なだらかな丘陵が連なる中腹に佇んでいます。
    人口はわずかに220人程度しかいません。
    そしてこの村はワロン地方で最も美しい村のひとつに登録されています。
    家々には手入れの行き届いた花壇が並び、、美しい小さな街並みとなっています。
    ベルギーの中でも温暖な気候の地域で、花壇だけでなく家の窓辺にも花を飾る家々が多く、村全体が花に包まれた彩りがあります。

     

    国境に近いことから丘の上に上がれば、フランス側の地域を見渡すことができます。美しいパノラマです。
    実際の国境は坂を下った場所を流れるシエール川です。

     

    ワインは白ワインが中心でスパークリングワインも評判です。
    美しい村で爽やかなスパークリングワインを頂くのは、最高な休日になるでしょう。

     

  • フレンチパラドックス(French paradox)

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はフレンチパラドックス(French paradox)について勝手に語ります。

     

     

    フレンチパラドックスは、フランスのボルドー大学の科学者・セルジュ・ルノーの造語です。
    どのようなパラドックスかというと、フランス人は他の国の人たちと比較して、喫煙率が高く、飽和脂肪酸の多い食事を摂取する傾向が強いにもかかわらず、冠状動脈性心臓病に罹患することが少ない、という逆説的なことをいいます。
    Wikipediaで調べてみると、以下のような「状況説明」が掲載されていました。

     

    フランス人は、アメリカ人に比較して4倍量のバター、60%増しのチーズ、3倍近い量の豚肉を多く食べている。フランス人は、総脂肪摂取171g/日でアメリカ人の157g/日をわずかに上回っている程度であるが、フランス人ははるかに多くの飽和脂肪酸を消費している。

     

    それは、アメリカ人が遥かに大きな割合を植物油の形で、脂肪を消費しており、その中ほとんどのは大豆油であるからである。しかし、英国心臓財団の1999年からのデータによると、35-74歳の男性の虚血性心疾患による死亡率は、アメリカ合衆国では10万人あたり115人で、フランスでは10万人あたり83人のみである。

     

    このような疫学的パラドックスは、赤ワインが原因であるとしました。
    フランス人が赤ワイン消費量が多いことで、心臓疾患の発生率が減少していると推定したのです。アメリカのCBS番組でも取り上げられ、大きな反響を呼びました。
    これ以降、赤ワインは健康的な飲料であるイメージが出来上がりました。
    ワインに含まれるポリフェノールの「活性酸素除去作用(抗酸化作用)」により、パラドックスができあがったというのは、あくまで説ではありましたが、かなり説得力があったようです。
    活性酸素は、老化や動脈硬化などの疾患を引き起こす要因になり、これを除去する代表的な物質がポリフェノールであり、これは赤ワインに多く含まれ、それをフランス人は大量に飲む、その結果、心臓病の予防や改善に繋がる、という考え方です。確かに説得力はありそうです。

     

    この説に対して、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学医学部の研究者たちによる「Jama Internal Medicine」で発表された研究結果については、あまり注目されていないようです。
    彼らは、イタリアのキャンティ地方在住の約800人を実験の対象としました。
    この地域はイタリアを代表するワイン産地で、最低でも3世代前まで遡っても赤ワインを飲む習慣がある人たちです。また、実験対象者はサプリメントを摂取しない人に限定しました。
    この研究は1998年から2009年まで継続し、対象地域の60歳以上の人々の尿の中のレスヴェラトロールの量を毎日検査していきました。
    研究観察期間が長いため、実験対象の人たちのなかには亡くなったり、病気になったりした人もいました。
    その死亡や発病の確率は、赤ワインを多く飲む地域の人たちと比較して、何ら特徴的な結果を得ることができませんでした。
    何より、ワインを多く飲む人で、レスヴェラトロールの濃度が高いという人に限っても、発病リスクが変化ありませんでした。つまり赤ワインの摂取との因果関係がなかったのです。
    これにより、赤ワインを飲むことと、炎症マーカー、循環器系の病気、ガン、死亡率一般との間には、いかなる相関関係も存在しないとの結論に至ったのでした。

     

    ということは、フレンチパラドックスの原因とは何でしょうか?

     

    分かりません。
    もしワインとの関係で語るなら、毎日飲むワインの味が、その日のストレスを軽減させ、その幸福感が身体に好影響を与えている? とでもいうしかないかもしれません。
    医学的でありませんが、ワインに医学的効能を求めることにそもそも無理がある気がします。嗜好品で十分ではないでしょうか。
    だからこそ、プレゼントとしても価値があるのだと考えますが、いかがでしょうか?

     

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