今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

  • シガラジャのハッテンワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はハッテンワインについて勝手に語ります。

     

     

    日本でも人気の観光地にインドネシアのバリ島があります。
    しかし、バリ島では他のアジア諸国と比較して酒類の価格が圧倒的に高いといえます。世界的な観光地なので高額ということもあるのでしょうが、インドネシアの国民は80%以上がイスラム教徒ということで、飲酒を禁止したイスラム法に基づいている国ゆえに、酒類の需要が低いという理由もあります。
    それでもわずかな量ではあるものの酒類の国内製造は行われ、実際に流通もしています。ただし、酒税はかなり高いといえます。

     

    そんなバリ島で昔から生産されているワインといえば、ハッテンワインです。
    バリ島北部のシガラジャ(Singaraja)にブドウ畑があり、そこで収穫されたブドウをサヌール(Sanur)で加工しています。まさに純バリ産ワインです。
    特に白ワインは品種がアレキサンドリアで、フルーティな味わいということもあり、東南アジア独特の辛くスパイシーな料理にもあうといわれます。
    ただし、それは最近の話で、昔は日本人にはとても飲めたものではないと酷評もされていました。

     

    ブドウ栽培地のシガラジャは旧称がブレレンで、1849年にオランダの植民地政庁が置かれました。
    そのため、オランダの植民地政策の軌道に乗ってコロニアルな町作りがなされてきました。今ではバリ州ブレレン県の県庁所在地となっています。
    ところが不思議なことに、シガラジャ自体には自治体はありません。ブレレン県ブレレン郡に属する複数の村で構成された県庁所在地の名称なのです。
    一方、ワインを生産しているサヌールは、インドネシアバリ島屈指のビーチリゾートです。
    特に人気なのはサヌール海岸先に位置するヌサペニダ島です。ダイビングの人気スポットであると同時に、海亀の産卵地としても知られています。
    歴史的な側面では、バリ島のカースト制度の時代から最高位のブラフマナ階級の居住が多かったことで、高級リゾート地の礎が築かれていったといえます。
    ただ、太平洋戦争のときには、日本軍の上陸地点でもありました。
    これは、日本軍の南方進出によるジャワ島攻略の一環で、日本軍が進出したことを意味します。これに対してオランダ軍も反攻をしますが、その際もオランダ軍の上陸地点でした。そのため、サヌール海岸付近の海域には海戦が行われ、沈没船もあるといいます。
    今では戦争の傷跡よりもリゾート地としての発展が目覚ましく、その原資となったのは日本の戦争賠償金だったようです。

     

    バリ島に行く機会がない限り、日本でファンでない限り、積極的にハッテンワインを飲もうと思うことはないでしょうが、知識としては知っておいて損はないでしょう。

     

  • 三国国境の清酒とワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はバーゼルについて勝手に語ります。

     

     

    日本は島国なので国境は海になりますが、ヨーロッパでは海だけでなく、川や湖、それに陸上が国境ということも多くあります。
    そのため、3つの国が国境を接しているケースもあります。Wikipediaで調べてみると、「世界には約176の三国国境が存在する」となっていました。
    この「約」というのは、「国境が未確定の箇所があるため」としていました。

     

    そんな三国国境のある都市として、スイスのバーゼル(Basel)があります。
    ドイツとフランスとスイスの3国の国境があり、都市の規模としてはスイスで、チューリッヒ、ジュネーヴに次ぐ第3の都市です。
    と、いっても人口は約17万5千人で、市街地中心部もそれほど賑わっている印象はないかもしれません。
    それでも大型船舶が通航できる港があり、これは海ではなく、ライン川最上流の最終遡行地点になっています。
    言語はドイツ語ですが、三国国境の都市らしく、フランス語を話す人も多くいます。

     

    国境の都市なので、鉄道も国境駅になり、バーゼルSBB駅(Bahnhof Basel SBB)はヨーロッパ最大の国境駅になっています。
    この駅からパリにもドイツの主要都市へ向かう長距離列車も発着しています。

     

    バーゼルSBB駅のすぐ近くには、ヴィニグマというワインセラーがあります。
    ここは日本と大きな関わりがあります。
    岡山県浅口市の清酒「賀茂緑」醸造元・丸本酒造(丸本仁一郎社長)は、このヴィニグマに酒造技術や原料栽培技術を提供し、ヴィニグマがスイスで清酒造りを行うと発表されたのです。スイス初の清酒蔵の開業を目指すことになりました。
    ヴィニグマのオーナーはヴァレンティン・シース氏で、来日し、丸本酒造で酒造りの修行を行うそうです。
    実際にスイスで日本酒を商品とするのに2年のめどだといいます。

     

    ヴィニグマのブドウ栽培地はグラウビュンデンという場所で、バーゼルからは車で2時間ほどかかります。
    ここで栽培されたブドウをバーゼルに運び、ワイン生産しているのです。
    有機栽培ブドウの赤ワインや、銘醸地ヴァレーの伝統品種の白ワインなどが生産され、世界的に評価されています。
    それだけの実績があるワインセラーが、新たに日本酒にチャレンジするというのは興味深いことです。

     

    またバーゼルといえば、スイス最古の大学であるバーゼル大学(Universität Basel)があります。
    有名な卒業生には心理学者のカール・グスタフ・ユングがいます。教鞭を執った人物にはニーチェもいます。

     

    日本でスイス旅行といえば、アルプスが中心で、都市部もチューリッヒ、ジュネーヴくらいしか思い浮かばないでしょうが、実はこのバーゼル、とても魅力的です。
    ただ、ドイツ語はスイスの訛りがあって、標準語しかわからない人は、ちょっとショックを受けるかもしれません。

     

  • イオニアのロボラ

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はイオニア諸島とワインについて勝手に語ります。

     

     

    白ブドウの品種で、イオニア諸島で栽培されているロボラ(Robola)というのがあります。
    辛口ワインが生産されている品種ですが、他の地域では聞かない名称です。おそらくイタリアのリボッラと、同一品種ではないかといわれています。
    では、イオニア諸島とはどこにあるかご存知でしょうか?

     

    現在のイオニア諸島(Ιόνια Νησιά)は、ギリシャに属していますが、歴史的には支配者層が激変することを多く経験している島々です。
    位置的にはギリシャの西部で、イオニア海に点在する諸島です。
    この位置が歴史の波に大きく飲み込まれたことに起因するかもしれません。

     

    古代ギリシャの時代、一説には紀元前1200年ともいわれていますが、少なくとも紀元前9世紀頃にはギリシャ人が定住していたようです。エレトリアやコリントからの植民者によるともいわれています。
    古代ギリシャでは大きな戦争として、ペロポネソス戦争(Πελοποννησιακός Πόλεμος)がありますが、それはアテナイ陣営とスパルタ陣営との戦争ですが、そのきっかけとなったのは、このイオニア諸島です。
    それはイオニア諸島の植民市ケルキュラ(ケルキラ)とその母体となった都市国家のコリントスとの間で紛争が生じ、それにアテナイが介入したことによります。

     

    紀元前4世紀にはマケドニア王国の支配下に入り、紀元前146年にはローマ帝国による占領となりました。
    地理的に、ローマ帝国分裂後は東ローマ帝国の占領地として引き継がれました。
    さらに時代はイスラム帝国の台頭を迎え、攻撃の対象にもされていきます。さらに11世紀末になるとノルマン人やイタリア人にも狙われるようになりました。
    それでも東ローマ帝国領を維持していたものの、1185年にシチリア王国がイオニア諸島の大半を占領することになります。東ローマ帝国領と分断されました。
    その東ローマ帝国も1204年に第四回十字軍によって首都コンスタンティノープルが陥落したことで、ついに帝国が滅亡してしまいます。これによりイオニア諸島の旧ローマ帝国領はヴェネツィア共和国がはいってきました。

     

    イオニア諸島は、ヴェネツィア共和国の支配下にあって、ギリシャ語圏内では唯一、オスマン帝国の支配を免れることにも成功しました。
    次に登場したのはナポレオンです。
    ナポレオンがヴェネツィアを占領したことで、イオニア諸島はフランス領になりました。
    これも長くは続かず、今度はイギリスがフランスに勝利したことで、イギリスの保護国へと変わります。
    これに対し、ギリシャ独立戦争が起こり、ギリシャ王国が建国されます。
    1941年、今度はドイツ軍がギリシャを占領し、イオニア諸島をイタリア領としました。
    ただし、その2年後にはイタリアが連合国に降伏したことで、ドイツ軍が直接、島を占領することになりました。ナチスの時代ですから、島のユダヤ人を強制収容所に送り込んだりもしました。

     

    この支配層の変遷を見ていくだけで、ヨーロッパの歴史の一端が見えてきます。
    位置的にイスラム帝国や、東ローマ帝国との結びつきもある関係で、単純な西洋史より、より幅広く歴史が関係してきます。
    そんな地域の辛口白ワイン、試してみたくないですか?

     

  • リンブルフ発オランダ王室行き

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はオランダについて勝手に語ります。

     

     

    オランダ(Nederland)は、東はドイツ、南はベルギーに挟まれた国で、ライン川下流の低湿地帯に位置しています。ベルギー、ルクセンブルクと合わせてベネルクスと呼ばれ、有名な都市はアムステルダムで、ここは憲法上の首都であって、事実上はデン・バーグです。
    あまりワインの生産というイメージはないでしょうが、968年からワインは生産されています。

     

    その968年から続くワインというのは、オランダ最古のブドウ農園で、現在はフルスト家がイェーカー渓谷でブドウを栽培しています。しかもオランダ王室でも愛飲されているといわれます。
    しかしワイン生産が活発だったのは1500年頃までのようで、気候が寒冷化したことで衰退していきます。
    復活したのはつい最近といってもいい年代で、なんと20世紀末の1986年頃です。
    2009年にはドイツの「ベルリン・ワイン・トロフィー」の賞を獲得し、ワイン生産者も増加しました。

     

    オランダは、原型はネーデルラント連邦共和国(Republiek der Zeven Verenigde Nederlanden)で、1579年のユトレヒト同盟が土台として成立した国です。
    ただ、ネーデルラント連邦共和国の正式成立年は明確ではありません。それほど長く続いたわけではなく、1795年にフランス革命軍の侵攻によって崩壊しました。
    それによって、フランスの傀儡国家としてバタヴィア共和国を宣言することになりました。

     

    さらに遡れば神聖ローマ帝国を語らなければならなくなり、まさに欧州の歴史とリンクしていきます。
    ときにはあまり有名でないワインの生産国も取り上げるのも良いでしょう。

     

  • ヒンドゥー教聖地のワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はヒンドゥー教について勝手に語ります。

     

     

    インドのマハーラーシュトラ州北西部の都市にナーシク(Nashik)があります。
    ここは、ヒンドゥー教の聖地の一つですが、ワインも生産されています。テロワールを表現したシラーズなどがあります。
    ナーシクは人口115万人の巨大な都市で、空港はガンジーナガー・ミリタリー空港があります。

     

    では、ヒンドゥー教とは、どんな宗教かご存知でしょうか?
    実は信者の数でいえば、キリスト教、イスラム教に続く、世界3位の信者数を誇り、その数、実に約9億人以上といわれているのです。
    当然ながら仏教より多いわけですが、民族宗教のため、日本人には馴染みがないのも致し方ないのかもしれません。
    ただ、仏教についてさらに言及すると、インドでは、仏教はヒンドゥー教の一派という扱いになっています。これはインドの憲法にもあって、第25条で、シク教、ジャイナ教、仏教は広義のヒンドゥーとしているのです。意外と知られていない事実です。
    そのため、仏教の開祖・釈迦(釈迦牟尼・シャカ)はヒンドゥー教ではヴィシュヌ神の9番目の化身とされているのです。

     

    しかし、仏教を内包するヒンドゥー教とはいえ、最初からあったわけではなく、バラモン教から聖典やカースト制度を引き継いで成立した宗教です。
    しかも各地の土着の神々を吸収し、それだけでなく崇拝様式さえも取り入れながら、徐々に形成されてきた宗教です。
    もともとバラモン教はアーリア人の宗教で、インドに侵入てきてから、紀元前1500年頃にバラモン教の聖典ヴェーダを成立させました。しかし、その後に仏教の誕生などがあり、バラモン教はそれぞれの土着の民間宗教と同化していくことでヒンドゥー教へと変化して行きました。
    その結果、仏教を凌ぐほどになり、インドの民族宗教として確立したのでした。

     

    さて、ワインの生産があるヒンドゥー教聖地のナーシクですが、この都市のあるマハーラーシュトラ州ですが、州都はムンバイ(Mumbai、ボンベイ)で、政治の中心がデリーなのに対し、ムンバイは経済と芸能の中心です。
    ナーシクはムンバイの北東に位置します。
    公用語はヒンディー語ではなく、マラーティー語です。この言語は、ドイツ語、ロシア語などと同じように中性名詞があります。ちなみにヒンディー語は男性名詞と女性名詞だけです。
    これも日本人は外国語というと英語という先入観があり、しかも英語には名詞に性がないため、あまり馴染まないかもしれませんが、中性名詞があるというだけで親近感を持ってしまいます。

     

    ヒンドゥー教聖地から徒然に語ってしまいました。

     

  • 地球上の現生の極楽

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はアンリ4世について勝手に語ります。

     

     

    良い食事と良いワイン、そこは地球上の現生の極楽

     

    この格言はアンリ4世のものです。
    アンリ4世は、ブルボン朝初代のフランス国王として知られています。在位は1589年8月2日から1610年5月14日までです。
    この格言から優雅な時代を感じさせられるかもしれませんが、実は時代背景としては、ユグノー戦争があり、サン・バルテルミの虐殺にも遭遇した王です。

     

    サン・バルテルミの虐殺(Massacre de la Saint-Barthélemy)は、聖バーソロミューの虐殺(St. Bartholomew’s Day Massacre)とも表記されるもので、1572年8月24日に起きた虐殺事件です。カトリック教徒がプロテスタント教徒を大量虐殺した事件で、これもユグノー戦争の一悲劇ともいえる悲惨なものでした。
    そんな時代の国王が現世の極楽としたのが、「良い食事と良いワイン」で、何とも現実逃避の気がしないでもありません。
    その一方で、ユグノー戦争中でも国王というのも、どれだけ苦労したかも想像できそうです。

     

    このユグノー戦争(Guerres de religion)とは何かといえば、フランスの国内戦争で、カトリックとプロテスタントの戦争です。休戦を挟んでいたとはいえ、8次40年近くも続いたものでした。
    しかも宗教対立という単純な図式だけでなく、フランス貴族間の党派争いもあったのです。具体的にはブルボン家がプロテスタントで、対立するギーズ家がカトリックでした。

     

    ユグノー戦争勃発の発端は宗教改革でした。
    ドイツが先に宗教改革運動が始まり、隣国のフランスにもその影響が及びました。
    フランスの宗教改革はジャン・カルヴァンが影響力を持ち、彼の思想がフランス国内で勢力を持っていきました。
    このプロテスタントに対して、カトリック側はユグノー(huguenot)と呼んだことで、ユグノー戦争となりました。
    激しい内線の幕開けは1562年でした。カトリック側のギーズ公によるユグノー虐殺事件でした。これはヴァシーの虐殺とよばれ、ここから内乱状態へと向かったのです。
    さらにカトリック側は1572年にも冒頭に述べたサン・バルテルミの虐殺に繋がりました。

     

    アンリ4世はそのような背景から、ギーズ公アンリ、次にアンリ3世が暗殺されたことで、ヴァロワ朝が断絶したことにより、即位することになりました。これがブルボン朝です。
    即位に際し、カトリックに改宗しましたが、1598年にナントの勅令を発し、プロテスタント信仰の自由を認めることとしました。もちろんこれは完全に自由というわけにはいかず、一定の制限がつきました。しかし、これによってユグノー戦争は終結したのでした。
    しかし、疲弊した国家の再建に向かいましたが、1610年、狂信的なカトリック信者によって暗殺されてしまいました。

     

    キリスト教と切り離せないワイン、その良質なワインこそが現生の極楽としながら、キリスト教による内戦という悲惨な時代だったアンリ4世。
    フランスでは人気の高い王の一人です。

     

  • ジエチレングリコール事件

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はジエチレングリコール事件について勝手に語ります。

     

     

    1985年オーストリア産ワインジエチレングリコール混入事件をご存知でしょうか?
    事件は1985年7月初め、オーストリアから当時の西ドイツへ輸出したワインにDEGが混入されていることが発覚した事件です。
    このDEGは最小致死量(LDLo)が1000 mg/kgというもので、クルマなどの内燃機関に使用する不当液です。
    なぜ、このような毒性のあるものがワインに添加されていたかというと、ワインに入れることで、甘みやまろやかさが増し、果実の風味も豊かになるからでした。
    そのため、ワインだけでなく果実系のジュースや果実酒の一部にも添加されていました。

     

    その当時、西ドイツでは低価格市場向けで、甘口かやや甘口の白ワインが多くオーストリアから入ってきていました。
    事件が表に出たのは、シュトゥットガルトのスーパーにあったワインでした。1983年ルスト産のもので、1985年6月27日に分析され、毒性物質が発見されたのです。
    この前代未聞の大スキャンダルに対し、西ドイツ保険省はすぐに対応し、全世界へと発信されました。

     

    ワイン製造業者と販売業者が逮捕されたのは、事件が表に出てから数週間が経過してからでした。逮捕したのはオーストリア当局です。
    また逮捕者の中には製造業者だけでなく、助言を与えた化学者も含まれました。

     

    実はこの事件、日本にも無関係ではありませんでした。
    DEGが含まれているとされるワインの一つが、東京都内で販売されていることが分かったのです。当時の厚生省は、全国の小売店に対し、オーストリア・西ドイツ両国で生産された白ワインの全面撤去を要請したほどでした。しかし、これは調査の結果、日本で流通されているワインからはDEGが検出されなかったことがわかり、安全宣言を行いました。

     

    この事件によってオーストリアワインは世界的に信用・信頼が失墜しました。
    それでもこれを反省し、国を挙げてワインの品質向上へと進んでいくこととなりました。
    あれから30年以上が経ちましたが、見事にオーストリアのワインは信頼を回復しています。それは凄いことだと素直にいえます。

     

  • ラングドック=ルシヨン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はラングドック=ルシヨンのワインについて勝手に語ります。

     

     

    ラングドック=ルシヨン(Languedoc-Roussillon)は、かつて経済圏になっていて、言語がオック語(Langue d’Oc)を話す地域だったことに由来しています。
    場所はフランス南部で、地中海のリオン湾に面した地域です。
    フランスを代表する風光明媚な保養地として知られるコート・ダジュール(Côte d’Azur)にも近く、地域圏内にはスペインの自治体も飛び地であります。
    現在はミディ=ピレネー地域圏と統合したことで、ラングドック=ルシヨン=ミディ=ピレネー地域圏となりましたが、この旧経済圏のワインはAOC認証でラングドックのワインとなっています。
    とにかく広大で、ラングドック=ルシヨンのワインは、フランス全土のブドウ栽培面積の35%程度に及びます。ボルドーと比較すると6倍にもなります。
    しかし、AOC認証でいえば、広大な面積の割にそれほど多くAOCワインがあるわけではなく、どちらかといえば日常で消費するワインが多いといえます。

     

    そんなワイン産地ですが、主要産業はそればかりでなく、造船、石油精製、鉄鋼から、さらには電子機器の製造も含まれます。しかも近海の海域で天然ガス、ウラン鉱が産出されます。かなり両極端な地域といえます。

     

    気候は地中海性で、ブドウ栽培には適しています。むしろ恵まれすぎた環境により、手間をかけずに収穫できることから、安価なワインが大量に生産されてきました。
    そのせいか、日常生活用として「お茶代わり」にもされたほどでした。
    その後は品質向上の動きになり、ボルドーなどからAOCの厳しい規制を回避し、自由なワイン作りをしたいという優れた醸造家が多数移入してきたこともあり、大きく変わってきました。

     

    ところで「ラングドック」ですが、当初は女性形で、途中から男性系へと変化しています。フランス語は「男性」と「女性」しかありませんが、途中から変化するのも珍しい気がします。地名は一部の例外を除いて中性扱いするドイツ語のほうがわかりやすいです。
    また、古くはセプティマニア(Septimanie)と呼ばれたこともあります。
    5世紀頃のようです。

     

  • ラインガウ(Rheingau)のワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はラインガウ(Rheingau)のワインについて勝手に語ります。

     

     

    モーゼルとともに、ドイツワインの銘醸地として知られているラインガウですが、ここは北に向かって流れていたライン川が、左に直角に向きを変え、西に向かって流れる部分の、北岸の丘陵地という特殊な地域です。
    その距離はわずかに4kmほどしかありません。
    それにも関わらず、世界にワインを輸出しているため、ドイツワインの中でも知名度が高いといえます。
    ブドウ畑はほとんどが南向きになっているため、日当たりがよく、また、山間部が冬の冷風を遮ることでブドウ栽培としては比較的温暖な気候に恵まれているといえます。

     

    ライン地溝帯で、新生代初期に形成されたといわれています。
    しかも西ヨーロッパを縦断するほ地溝帯の一部に相当するほどの規模で、現在でも地震活動があります。
    ラインガウの「ライン」は川の名前、「ガウ(Gau)」は小国という意味ですが、フランク王国の時代に制定されたものです。
    現在はワインの生産地域名としてだけ用いられています。

     

    ラインガウのワインは、その多くが、割合にして8割程度はドイツで最高級品種のリースリングです。
    またライン川は水量が多く、霧も発生します。それによって貴腐菌の生育に最適な湿度にもなります。そのため、ラインガウの貴腐ワインは、フランスのソーテルヌ、ハンガリーのトカイとともに、世界三大貴腐ワインの一つになっているほどです。ドイツ最高峰のトロッケン ベーレン アウスレーゼもここで生産されています。
    もともとはフランク王国のカール大帝により、ブドウ栽培が始まりましたが、その後は貴族や修道院のブドウ畑から良質なワインが生産され、現在では「鷲のマーク」の国立醸造所管理となっています。
    あまり知られていないのは、数が少ないとはいえ、シュペート ブルグンダーから高品質な赤ワインが生産されている点です。アスマンズハウゼンは世界的高評価で知られています。

     

    この地域へは、日本から直接行くのも比較的容易で、フランクフルトからアウトバーンでケルン方面へと向かえば行けます。ライン川に沿ってブドウ畑が広がる光景を見るのは圧巻です。
    この地域は電車移動も楽しいかもしれません。

     

  • ワインのアロマ

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はワインのアロマについて勝手に語ります。

     

     

    ワインのティスティング用語ですが、簡単にいえば香りを表す表現のことを「アロマ」といいます。
    しかも、3つに分類されていて、「第1アロマ」「第2アロマ」「第3アロマ」になっています。初めて聞く人には謎でしかない言葉でしょうから、少し勝手に説明してみます。

     

    第1アロマ

     

    ブドウの品種に由来する香りのことです。
    つまりブドウそのものの香りともいえます。従って、ワインの生産工程の違いや保管方法の違いは関係なく、植物としてのブドウの個性による香りになります。
    ブドウの果皮や果汁に含まれる香りなので、白ワイン用と赤ワイン用のブドウでは、その違いは明確といえるでしょう。また、成熟度合いによって香りも変わります。
    種子や梗も関係してきます。

     

    第2アロマ

     

    今度は生産工程に関係して、発酵工程によって生成された香りのことになります。
    ワイン生産では、収穫後にそのまま発酵をさせるのが普通です。水を加えたりしません。そのときに、発酵によって酵母や乳酸菌が醸し出す香りが生じます。
    そのため、瓶内熟成することによって、年数の経過とともに香りは消える傾向にあります。その期間が約2年といわれます。

     

    第3アロマ

     

    第3アロマは、第1と第2に比べて分かりにくいかもしれません。
    端的にはワインが熟成することによって生まれる香りのことですが、別名「ブーケ」とも呼ばれることもあります。
    ただワインの熟成については、瓶に詰める前後に分けることができます。ワイン樽で熟成なのか、瓶詰め後に熟成かの2つの分類です。
    さらに瓶詰め前は、樽なのかステンレスタンクかにも分けられます。
    樽の場合は、オーク材が主原料なので、独自の成分がワインに溶け込むことで、複雑なものになっていきます。これこそが第3アロマの代表格です。
    瓶詰め後の熟成は、保管状況などの外的影響が多くあります。古いヴィンテージワインでは熟成による独特の香りがある場合がありますが、この複雑なアロマも第3アロマのもうひとつの代表格です。

     

    一般の人にとっては、ワインの特徴を香りから表現するのは難しいかもしれません。ましてそれを三種類のアロマに分けて体系的に紐解いていくのは至難の技かもしれません。
    それでも、こんな知識を持っているだけでもワイン通になった気分になれます。

     

1 2

ワイン通販なら

想い出生まれ年ワイン、デザイン自由オリジナルワイン

スペシャルコンテンツ

オールドワインの魅力

最新のブログ記事

カテゴリー

タグクラウド

月別アーカイブ