今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

  • ボルドー・アキテーヌ公国の首府

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はボルドーをアキテーヌ公国の首府として勝手に語ります。

     

     

    ボルドーワインといえば、誰もが知る、少なくとも耳にしたことがある、といわれるほどの有名なワインです。
    しかし地名としてのボルドーは、ワインの知名度と比例して有名というわけではありません。アキテーヌ公国の首府だったこともご存じない方が多いことでしょう。

     

    現在のボルドーはフランス南西部に位置するヌーヴェル=アキテーヌ地域圏の首府であり、ジロンド県の県庁所在地です。
    人口は約24万人で、 直線距離でパリから498kmに位置します。
    2007年には、市街区域の一部が世界遺産に登録されました。
    市内は欧州都市らしいトラムが走っていますが、意外にも歴史が浅く、開業は2003年です。

     

    ボルドーの町としての歴史を見ると、紀元前300年にまで遡ることができます。ガリア人による町で、当時は「ブルティガラ」でした。
    その後ローマ帝国の領土となり、その頃からワイン生産が盛んになりました。
    ローマ帝国崩壊後はゴート人の支配となり、ボルドーを含めたアキテーヌ地方は西ゴート王国の領土となりました。しかし6世紀初頭にはフランク王国の領土に変わりました。
    その後は欧州の歴史らしい激動が続きます。
    ウマイヤ朝の侵入によるイスラム軍の勝利、次にトゥール・ポワティエの戦いでカール・マルテルの勝利でイスラム勢力の一掃、ルートヴィヒ1世のアキテーヌ王国の誕生などと続きました。これは以前にも取り上げたことがあります。
    また、アキテーヌ公領がイングランド王の領有になり、イングランド王に対する反乱も起きました。
    イングランドとフランスとの戦いである百年戦争の影響も大きく受け、フランス革命ではジロンド派の本拠地にもなりました。
    ほんの一時期ですが、ボルドーにフランス政府が置かれたこともあります。普仏戦争のときですが、実は第一次世界大戦中にドイツ軍がパリ近郊まで迫ったときもそうでした。

     

    ワインで「ボルドー」を名乗れるのは、都市としてのボルドーだけでなく、ジロンド県全域にわたる地域になります。
    AOC認証も各地区ごとに数多く有り、さすがワインの代名詞的な地域だと頷けるほどです。

     

    ボルドーワインを探す

     

    ボルドーにはパリとを結ぶ鉄道もありますが、空港もあり、交通の便は良いといえます。
    空港はもちろん地方空港ではありますが、世界60都市を結ぶ路線があり、市街地からの距離も10kmです。

     

    ボルドーについて少しご紹介させて頂きました。他のワインブログでは、ここまで取り上げない範囲を考えました。

     

  • ロワール川谷のワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はロワールワインとロワール川について勝手に語ります。

     

    ロワール渓谷 シャンボール城

     

    ロワールワインはフランスのペイ・ド・ラ・ロワール地域圏が中心地です。
    しかしてロワール川流域のブドウ畑は、かなり広く分布していて、上流域のサントル=ヴァル・ド・ロワール地域圏からブルゴーニュ地域圏にまで及んでいるのです。
    そのためか、ロワール川谷のワイン (Vignoble du Val de Loire) と一括りにしても、実は地域によって特性が異なるワインの集まりとなっています。統一したAOC認証もありません。

     

    なぜ、それほどまでに広大なのかといえば、その理由の一つにロワール川そのものがフランス最長の川であることも関係しているでしょう。
    長さが1,012km、流域面積は117,000km²もあり、この面積はフランスの面積の5分の1に相当します。
    ちなみにですが、フランス語は分からないのですが、調べると海に流れ込むのを「fleuve」、そうでないなら「rivière」なんだそうです。簡単にいえば本流と支流の違いでしょうか。ロワール川は当然ながら「fleuve」です。
    さらに付け加えると、ロワール川やセーヌ河は女性名詞、ローヌ川は男性名詞だそうです。ドイツ語のように中性名詞がないので、なんとも分かりにくいものです。

     

    では、この川の名である「ロワール」とは何かというと、Wikipediaで見てみると、ラテン語の「Liger」が語源で、ガリア語(ケルト語)の川の名前「liga」の転写であるとのこと。
    観光という面では流域に古城が多くあることから、日本人観光客も多く訪れています。
    その中のシャンボール城(Château de Chambord)は、ロワール渓谷にある城の中で最大の規模があります。フランソワ1世(在位:1515年 – 1547年)の城です。
    しかし、フランソワ1世はフランス王だったとき、シャンボールにはほとんど滞在することはなかったようです。記録によると、滞在期間は合算しても2ヶ月に満たなかったようで、滞在目的も狩猟のためだけだったといわれます。
    実際、この城は狩猟小屋を原点に持つもので、そのための短期訪問を目的に建設されました。長期滞在には不向きであり、城の周囲には集落さえなく、食料その他の日常生活に必要な品々を運び込まなければならなかったようです。
    城としてはフレンチ・ルネサンス様式の城で、古典的なイタリアの構造をベースにしていながら伝統的なフランス中世の様式を取り入れた、なかなか見応えのある建造物です。

     

    最後に再びワインに話を戻すと、ロワール川谷ワインは広大であることから、気候も地域によって異なります。
    中央部分は大陸性気候、海岸近くは海洋性気候です。土壌も様々で、統一性がないことが逆に魅力ともいえます。
    今宵はどのワインにしようか、と悩むのも楽しみになります。

     

  • いわき・夢ワイン・阿弥陀堂

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回は東日本大震災から8年経った福島県いわき市について勝手に語ります。

     

     

    2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災から8年。
    福島県いわき市も大きな被害を受けました。地震としては震度6弱を観測し、しかも震度4以上の揺れは3分10秒という驚異的な長さで続いたといわれます。さらに気象庁の推計震度分布図では、局地的に震度7相当だったとされています。
    福島第一原子力発電所にも近いことから、一時的に市外へ避難した数も約15万人になったといわれています。

     

    その一方で双葉郡の住民を中心に2万人以上がいわき市に避難したこともあり、転出した人口を上回り、結果的に人口増加につながったりしました。 臨時の役場機能も楢葉町、富岡町、大熊町がいわき市に設置しています。

     

    そんないわき市ですが、ワイン関係では素晴らしいニュースが昨年飛び込んできました。
    昨年7月に「いわきワイナリーガーデンテラス&ショップ」がオープンしたのです。
    もともと障がい者の就労支援を行うNPO法人みどりの杜福祉会により誕生した「いわきワイナリー」ですが、最初は山梨県のワイナリーへ醸造を依頼していました。それが2015年に果実酒醸造免許を取得したことで「いわき夢ワイン」がいわき市で醸造されるようになったのです。
    さらに観光化として、ガーデンテラス&ショップにまで拡大したのです。

     

    個人的な思い出も数多くあります。
    特に大学時代にいわき市で合宿があったことで、地域の方とふれあい、観光客が行かないような場所にまで足を運びました。
    数年後、あるクルマの長距離テストを兼ねて、懐かしいいわき市へ出向きました。
    そのとき、白水阿弥陀堂に寄りました。

     

    全国的には知名度は低いかもしれませんが、いわき市内郷にある白水阿弥陀堂は国宝です。
    福島県では唯一の国宝建築物なのです。

     

    正式名は願成寺阿弥陀堂で、真言宗智山派の寺院です。
    平安時代末期、岩城則道の妻であり、藤原清衡の娘である徳姫によって建立されました。
    則道の菩提を弔うための寺院で、「願成寺」と名付け、境内に阿弥陀堂も建立しました。
    桁行と梁間はともに三間で、単層の宝形造ですから、建築物としての規模は大きくありません。しかし、堂内の壁板には壁画が描かれていたようです。残念ながら現在はほとんど見ることができず、わずかに一部に面影があるだけです。
    内部には国指定の重要文化財になっている阿弥陀如来像、両脇侍に観世音菩薩像と勢至菩薩像、さらに持国天像、多聞天像の二天像、合計5体の仏像が安置されています。すべて木造です。
    東北地方には現存する平安時代の建築は少なく、この阿弥陀堂を除くと、世界遺産の中尊寺金色堂と国の重要文化財に指定されている角田市の高蔵寺阿弥陀堂だけですから、それだけでも貴重です。

     

    また阿弥陀堂は三宝を池に囲まれ、参拝するためには正面の中ノ島を経由することになっています。池は東・西・南の三方で、背景としては北・東・西が山で囲まれています。
    平安時代末期の典型的な浄土式庭園になっています。
    おそらく平泉の寺院の構造に影響を受けているではないかと思われます。それは徳姫が奥州藤原氏の娘であることも関係しているでしょう。
    また、「白水」という地名についても、平泉の「泉」という文字を2つに分けたという説もあるようです。
    初めてこの地を訪れたとき、大変失礼ながら、いわき市に存在すること自体を不思議に思いました。奥州藤原氏に考えが及ばなかったのが、なんとも幼稚でした。

     

    震災後、いわき出身の人との交流はありましが、未だいわき市には行っていません。
    白水阿弥陀堂の現在も写真で見るだけです。
    機会をつくり、いわき夢ワインを味わうとともに白水阿弥陀堂にも再訪したいと考えています。

     

  • ブルゴーニュワイン発祥の修道院

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はクリュニー修道院と修道院改革について勝手に語ります。

     

     

    ロマネ・コンティを生み出し、シャルドネの故郷でもあるブルゴーニュは「ワインの王」とも形容される地方です。
    このブルゴーニュワインの歴史はベネディクト派のクリュニー修道院から始まったといわれています。
    では、このクリュニー修道院とな一体、どんな修道院なのでしょうか?

     

    クリュニー修道院の正式名称はサン=ピエール・エ・サン=ポール・ド・クリュニー修道院で、フランス語では「Abbaye de Saint-Pierre et Saint-Paul de Cluny」になります。
    設立は909年9月11日といわれています。
    フランス革命で破壊されてしまうまで存続しました。

     

    クリュニー修道院は、中世に大きな役割を果たしました。
    それがクリュニー改革とよばれる修道会改革運動で、その中心になっていたからでした。
    修道院改革とは、10世紀から11世紀にかけておきたもので、旧来の修道院の腐敗状況を是正していく一連の動きです。当時、シモニア(聖職売買)などを行う修道院が多く、カトリックでありながら司祭が事実上の結婚したりするケースも多く、まさに腐敗状況にあったといわれています。

     

    この修道院改革運動は、11世紀初頭のロートリンゲンで広がりを見せましたが、この原点となる動きこそクリュニー修道院だったのです。
    クリュニー修道院は教皇以外の一切の権力の影響を受けない自由修道院でした。そのためカトリック教会最古の修道会である 聖ベネディクトゥスの会則・修道精神に厳格に従っていました。それが広く伝わり、大きな影響を与えたのです。
    皇帝ハインリヒ3世はクリュニー修道院の姿勢に共鳴し、シモニア(聖職売買)に反対的立場から批判を繰り返し、カトリック教会の改革を進めていくことにしたのです。
    ところが、この流れは後に世俗的な権力闘争の要素が加わり、修道院改革運動とは別のベクトルへ動くこともありました。

     

    皮肉なもので、修道院改革運動はクリュニー修道院の精神が影響を与えて拡大したものの、教皇主導による改革が急進化していくと、今度は逆にクリュニー修道院は教皇庁と距離を置くようになっていくことになりました。
    この修道院改革の流れはやがてグレゴリウス改革へと繋がります。しかし、直接的にクリュニー修道院がグレゴリウス改革を生み出したとするのは短絡的との考えもあります。この部分については当時の背景も考慮しないと見えない部分もあります。

     

    さらに皮肉な内容を付け加えると、11世紀後半以降は貨幣経済が浸透していき、既存の中世的な経済の変容によって、クリュニー修道院だけでなくベネディクト会修道院は同じように財政が悪化してしまうことになりました。「聖」と「俗」も近代へと向かう経済には逆らえず、また、のちの宗教改革によるプロテスタントとの視点で見るのも意味があるかもしれません。

     

    ブルゴーニュは「ワインの王」とも形容される地方ですが、修道院の歴史から見ていくと、まるで優雅なワインとは別の面が目立ちます。
    そうはいっても、ブルゴーニュワインを楽しむには関係ないのかもしれませんが。

     

  • オック語方言のプロヴァンス

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はプロヴァンスについて勝手に語ります。

     

     

    フランス国内でも最も古いワインの歴史を持つ地域がプロヴァンス(La Provence)地方です。
    紀元前よりブドウが栽培され、現在ではロゼを中心としたワインの産地です。高価格ではなく比較的手軽なワインが多く、しかもワインに馴染みのない方にも飲みやすいものが多いのが特徴です。
    地中海に面した地域のため、温暖な気候で理想的なブドウ生育環境で、AOC認証も多くあります。

     

    ワインの歴史が古いということは、地域的に見てギリシア人やフェニキア人の植民が行われたことを意味します。
    フランスですから、話されている言語はフランス語だと思うのは当たり前ですが、歴史的に見ると、もともとはオック語の方言だったようです。
    プロヴァンス語といっても問題ないようです。
    フランスの政府機関からは公用語として認められていないものの、現在でも教育機関で選択科目に入っているほどで、現役でプロヴァンス語を話す人も数十万人程度はいるといわれます。
    欧州言語は日本人が考えるほど単純でなく、地域の歴史と絡めた言語については無知かもしれませんが、日本でも東北や沖縄の方言を想像すれば良いかもしれません。

     

    ところでこのプロヴァンス語のもとであるオック語ですが、政治的理由からすればこれもフランス語の方言といえますが、実はロマンス語からの派生というのが言語学的には正しいようです。
    ロマンス語はラテン語の口語に起源を持つ言語ですから、オック語はフランス語に限らず、イタリア語もスペイン語と同じ根を持つ、いわば並列する言語ともいえます。
    オクシタニアといわれる地域があり、そこはオック語を話す人が居住する地域のことを意味し、その範囲はかなり広大です。
    ロワール川以南フランス南部、イタリアのピエモンテ州の一部、スペインのカタルーニャ州アラン谷などが範囲となります。そのため人口は何と1400万人もに達します。
    プロヴァンス語もオック語の方言ですから、現在のフランス領土よりも上記のオクシタニアに属する政府が仮にあるとすれば、独立運動に発展してもおかしくないのかもしれません。ヨーロッパの国を教科書的に学んだことしかない人には、この感覚は分かりづらいかもしれませんが、ヨーロッパとはそういう地域なのです。

     

    では、プロヴァンス地方の人々はどのような生活をしているのかというと、もちろんフランスからの独立を考えているわけではありません。
    地中海地方らしい典型的な高地居住様式(Habitat perché)によって街が形成されている場合が多く、中世の様相を保持している傾向があります。
    丘陵部に「高地居住様式」があるということは、逆に谷底に相当する地域には肥沃な土地があり、農業地域と街が見事に分離しているともいえます。

     

    歴史の側面を見ていくと、さらにこの地域のことが深くわかりますが、今日はこのへんまで。機会があれば、あるいは覚えていたら、続きを記しましょう。

     

  • 酒税法上の種類とブドウの病気

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はソムリエ試験の過去問から酒税法上の種類について勝手に語ります。

     

     

    日本の酒税法で規定されている種類とは、15℃においてアルコール分が何%のものか。
    次の中から1つ選びなさい。

     

    1.0.001%
    2.0.01%
    3.0.1%
    4.1%

     

    これは簡単な問題です。
    正解は 4 の1%です。アルコール分1度(容量パーセント濃度で1パーセント)以上の飲料が「酒類」として定義されています。
    日本ソムリエ協会の過去問(2017年)より。

     

    ブドウ病被害が、日本で最大のものはどれか。
    次の中から1つ選びなさい。

     

    1.ベト病
    2.灰色カビ病
    3.ウドンコ病
    4.晩腐病

     

    実は出題頻度が比較的高い問題です。
    日常生活ではあまり聞き慣れない病気の種類でしょうが、ワイン好きなら、ソムリエにならなくても知っておきたい知識です。
    正解は 4 の晩腐病です。
    このブドウ病の発病部位は果実だけでなく、花穂、葉に及び、成熟期の果房に発生すると腐らせることになります。二次伝染は、雨滴によることが多く、分生子が飛散して拡大していきます。
    日本の場合、高温多湿という気候風土から発生しやすく、また拡大しやすいといえます。
    これも日本ソムリエ協会の過去問(2017年)より。

     

    ソムリエ試験の問題は、かなり細かい内容もありますが、酒税法やブドウの病気など、知っていてもよさそうなものもあります。
    気が向いたときしか紹介していませんが、次回も忘れた頃に取り上げるかもしれません。

     

  • ヴァン・ド・ペイ

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はヴァン・ド・ペイについて勝手に語ります。

     

     

    ヴァン・ド・ペイとはフランスのワイン法によって定められたワインのカテゴリーになります。
    AOC認証(参照:アペラシオン・ドリジーヌ・コントロレ)されたワインより下位に位置しますが、テーブルワインより上位になります。
    法律上の区分なので、産地名を表示することができます。また、ヴィンテージワインとしても扱われます。

     

    では、具体的にヴァン・ド・ペイとは何か、というと日本酒の「地酒」をイメージすると分かりやすいかもしれません。
    要するに地方のワインで、全国流通するわけではなく、その生産地で消費されることがメインのものです。
    だからといって、品質や味がAOC認証に劣るかといえば、必ずしもそうとはいえません。それがワイン生産に誇りを持つフランスならではの背景もあります。
    AOC認証の代表格といえばボルドーやブルゴーニュになりますが、必然艇にAOCの規制は厳しく、新たなワイン作りにチャレンジすることはできません。そこで、生産者が自分の思いを実現するために、あえて認証と関係ないワインを生産するようになりました。
    その中には優れた品質、味のワインもあり、ヴァン・ド・ペイは劇的に品質が向上したといわれます。価格的にもAOC認証より高価なものも出回っています。

     

    そんなヴァン・ド・ペイですが、2008年にEU のワイン法が改正されたことにより、フランスのワイン法も翌年の2009年に改正されたことで、この格付けは法的にはなくなりました。
    2009年より前の格付けですので、生産年がそれ以前のワインであれば、ヴァン・ド・ペイは多くあります。
    ラベルに表示されていますので、見つけたらチェックすると良いと思います。

     

  • 世界で最も成功した黒ブドウ

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はカベルネ・ソーヴィニヨンについて勝手に語ります。

     

     

    世界で最も成功した赤ワイン用の黒ブドウであり、世界で最も広く栽培されている品種のひとつであるのがカベルネ・ソーヴィニヨンです。
    ワイン産出国の主要な国では、ほぼ全てと言っていいくらい栽培されているかもしれません。
    したがって日常で気軽に飲むワインから、超高級なワインまで、カベルネ・ソーヴィニヨンから生産されるワインにはものすごい幅があります。
    しかし、この品種には欠点があり、冷涼な気候には向いていません。
    そのためワインベルトでも北に位置する地域、具体的にはドイツ以北のワイン生産地では、あまり見かけることがありません。もちろん皆無ではありません。カナダのオカナガン・ヴァレーのような冷涼地でも栽培されているからです。

     

    ただカベルネ・ソーヴィニヨンといえば、フランスのボルドーを連想する人も多いことでしょう。
    ボルドーは標高も低く、海岸線に近いため海洋性気候になっています。土壌は砂利質でも問題のない品種のため、この気候・風土はカベルネ・ソーヴィニヨンが「個性」を出せる場所といえるのかもしれません。
    もちろんボルドーといえば、ブレンドですから、メルローやカベルネ・フランとブレンドされることが多いのが特徴です。
    ボルドーではフランスのAOC認証(参照:アペラシオン・ドリジーヌ・コントロレ)もされていますが、法定栽培品種の規定によって、他の地域では認証されていません。

     

    世界のワイン産業では、カベルネ・ソーヴィニヨンは重要な品種になっていますが、ワインの歴史が太古より始まっているのに対し、実は歴史が浅いともいえます。
    誕生したのは17世紀といわれています。
    カベルネ・フランとソーヴィニヨン・ブランが自然交配して生まれたようです。もちろん場所はフランスでした。

     

    なぜ世界中に広まったかといえば、やはり栽培する上での利便性が大きかったといえます。
    特に病害や害虫に対する抵抗性が強いのは利点が大きく、それに加えて、ワインになった際に、個性が現れやすいという味の部分も影響したようです。
    そのため世界のあらゆる地域に広がり、それにともなって知名度も上がり、販売側にも集客しやすいブランド的な品種になりました。
    無名産地でもカベルネ・ソーヴィニヨンのワインと言うだけで販売しやすいというのは、絶大な効果を生み出したといえるでしょう。
    しかしその代償として、固有の土着品種によるワインが減少し、カベルネ・ソーヴィニヨンが中心の品種になってしまった地域もあります。まるで幕末の日本に黒船が現れて以降、一気に西洋化が進んだように、価値観の大転換のようなワインになってしまったのは、はたして良いことなのかどうか? わかりません。

     

    カベルネ・ソーヴィニヨンについては、まだまだ語る気になればいくらでも語れますが、とりあえず今日はここまで。

     

  • 夢告・幽谷に湧く霊水

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回は茨城県高萩市について勝手に語ります。

     

     

    茨城県高萩市。
    かつては常磐炭田によって石炭産業が盛んな町でした。
    代表的な炭鉱は、高萩炭鉱、望海炭鉱などで、鉱山とともに賑わっていました。
    しかし、石炭産業は他の地域と同様に衰退することになり、業態変化を余儀なくされました。
    太平洋に面し、日立から福島県いわき市に向かった場所に位置するものの、漁業は盛んではないため、木材加工やパルプ加工、農業では肉牛、乳牛、野菜、花などが中心になりました。

     

    そんな高萩を訪れたのは、もうかなり前で、まだ東日本大震災の前の話です。
    ある雑誌の取材で当時の愛車にライターを乗せて常磐道を北上したのですが、常磐自動車道も水戸、日立と過ぎると交通量も激減し、目的地が最果ての地に思えてきた思い出があります。
    常磐自動車道の高萩インターチェンジに着くと、県道で常磐線の高萩駅方向へと向かいました。郊外のインターチェンジから市街地へ続く道路ですが、交通量はともかく、あまり活気がない印象でした。
    県道を東へ進み、「高萩それいゆ病院」の看板に沿って右折すると、左手に病院が見えてきました。
    続いてすぐに右に曲がる道路が現れ、この先に進めば「やすらぎの丘温泉病院」になります。この病院は、旧跡・大高寺の跡に湧出した温泉を治療に利用しているそうです。茨城県内では初めての温泉病院とのことです。温泉成分は、ナトリウム硫酸塩泉療養泉。「脳卒中の湯」として知られています。

     

    このとき目指した場所は、高萩市の大高寺奥の院で、上記の病院方面とは反対の左側に進んだ場所でした。
    かなりインパクトのあった寺院で、奥の院境内で最も目立つのは、バンコクのワットサケット住職から寄贈された仏舎利塔でした。東南アジアと日本の寺院とが不思議な融合をし、しかもその前には弘法大師像がしっかりと建っているのは、なかなか見ない光景です。
    今までに様々な寺院を訪れていますが、ここはそれほどまでに強烈な印象だったのです。

     

    仏舎利塔の先に小高い場所があり、古い大師堂がありました。
    木造の掘立小屋のように見えましたが、近づくと確かに大師堂であることが分かります。まるで古墳の上に建っているような印象でした。
    大師堂の中は暗いものの弘法大師空海が立っているのが見えます。仏舎利塔前にある威厳のある大師像とは違い、なんともユーモラスな弘法大師でした。

     

    この大師堂から見下ろした場所に井戸があり、この井戸水が弘法霊水です。
    この霊水は「弘法」とあるものの、弘法大師が発見したわけではなく、弘法大師の夢告により、掘られた井戸の霊水です。この水は、眼病に効果があると信じられていました。一度涸れてしまったが、寺の信者がもう一度掘ったらまた湧いたという逸話が残っています。
    弘法大師の伝説は国内に数多くあり、そのパターンもいくつかに分類できます。その一つのパターンが夢告によるもので、それでも地元で語り継がれているのが、弘法大師空海のパワーともいえます。

     

    今でも飲めるのかどうかはわかりませんが、このときは飲んでみました。
    思ったより冷たくなかったので、冬には快適な温度かもしれません。(訪れたのは秋でした)
    眼病に効くということなので、運転に疲れた眼にいいかもしれないと思い、飲んだことを思い出します。

     

    幽谷に静かに湧く霊水で喉を潤し、大きな息を吐き出します。
    ここには弘法大師空海が真言第八祖となった青龍寺と同じ空気が漂っているきがしました。

     

    高萩よりさらに北へ進むと福島家のいわき市、その先には原発事故の現場があります。
    今年も3.11がやってきます。
    夢告の霊水が涸れず、未だ大震災で被災した方々に、少しでもパワーを与えていたら、と素朴に思います。
    今回はワイン片手の屁理屈を語るのではなく、少し福島原発に近づく途中の思い出を語りました。いわき市にも思い出がありますので、震災前に再び語るかもしれません。

     

  • アペラシオン・ドリジーヌ・コントロレ

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はアペラシオン・ドリジーヌ・コントロレについて勝手に語ります。

     

     

    品質・文化・知名度の三つの部分で、ワインといえばフランスという図式が成り立っています。
    これは歴史的なことだけでなく、フランス政府もワイン品質の維持・管理・向上に取り組んでいる結果とともいえます。それはAOC法(アペラシオン・ドリジーヌ・コントロレ/ Appellation d’Origine Contrôlée)を制定していることからもうかがわれます。

     

    AOCの原点は古く、最初はワインではなくブルーチーズでした。
    何と15世紀の話で、フランス最古のチーズといわれるロックフォールが議会の布告によって規制されたのです。
    このAOCは、製造過程や最終的な品質評価によって、特定の条件を満たしたものにのみ付与される品質保証で、そのためにこの認証を得るということはフランスの国家が認めた製品であるともいえるのです。
    現在、フランスの全てのAOC製品は、ラベルなどに認証が印刷され、もし認証製品でないものにAOCのラベルが使われた場合は、不当表示として扱っています。

     

    ワインの場合は、INAOによってAOCの認定から運用まで行われています。
    このINAOとは、フランス農林省管轄の組織で、行政だけでな、生産者や消費者を含めた三者によって構成された組織です。設立は1935年です。
    AOC認証のワインにはラベルに必ず「Appellation Contrôlée」の文字が入り、生産地域を入れたりします。その場合、例えばボルドーであれば「Appellation d’Origine Bordeaux Contrôlée」、またブルゴーニュ・ワインについては、さらにブドウ畑の名称まで入り、例えばロマネ・コンティであれば「Romanée Conti」が入るというように徹底しています。
    またAOCの規制は、産地だけでなく、ブドウ品種による最低アルコール度数、最大収穫量、栽培法、剪定法、場合によっては熟成方法なども含まれます。これは品質を保持し、産地名称を保護することを目的としているからです。
    生産地の呼称についてもフランス国立原産地名称研究所(Institut National de l’Origine et de la qualité, INAO)によって管理されているため、ここまで厳しい管理は他の国には見られないかもしれません。

     

    個人的にはここまで管理されたAOC認証のワインだけでなく、もう少し統制の緩いVDQSワインでも何ら問題なくおいしく飲めると思っていますし、何よりフランス人の誇りであるワインは、どの製品も優れています。
    むしろ「好み」を優先させて飲むほうが、ワインを楽しめる気がします。
    それでもフランスのこの認証制度は産地偽装や生産過程の透明性など含めて、ただただ感心させられます。

     

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