今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

  • マリアージュ(mariage)

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はマリアージュ(mariage)について勝手に語ります。

     

     

    本来、ワインとは直接関係のない単語だったにも関わらず、ソムリエの試験問題にまでなる「マリアージュ」という言葉がよく出てきます。
    フランス語なのでフランスワインで料理との相性について、「この料理には、このワインといいマリアージュだ」などと、よくわからない表現をしたりします。
    マリアージュ(mariage)そのものの意味は「結婚」を意味します。
    ですので、ワインと料理の結婚ということになります。

     

    この表現はいかにもフランス的で、本来は別々のものだったものが、最初からひとつの存在であったかのような状態であることを意味します。2つのものが見事に調和し、それをメタファー的に表現しているのです。
    ワインでいえば、よくあるパターンとして、チーズ(fromage)と一緒にワインを飲むことで、2つの味が調和した状態になり、この状態をマリアージュというのです。
    AとBという全く異なる物質が、一緒になることで調和し、AやBのそれぞれ単独の存在価値を超えて、一体化した存在に昇華する、すなわちそれが結婚を意味するマリアージュです。

     

    このマリアージュについては、ワイン関連でいえば、単純にワインと料理の相性の良さの意味で使われているかもしれません。
    しかし、単に相性の良い組み合わせであれば「ペアリング」のほうが適切と言えます。
    マリアージュの本来の意味からすれば、AとBが組み合わされて、新たなCが誕生する、というような次元になるかと思います。

     

    好みには個人差があります。
    自分だけのマリアージュを見つけるのも良いかもしれません。

     

  • パウルスの領地

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はポーイヤックについて勝手に語ります。

     

     

    ラテン語の「Paulus actium」に由来するポーイヤック(Pauillac)は、、ボルドーワインの中でも特に優れたワイン産地であることで知られています。「Paulus actium」の意味は「パウルスの領地」です。
    ボルドーから北に約50kmの位置にあり、ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏ジロンド県のコミューンです。
    コミューンというと分かりにくいですが、日本では市町村に相当するもので、規模からすればポーイヤック村というのが良いかもしれません。
    フランスは基礎自治体のことを市も町も村もすべてコミューン(commune)といい、日本語に翻訳する際に、規模に合わせたり、その自治体のイメージから使い分けているのが普通です。したがってマルセイユは「マルセイユ市」と訳し、ポーイヤックはやはりポーイヤック村になるでしょう。

     

    このポーイヤックはヌーヴェル=アキテーヌ地域圏ジロンド県で、メドック地区になります。
    ジロンド川の左岸に位置し、ブドウ畑の広さは1,200haあります。ここに有名なシャトーが点在しています。
    このジロンド川は、ガロンヌ川とドルドーニュ川が合流したもので、全長は65kmあります。ビスケー湾に注ぐ川ですが、一般的にイメージする「川」とは違い、川幅と水深は「川」というより「湾」と表現しても良さそうな規模です。具体的な数値でいうと、川幅は短いところでも3kmあり、長い場所では11kmにも及びます。大型船が航行できるので、水深はかなり深いので、「三角江」というのが正確なようです。
    ボルドーワインを語る上では外せない川、いや、三角江です。
    さて、ポーイヤックの名のAOC認証ですが、実は単独のコミューンだけではなく、隣接するシサック、サンソヴ―ル、サンテステーフ、ジュリアンまで含まれます。いずれもコミューンを日本語に訳す場合は「村」が適当と思われます。

     

    三角江の岸には砂利が積もり、その上にブドウ畑が広がっています。かすかな起伏のある平野にあるブドウ畑で、土壌は小粒の砂利が多いせいか、海洋性気候による降雨があっても水はけが良いといわれます。
    ブドウ品種はカベルネソーヴィニヨンが主体になっています。

     

    ボルドーワインを探す

     

    そんなブドウ畑の広がる光景の一方で、ポーイヤック港には石油ターミナルがあります。
    人口はわずかに5,200人程度ですが、ドイツのプラッハ・イム・イーザルタール(Pullach im Isartal)と姉妹都市になっていて、学生やスポーツ選手、それに高齢者も文字通りの交流があり、イベントもドイツ・フランス友好祭が毎回開催されています。

     

    パウルスの領地もワインだけでなく、様々な方面に情報を発信しているということです。

     

  • フリューリングスフェスト

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はフリューリングスフェストについて勝手に語ります。

     

     

    日本では今年も4月に横浜で「ヨコハマフリューリングスフェスト」が赤レンガ倉庫で開催されます。毎年恒例となっています。
    この本場は、ドイツで行われるフリューリングフェストで、中でもシュトットガルトのフリューリングスフェスト(Stuttgarter Frühlingsfest)は有名です。

     

    シュトゥットガルトはドイツ南西部にある都市で人口は約62万人です。
    ポルシェの本社所在地でもあります。
    フリューリングスフェストは2週間にわたって開催されるもので、シュトゥットガルトのバート カンシュタッター地区で行われます。春の訪れとともに、新たなスタートを祝うものです。
    最初の開催は1818年で、このときは食糧不足が解消されたことを記念するものでした。
    現在ではビールとワインを飲み、観覧車や各種アトラクションなどを楽しみ、市場を見て回ったりします。
    ビールとワインが主役のようでもありますが、家族全員で楽しむお祭りです。

     

    このシュトットガルトは、ブドウ畑や森に囲まれた丘陵地帯に囲まれた盆地の都市です。「黒い森」と呼ばれる地域のバーデン・ヴュルテンベルク州の州都で、ネッカー川沿いにあります。
    19世紀にはヴュルテンベルク王国(Königreich Württemberg)の都でした。
    ヴュルテンベルク王国は神聖ローマ帝国南部の有力領邦で、シュヴァーベン大公領を母体としていました。(公国)
    平野部の都市と異なり、丘陵地に囲まれている関係で、市内を走る路面電車も急勾配の区間があり、郊外へは緑に向かって急斜面を登ることになります。当然ながら道路もそうで、城壁に囲まれた典型的なドイツの他の都市とは異質な印象を持ちます。

     

    ヴュルテンベルク公国の時代、1534年にルター派のヴュルテンベルク福音主義州教会(Evangelische Landeskirche in Württemberg)が設立されました。
    この州教会は1286の教会共同体に2.081.337人の教会員がいるそうです。
    ルター派の教会でありながら、礼拝様式は改革派教会の伝統の影響を受けていて、上部ドイツ様式の簡素なものになっています。
    ヴュルテンベルク公国はルター派の単一地域でしたが、公国から王国となってから、ナポレオンの領土再編により、オーバーシュヴァーベン地方が編入されたことで、カトリック地域が加わったことになり、様相は一変しました。

     

     

    ドイツの中でも他の都市とは異なる魅力がつまった都市は、春の訪れを盛大に祝い、その流れで横浜でも開催されるフリューリングスフェスト。
    シュトットガルトに行くのは無理でも、せめて横浜には行こうかな、という気にさせられます。

     

  • 世界三大酒精強化ワイン・マディラワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はマディラワインについて勝手に語ります。

     

     

    シェリーやポートワインと並んで世界三大酒精強化ワインと呼ばれているのがマディラワインです。
    セコ(辛口)・メイオセコ(中辛口)・メイオドセ(中甘口)・ドセ(甘口)という4段階になっていますが、基本的に独特の甘さが特徴のワインといえます。
    では、マディラとはどこにあるかご存知でしょうか?

     

    マカロネシア(Macaronesia)にあります。
    と、いってもマカロネシアも馴染みがないでしょう。
    ヨーロッパと北アフリカに近い大西洋の島々のことで、国としてはスペイン、ポルトガルなどです。マデイラ諸島(Arquipélago da Madeira)は、ポルトガルの自治地域になります。

     

    ポルトガルのリスボンからは約1000km程度も離れた位置ながら、古代ローマ帝国の時代から知られていました。
    ポルトガルの流刑地になっていた時代もあります。
    また、欧州史の中で注目されるのは、オーストリア=ハンガリー帝国最後の皇帝だったカール1世(Karl I.)の亡命先であったことでしょう。
    現代では、クリスティアーノ・ロナウドの出身地として知られているかもしれません。

     

    ブドウ栽培が盛んになったのは15世紀からで、マディラワインはブドウ果汁が醗酵している時に蒸留酒を添加して、エタノールの濃度を上昇させることで酵母を死滅させ、強制的に醗酵を止めます。酒精強化ワインの扱いで、グルコースなどの糖類が残り、ブドウ果汁の甘味が際立つワインです。
    蒸留酒を添加するため、甘みも調整することが可能で、4段階の甘さはそれを反映させています。
    もうひとつ、マディラワインはエストゥファという加熱処理を行います。それにより他のワインにはない独特の風味が生まれています。

     

    日本人のヨーロッパ旅行では、マディラ島(諸島)に行くことは一般的ではありませんが、「大西洋の真珠」とも呼ばれる南国情緒溢れる場所で、ヨーロッパの人には屈指のリゾートアイランドとして人気です。
    実際、マディラ島にあるフンシャル空港はヨーロッパの主要都市と直行便で結ばれています。
    ただマディラ島そのものは決してい大きな島ではなく、741km2しかありません。奄美大島とほぼ同じ大きさです。

     

    ワインは奥深く、また幅広いもので、酒精強化ワインも時には味わいたくなります。

     

  • コンキスタドールとインカ帝国滅亡

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はインカ帝国とペルーワインについて勝手に語ります。

     

     

    南米ワインといえば、日本ではチリワインが圧倒的に有名ですが、実はペルーでもワインが生産されています。
    ペルーといえばかつてのインカ帝国です。
    ワイン生産はインカの時代にはなく、スペインのコンキスタドール(征服者)により帝国が滅亡し、キリスト教とともにワイン生産が入ってきました。
    このコンキスタドールのやり方はかなり過激なもので、それまでのインカ帝国の伝統を抑圧していきました。あらゆる価値の転換、アイデンティティの破壊・消失等々、それまでの洗練された営農組織で成立していたインカ帝国の基幹部分がすべて破壊されました。
    しかもコンキスタドールは旧インカ帝国の国民を酷使し、使い捨てにしました。
    一説によると、全盛期にインカ帝国の人口は1600万人だったのに対して、スペイン統治時代の18世紀末では、ペルーの人口が108万人程度まで減少していたといわれています。コンキスタドールの恐ろしさを感じさせる一面があります。

     

    インカ帝国にとって不幸だったのは、コンキスタドールの襲来のときにインカ帝国では内戦が勃発していたことと、天然痘が流行していたことなどが挙げられます。
    ペルーの山岳地帯はヨーロッパにはない過酷な環境でもあり、それに慣れたインカ帝国の兵士がコンキスタドールに敗れたのは、兵器の差も大きかったといえます。いわゆる「鉄砲」(Arcabuz)などの兵器があり、しかも当時のスペインは多くの地域で征服や戦争を経験し、戦術面でも抜き出ていました。さらに反インカ帝国の現地の人々も懐柔し、同盟関係を結ぶしたたかさもありました。
    しかし、18世紀になると、インカ帝国復興を目標とする反乱も起こり、ヨーロッパではナポレオン戦争の影響でスペイン本国にフランス軍が侵入し、その後にスペイン独立戦争などもおきました。
    ペルーではその情勢を背景としてクスコの反乱などが起こり、外来勢力により独立へと向かいました。

     

     

    ワインに話を戻すと、ペルーの場合、同じ南米でもチリやアルゼンチンのようにブドウ栽培に適した気候ではありませんでした。
    それはペルーが赤道に近く、ワインベルトからは大きく外れていることが挙げられます。
    しかも、フィロキセラというブドウの害虫によって多大な被害を受けたこともあります。
    そのため、ペルーの場合、輸出はおろか、国民的な飲料にすらなりえず、ワインはチリ、アルゼンチンなどの南米ワインだけでなく、ヨーロッパからの輸出ワインが中心でした。
    それでもワイン生産がないわけではありません。
    代表的なワイナリーはTACAMAとINTIPALKAです。TACAMAについては、南米最古のワイナリーといわれています。

     

    現代のペルーといえば、1968年のペルー革命(実際は軍事クーデター)以降、日本でもおなじみのフジモリ政権、第二次ガルシア政権のときのペルー地震の大被害など、時々ニュースに取り上げられる程度かもしれません。
    そんなペルーですが、貴重なワインもぜひ頭の片隅に入れておいて頂きたいと願います。

     

  • コート・デュ・ローヌ

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はコート・デュ・ローヌについて勝手に語ります。

     

     

    コート・デュ・ローヌ(Côtes du Rhône)とは、フランスの広域AOCの名称です。
    フランスでも南部に位置し、一般的にはローヌワインの生産地になりますが、市町村名等の地域名にAOC認証されていないワインがコート・デュ・ローヌに相当します。
    したがってコート・デュ・ローヌの範囲はかなり広大で、基本的にはローヌ川沿いの地域で、県ではローヌ、ロワール、アルデシュ、ドローム、ヴォクリューズ、ガールの各県に広がります。距離で言えば、南北は200km程度ですが、東西だと1000km以上に及んでいます。

     

    このコート・デュ・ローヌの地域の中で、16の地区が、「コート・デュ・ローヌ・ヴィラージュ」というAOCを名乗っています。この地区は、コート・デュ・ローヌの中でも良質なワイン生産地であるといわれています。

     

    フランスのワインというと、どうしてもボルドーとブルゴーニュという、いわば両巨塔が並び、ローヌ地方のワインはそれほど有名ではないかもしれません。
    しかし、この地域のワインの歴史は、フランスで最も古いといわれます。何と、紀元前600年頃にまで遡ることができるというのです。少なくともその時代には、ブドウ栽培がされていたのは確実なようです。

     

    この紀元前600年頃というのは、当時、地中海を制覇したフェニキア人がマルセイユに上陸した時代です。
    ローヌ地方を含む南仏一帯にブドウを齎し、栽培を始めたのが最初だったといわれます。
    フェニキア人の次はギリシア人、さらにローマ帝国の支配と続き、ワイン生産は継承されていきました。そのため、キリスト教修道院の影響で広まった他のワイン生産地とは明らかに異なる歴史的背景があるのです。

     

    南仏というと温暖なイメージがあるかもしれませんが、冬はかなり寒くなります。その一方で夏はイメージ通りの暑さのある気候です。
    ただ、土壌の面も含めて北部と南部は異なり、北部は大陸性、南部は海洋性の気候に近いといえます。ただ全体にいえるのは、比較的アルコール度数の高いものが多く、赤ワインを中心にしているものの、白ワイン、ロゼワインだけでなく、甘口のワインもあります。

     

    フランスワインもボルドーやブルゴーニュに限らず、色々と試してみることで、思わぬ発見があるかもしれません。

     

  • ドメーヌ・シャトー・ネゴシアン、さらにマイクロ・ネゴシアン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はドメーヌ・シャトー・ネゴシアン、さらにマイクロ・ネゴシアンについて勝手に語ります。

     

     

    今回もブルゴーニュのワインに関連してドメーヌ・シャトー・ネゴシアン、さらにマイクロ・ネゴシアンを取り上げます。
    よほどの人でなければ聞き慣れない単語の羅列かもしれませんが、ブルゴーニュワインを理解する上で欠かせない単語とも言えます。

     

    ブルゴーニュワイン一覧

     

    まずこれらの単語の中で最も一般的に馴染みがありそうなのは「シャトー」かもしれません。
    シャトー(Château)は、ドメーヌ(Domaine)とほぼ同じ意味です。ただ、シャトーは本来は「城」の意味で、ブルゴーニュのドメーヌに対比したボルドーのワインで使われます。
    どういうことかというと、どちらもブドウ畑からブドウを栽培し、醸造、熟成、瓶詰までを一貫して行う施設のことで、ボルドーは大規模経営の生産者にシャトーを、ブルゴーニュは小規模ばかりなので、小規模生産者にドメーヌを使います。
    それだけブルゴーニュのドメーヌは、小規模な家族経営であるものの、何代も続く歴史を持つ生産者が多いということになります。

     

    次にネゴシアン(Négociant)やマイクロ・ネゴシアン(ミクロ・ネゴス)についてです。
    ネゴシアンは、ドメーヌとは関係深いものの対照的な立場といえます。
    ワインを生産者から樽の状態で買い付け、それを瓶詰めして販売する商売の人のことです。
    しかしブルゴーニュワインの場合は、この本来の意味とは少し様相が異なります。これがブルゴーニュならではの特徴です。
    ワインを樽で購入する代わりに、ブドウの段階で購入するのです。そのうえで自身でワインの醸造を行うため、いわば仕入れがワインではなくブドウになります。そのため、ブドウを大量に仕入れ、ワインの大量生産も可能にできるため、大規模生産者のほうがシックリくるかもしれません。

     

    マイクロ・ネゴシアンは読んで字のごとく、ネゴシアンの小規模なものです。
    ドメーヌが自分のブドウ畑から栽培・醸造するのに対して、マイクロ・ネゴシアンやネゴシアンはブドウやブドウ果汁を仕入れ、それで醸造します。
    畑という土地を所有しなくともワイン生産ができるので、新規参入もしやすいといえます。

     

    ブルゴーニュワイン一覧

     

  • 高貴なる腐敗

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回は貴腐ワインについて勝手に語ります。

     

     

    貴腐ワインという文字を見ていると、「腐」という字が目立ち、あまり良い印象を持たないかもしれません。
    それでも「貴」と組み合わせることで、なんとも不思議な語感があります。
    これは日本語では「高貴なる腐敗」を意味しますが、フランス語で「pourriture noble」、ドイツ語で「Edelfäule」、ハンガリー語で「nemesrothadás」というように、すべて同じです。というより、日本語でそのように訳したのが正解です。

     

    貴腐ワインで使われているブドウは、「腐る」というよりカビに感染した状態です。
    カビなら何でも良いというのではなく、ボトリティス・シネレア(Botrytis cinerea) という菌によるもので、灰色かび病によるものです。
    この病気が発生するのは25℃前後が適温といわれ、高湿度も条件のようです。

    最初は褐色に腐敗し、やがて灰色のカビに覆われていきます。そのため、しなびたような状態になりますが、果実ではエキス分が凝集されることになり、糖度が増し、香りも良く、独特の甘みが生まれます。

     

    どのブドウ品種でも病気になる可能性がありますが、白ワイン用の品種、特にセミヨンやリースリングなどが感染した場合に、貴腐ワインとなることが可能となります。
    もともと狙ってつくったものではなく、偶然によって誕生したワインです。

     

    貴腐ワインに関する逸話としては、1779年に、マリー・アントワネットの母で知られるマリア・テレジアが、貴腐ワインをウィーン大学で分析させたことが有名です。
    科学的な糖度上昇の研究・分析ではなく、貴腐ワインが黄金色に輝くことから、この成分に金が含まれているのではないかとマリア・テレジアが思ったことによります。

     

    貴腐ワインを探す

     

    デザートワインとしても貴腐ワインは人気ですが、アイスワインと並んでこの甘さを楽しむのも良いと思います。

  • ブルゴーニュとブルグント王国

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はブルゴーニュとブルグント王国について勝手に語ります。

     

     

    ブルゴーニュワインといえば、フランスを代表するワインであり、フランスのAOC認証ではコート・ド・ニュイ、オート・コート・ド・ニュイ、コート・ド・ボーヌ、オート・コート・ド・ボーヌ、コート・シャロネーズ、マコネー、ボジョレー、シャブリの8つの地区になっています。
    これらの地域はブルゴーニュ地域圏ですが、現在では正式な地域圏(région)ではなくなっているようです。ただ歴史的には古く、ドイツ語で「Burgund」というように、地名はゲルマン人のブルグント族に由来しています。そのため、今でもドイツ語ではブルゴーニュとはいいません。

     

    このブルグンド族ですが、スカンジナビア半島にいたゲルマン人で、ヨーロッパ大陸を南下したといわれてます。言語は東ゲルマン諸語だったようです。
    スカンジナビアが起源であるというのは、伝承ではありますが、考古学的には間違いないとする人も多く、また各地名の由来等からも裏付けられるともいわれます。
    しかし文献・史料に基づく歴史学では、古代のローマ文献にどこからの移動なのかについて記述がなく、その後の歴史のほうに主眼が置かれています。

     

    地理的にローマ帝国との関係が大きく、ゲルマン民族の大移動の影響も受けてきました。
    ブルグント王国として建国したのは、ブルグント族のグンダハール(Gundahar、Gundicar)により、傀儡皇帝を擁立したことによります。
    ローマ帝国との同盟関係になりましたが、ガリア・ベルギカ北部地域へ襲撃しました。しかし、ローマ帝国はフン族の傭兵により反撃を開始し、ブルグント王国の破壊へと繋がりました。

     

    不思議なことに、ブルグント族は王国滅亡後、再びローマとの同盟関係に戻り、移住はさせられるものの以後8代の王により統治される王国が復活しました。
    最終的にはフランク族により滅亡しました。

     

    ブルゴーニュの地域に目を向けると、中世になって以前に取り上げたクリュニー修道院などが創設されました。
    その後にブルゴーニュ公国となったり、一部がハプスブルク家に併合されたりした歴史があります。
    激動と血なまぐさい歴史を経て、現在のブルゴーニュはボルドーと並ぶ世界的なワイン産地となったのです。

     

    ブルゴーニュワイン一覧

     

  • ドイツワインの格付け

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はドイツワインの格付けついてに語ります。

     

     

    ドイツはブドウ栽培の北限地域に位置しているため、主要なブドウ産地は南部に多いと言えます。
    特にライン川沿いが中心地で、支流でもモーゼル川、ザール川、ルーヴァー川の3つの流域ではモーゼルワインとして日本でも馴染みがあるかもしれません。

     

    フランスと同じようにワインの制度や格付けは行われていますが、こちらは馴染みがないでしょう。
    法的には「ドイツワイン法」というのがあり、地域指定優良ワインを2つに分けています。
    具体的には「QmP」と「QbA」です。
    またテーブルワインについても、「Landwein」と「Deutscher Tafelwein」に分けられています。

     

    QbAとは
    日本語では「特定産地上質ワイン」、ドイツ語で略さないと「Qualitätswein eines bestimmten Anbaugebietes」になります。
    ドイツは合計で13の生産地域が決められていますが、生産地でない他の地域のワインをブレンドするのを許されていないワインになります。
    等級も決められ、Amtliche Prüfungにより合格することで決まります。

     

    QmPとは
    日本語では「肩書付上質ワイン」、ドイツ語で略さないと「Qualitätswein mit Prädikat」になります。
    これはいかにもドイツらしいもので、ブドウが発酵する前に補糖の必要がないほどの天然糖分を有するブドウで醸造されたワインです。モスト量により等級が決められ、カビネット、シュペトレーゼ、アウスレーゼ、ベーレンアウスレーゼ、アイスヴァイン、トロッケンベーレンアウスレーゼの6等級になります。
    さらにブドウの成熟度(つまり糖度のこと)によっても6段階に分類されています。

     

    上記のような格付けとなると、いってみればブドウの糖度が最も大きな基準であることがわかると思います。まさにこそがドイツ特有の特徴なのです。
    それを裏付けるように、隣国のフランスと異なり、全ワイン生産量の中でQmP・QbAが占める割合は実に95%になるといいます。
    このドイツ基準で比較すると、フランスでは36%程度、イタリアに至っては13%だそうです。(イアン・ジャーミソン「ポケットブック ドイツワイン」鎌倉書房1991年)

     

    それでもワイン法が改正されたことにより、QmPの辛口ワインに新たな等級が生まれました。ClassicとSelectionの2等級です。
    世界的なワインの辛口指向を反映したのかもしれません。

     

    フランス語と違ってドイツ語は馴染みがあったせいか、格付けを調べてもフランスよりはるかにわかりやすいと感じます。ただ世間ではフランス語のほうが人気があるのかな、とも思います。
    それはともかく、ドイツワインの葡萄成熟度について考えてみるのは良い気もします。

     

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