今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

  • サムアム・ワイナリー

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はサムアム・ワイナリーについて勝手に語ります。

     

     

    サムアム・ワイナリーは、タイのワイナリーです。
    熱帯にある東南アジアのタイで、ブドウ畑をイメージするのは無理がある気がしますが、実はこのサムアム・ワイナリーは、東南アジア最大規模のワイナリーなのです。

     

    タイの首都はバンコク。
    北緯13.7度ですから、すぐ南側に赤道が走っています。熱帯特有の気候で、バンコクの平均気温は29度程度なので、東京の真夏の平均気温と変わりません。
    四季ではなく、乾季と雨季にわかれます。
    ブドウ栽培に適していない感じもしますが、乾季の時期の豊富な日照量は濃縮したブドウの果汁を生み出すともいわれています。

     

    このサムアム・ワイナリーは、ブドウ農園をいくつか所有しています。バンコクの南西に位置し、距離は約60km離れたサムット・サコーン、そこからさらに南側に位置するホアヒン、それにバンコクを挟んで反対方向、つまり北東にあるサラブリなどにあります。この中でホアヒンはタイ王室の保養地がある場所としても知られています。
    また、ホアヒンのホアヒンヒルズヴィンヤード(ไร่องุ่น หัวหินฮิลส์ วินยาร์ด)は、540エーカーの広さを誇る規模で、ホアヒンの市内からは西へ約50キロも移動した場所です。
    タイらしく、象に乗ってブドウ畑を見て回ることもできるそうです。

     

    ブドウの品種では、タイの土着品種であるマラガブランもあります。
    マラガブランの歴史は古く、1685年にフランスのルイ14世の使節団によりアユタヤ王朝のナライ王に贈られたと言われています。

     

    では、タイのワインの特徴は何かと言うと、スパイシーな味わいだとよく言われます。タイ料理も様々なハーブを使い、複雑な辛さを出す独特の料理ですから、ワインもスパイシーで相性は最高といえるかもしれません。

     

    欧州のワインや新世界のワインに分類されない、東南アジアのワインというのも、なかなか興味深いといえるのではないでしょうか。

     

  • エノトリーア・テルス(Enotoria Tellus)

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はエノトリーア・テルスについて勝手に語ります。

     

     

    ワイン生産量が世界一なのはイタリアです。
    このイタリアを称してエノトリーア・テルス(Enotoria Tellus)と呼んだりします。
    これは「ワインの大地」という意味で、古代ギリシア人が表現したものです。

     

    フランスのワインと決定的に異なるのは、フランスのようにワイン産地として有名な場所がないことです。フランスであれば、ブルゴーニュやボルドーなど、すぐにワイン産地として知られる地域があります。
    しかし、生産量でフランスを上回るにも関わらず、イタリアにはそのような有名な地域がありません。
    ブルゴーニュやボルドーなどが、そのままワインの代名詞的になり、ある意味でブランド化したのに対し、イタリアでは、そのような限定的な地域に関係なく、国中で良質なワインを生産しているからだ、ともいえるかもしれません。

     

    このイタリアですが、エノトリーア・テルスといわれるように、古代ではギリシア人との関係があります。
    しかし、ローマ帝国以前の歴史については実はよくわかっていないようです。
    イタリア民族は紀元前8世紀頃に定住したといわれているものの、エトルリア人により征服され、紀元前6世紀になってエトルリア人に対する反乱があったとされています。その反乱ですが、イタリア民族の中のラテン人だったそうです。
    その結果、共和政の国家に近いものができたといわれています。ただ同時期にギリシャ人も移住していて、イタリア半島の先端やシチリア島などの地域で都市国家が形成されていました。
    他にも、スパルタからの移民といわれるサビニ人、カンパニアやモリーゼにいたサムニウム人、オスキー人やウンブリア人などがいたようです。

     

    ワインはギリシアからもたらされたと考えることができますが、この時代のイタリアは多民族国家の集まりで、現在の視点で見る限りではなかなか想像できない状況だったといえるかもしれません。
    そんなイタリアのワインを今夜は飲もうかと思います。

     

  • クリスマスを祝う

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はクリスマスについて勝手に語ります。

     

     

    12月25日はクリスマス(Christmas)なのは、もはや知らない人はいないでしょう。
    しかし、このクリスマスとは何の日なのか、詳細についてどれほどの方がご存知でしょうか?

     

    クリスマスとは、一般的にイエス・キリストの誕生を祝う祭のことです。そのため降誕祭ともいうもので、イエスの誕生日ではありません。イエスの誕生を祝う祭りのことです。
    しかも厳密にいうと、教会暦による日程なので、「12月24日の日没から12月25日の日没まで」がクリスマスになります。
    従ってわれわれが世間一般で言っているクリスマス・イヴとは、12月24日の夕刻からの時間になり、教会暦ではクリスマスとして扱われます。

     

    では、なぜキリストの生誕祭が12月25日なのかは、ご存知でしょうか?

     

    これはミトラス教が関係しています。
    ローマ帝国で、まだキリスト教が国教になる以前の話です。
    帝国内で12月25日にナタリス・インウィクティと呼ばれる祭典がありました。ソル・インウィクトゥスとは不敗の太陽神で、この誕生を祝う祭りでした。
    ミトラス教では、ソル・インウィクトゥスが太陽神であるミトラスで、冬至により、太陽がもっとも顔を出さない日を迎え、その後は徐々に太陽の影響力が増加していくことから、この12月25日が「再び生まれる」日としたのです。つまり冬至を祝うことで、短くなり続けていた昼の時間が冬至を境に長くなり、それはすなわちミトラスが1年毎に生まれ変わっているという信仰になったようです。

     

    このローマ帝国内の習慣を国教化されたキリスト教が吸収したのです。
    日本でも神道が仏教の一部を吸収し、日本神話に登場する「神」が仏教の四天王や菩薩、如来と同化するのと同じ現象です。
    強大な勢力を持つキリスト教がローマ帝国に取り入れられてことにより、ミトラス教は衰退し、クリスマスとして一部がキリスト教に残りました。

     

    実際、「新約聖書」にはにイエス・キリストの生誕日についての記述はなく、また、明確な生誕日も定説がないに等しいのが現状です。
    だからこそ、キリストの誕生日を祝うのではなく、誕生したことを祝うのがクリスマスなのです。

     

    そのように厳密に考えてしまうと、クリスマスの日程にキリスト教的な意味はなく、聖なる日でもなんでもないことになってしまいます。
    ワインと関係の深いキリスト教ですから、クリスマスにワインを飲む必然性もなくなってしまいます。
    それではワイン屋としては困るので、厳密な意味でクリスマスを考えるのはやめて、とにかく、聖なる、いや、聖なると思われるクリスマスにワインを飲みましょう!

     

  • テロワール

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はテロワールについて勝手に語ります。

     

     

    みなさんは「テロワール」という言葉をご存知でしょうか?
    フランス語です。「terroir」になりますが、「土地」を意味する「terre」から派生したようです。
    では日本語では?

     

    まず「Hatena Keyword」では、「ワインに現れる葡萄畑の気候・地勢・土壌の個性」「ワイン産地、とくにフランスの有名ワインの伝統的な特徴」「(人や、ありとあらゆる作物についての)土地柄」となっていました。
    「コトバンク」の「飲み物がわかる辞典」では、「ワインの味わいの決め手になる、ぶどう畑のある土地の性質。一般に、ぶどう畑の土壌、地勢、気候、人的要因などにより総合的に形成されるもの」となっていました。

     

    どうも日本語では一つの単語に相当するものがないようです。
    意味としてはブドウを取り巻く全ての自然環境のことで、その要素として「場所」「気候」「土壌」などのそれぞれの特徴のことを指す単語が「テロワール」となるようです。
    ワイン好きなら、ブドウの品種だけでなくテロワールにもこだわりたいのがよくわかります。実際、同じ品種であっても土壌の影響を受けてたり、ワインベルトがあるように気候にも関係します。

     

    ただ、そこまでマニアックにワインを追求するとなると、それはそれで大変な気もします。
    しかも日本語に相当する単語がないので、人にも伝えにくいのが難点です。

     

    ただこれを別のもの、例えば日本酒に置き換えると、日本人は十分にテロワールを意識していた気もします。
    米は同一品種が各地で栽培されています。〇〇産として、こだわる方もいますし、さらに日本酒では「地酒」として各地の味を飲み比べたりします。これは原料の米のテロワールが関係して、味に違いを出しているといえます。
    ワインも全く同じといえるのでしょう。

     

    好みの品種だけでなく、産地のテロワールまで加味してワイン選びができるようになるには、かなり幅広く飲んでいかないと難しいでしょうが、そこまで追い求めなくても気軽に飲むのも重要です。
    特に年末年始は飲む機会も多いでしょう。ぜひワインもより多く飲んでください。

     

  • Beaute sans bonte est comme vin evente.

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はフランスとワインについて勝手に語ります。

     

     

    日本ではワインというとフランスが本場のイメージがあるようです。
    しかしワインの生産量ではイタリアのほうが多く、ブドウの栽培面積ではスペインのほうが広いのです。それでも知名度ではやはりフランスです。
    ワインというより、ワイン文化のイメージがフランスにあり、しかもフランスのワインの品質とともに、産地まで知れ渡っているからかもしれません。

     

    また、フランスにはワインについての格言やことわざ、名言なども数多くあります。
    その中で本日は少しだけ紹介しましょう。

     

    Beaute sans bonte est comme vin evente.

     

    日本語では「可愛げのない美人は、劣化したワインのようだ」となります。
    セクハラになりそうな文言ですが、どんなに美しい人でも、性格が悪いと台無しだ、ということから、素晴らしい銘柄のワインであっても、保存が悪ければ台無しだ、ということを意味するようです。

     

    ワインは保存にも気を使わなければならないことをあらわしているようですが、当然ながらブドウの段階でも手間がかかるわけで、それもフランスでは次のようなものがあります。

     

    Les vignes et les jolies femmes sont difficiles a garder.

     

    日本語では「ブドウ畑と美人は手がかかる」となります。
    男性の視点ですが、いかにもフランスらしい表現かもしれません。

     

    さて、クリスマスも近づき、ワインの季節にもなってきました。
    シエル・エ・ヴァンにもフランスのワインを多く用意しています。ぜひ、この機会に手間暇を惜しまず保管されているフランスワインをご堪能してください。プレゼントすればきっと喜ばれるはずです。

     

  • ワインの中には知恵がある

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はベンジャミン・フランクリンについて勝手に語ります。

     

     

    アメリカ合衆国建国の父の一人として讃えらるベンジャミン・フランクリンの名言です。

     

    In wine there is wisdom, in beer there is Freedom,in water there is bacteria.

     

    日本語にすれば、「ワインの中には知恵がある。ビールの中には自由がある。水の中にはバクテリアがいる」となるでしょう。
    何とも酒飲みには共感できる言葉ではないでしょうか。

     

    このベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin)は、アメリカの政治家であり、著述家であり、物理学者や気象学者でもあった人物です。
    最初はビジネスの世界で、印刷業で成功をしました。その後に政界に進出したのです。
    アメリカ建国の時代でしたが、唯一、奴隷制廃止を唱えるようになった人物でもありました。
    現在の100ドル紙幣に肖像が描かれていることからも、アメリカの歴史の中で多大な功績を残した人物であり、18世紀という時代にあって、近代的人間像を象徴していたともいわれます。

     

    また科学的な業績としては、雷の電気はプラスとマイナスの両方の極性があることを確認したり、遠近両用眼鏡、グラスハーモニカなどの発明もしました。
    このようなマルチに活躍した人物が語る名言ですから、重みはあります。

     

    今宵も「知恵」のつまったワインを飲みましょう!

     

  • vinum

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回は「vinum」について勝手に語ります。

     

     

    「ワイン」とは、ブドウの果実を原料とし、発酵させてつくるアルコール性飲料のことである、これは改めて言われなくてもわかることだと思いますが、この語源をご存知でしょうか?
    ラテン語の「vinum」のようです。
    これがフランス語で「vin」、ドイツ語では「Wein」になったようです。

     

    ワインは日本語では「葡萄酒」ともいうように、ブドウの糖分を発酵させてつくる酒なので、単発発酵です。蒸留酒とは異なり、偶然が作用してワインができることもありえます。
    そのためか、ワインは人類が好むようになった酒類の中でも最も古いものの一つといえます。

     

    さて、ラテン語の「vinum」ですが、このラテン語が使われていたのが古代のローマ帝国です。
    イエス・キリストの時代もユダヤ地域はローマ帝国の版図でした。
    新約聖書の中の福音書でも、ワインに関連する場面が登場します。のちにキリスト教がローマ帝国の国教になった際に、福音書の「葡萄酒」が「vinum」として一般化し、やがてフランス語やドイツ語、英語等々になっていったのかもしれません。

     

    それでは、福音書の中で「vinum」が登場する最も有名なシーンを紹介しましょう。

     

     

    「マルコによる福音書」「マタイによる福音書」「ルカによる福音書」の中で、イエスが自分を裏切ろうとしている者がいることを指摘した場面、つまり「最後の晩餐」です。
    このときにイエスが有名な言葉を伝えます。
    パンと「vinum」を手にし、それらが自分の体であり、多くの人のために流す契約の血であると言ったのです。
    「ヨハネによる福音書」とは異なり、この場面を伝えている福音書こそが「共観福音書」であり、この「最後の晩餐」がユダヤ教の「過越の祭」と結びつけられているといわれます。
    なお、この場面での裏切り者こそ、イスカリオテのユダです。

     

    「ヨハネによる福音書」では「最後の晩餐」を示唆するシーンとして、「カナの婚礼」を挙げることもあり、聖書は奥が深いものです。今宵は聖書を片手に「vinum」を飲むのも良いかもしれません。

     

  • ムッソリーニとショーとワインと

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はムッソリーニとジョージ・バーナード・ショーについて勝手に語ります。

     

     

    政治的シンクレティズム(Political syncretism)は、日本語では「政治的習合主義」と訳され、対立する思想体系を結合する政治的立場のことをいいます。そのため、左翼と右翼、宗教と科学など、互いに相反する思想やイデオロギーを結合したりすることで、混在的な政治運動をすることを指したりします。
    この代表格がファシズムで、人物に絞ると、ベニート・ムッソリーニが代表的となります。
    ムッソリーニは「社会主義は愛するが社会主義者は軽蔑する」と語ったことでも知られ、これこそまさにに政治的シンクレティズムであり、これに同感していたのがジョージ・バーナード・ショー(George Bernard Shaw)です。

     

    イギリス近代演劇の確立者として知られるショーとファシズムとは、縁遠いイメージを持たれるかたも多いかもしれませんが、彼はかなり早い段階でファシズムの本質が反資本主義であることも見抜いていたといわれます。そのため、反ファシズム運動には参加せず、社会主義者について「新しい教会を信じる人々」と呼んで批判していました。この「新しい教会」とは、伝統的なキリスト教に代わる第三インターナショナルを指します。
    オーストリアの心理学者アルフレッド・アドラーはショーに対して猛烈な抗議を行ったこともありました。

     

    この激論は、イタリアから亡命した政治学者ガエターノ・サルヴェミーニも参戦し、「ショーがイタリア旅行で筋金入りのファシストにプロパガンダを吹き込まれている」といって中傷することにもなりました。当然ながらショーは反論し、むしろ反資本主義的なムッソリーニが政権をとれただけの支援をなぜ取り付けられたかが重要だとしていました。
    サルヴェミーニは、冷静な議論というより中傷が激しく、またショーから見た場合、理想論が繰り返されているとし、「政治的に見込みがないことを自ら暴露した」とまで酷評しました。さらに、ショーはムッソリーニを好意的にあらわす言葉として「ナポレオンほどの威信はないが、フランスのためにナポレオンが行ったことをイタリアのためにやっている」とも語っていました。

     

    そんなショーは、政治的な立場とは別に、94歳で没するまでに53本もの戯曲を残し、1925年にノーベル文学賞を受賞しています。
    映画でもハリウッドで映画化された『ピグマリオン』は第11回アカデミー賞の脚色賞が授与されました
    他には教育家としての功績もあります。ロンドン大学内の教育機関ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の創設に尽力したのです。

     

    そんなショーのワインに関する格言を紹介しましょう。

     

    「グラスに半分ワインが残っているのを見て、 『もう半分しか残っていない』と嘆くのが悲観主義者。 『まだ半分も残っているじゃないか』と喜ぶのが楽観主義者である」

     

    今夜、ワインを飲む際に、グラスを見て、自分はどのように思うだろうか?

     

  • ゾンダ風

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はゾンダ風について勝手に語ります。

     

     

    ゾンダ風とは、アンデス山脈から吹き降ろす乾燥した暖かい風のことです。
    大西洋方面から吹く風ですが、乾燥した状態になるのはアルゼンチンに届くときです。この風はアンデス山脈のチリ側では雨を降らせています。

     

    もともとアルゼンチンは、海からの風が山によって遮られています。
    そのため、それだけでもかなり乾燥した地域といえます。それにプラスしてゾンダ風です。
    ブドウの栽培は、熱い空気より、適度な冷気が良いといいますが、アルゼンチンはのブドウ栽培は標高の高いところに畑を切り開いて行われていることで、その条件もクリアしています。

     

    乾燥地域で、日照量も多く、標高の高さから昼夜の気温差も多いのがアルゼンチンのブドウ畑なのです。
    そんな環境は他にも、害虫、菌類、かび、あるいはその他のブドウ病害による被害の心配がないため、農薬をそれほど使用する必要もありません。
    さらに忘れていけないのアンデス山脈の雪解け水です。

     

    アンデス山脈に降った雪は、春になって雪解け水となり、ダム、運河、水路などの灌漑設備に使われます。
    同じくアンデス山脈を通るゾンダ風とともに乾燥した地域にワイン産地が広がり、ブドウ栽培に不可欠なミネラル豊富な水を供給するのです。

     

    隣国のチリがワイン輸出で大成功したことから、アルゼンチンもワイン産業をより積極的に輸出市場にしてきました。
    そのため日本でも気軽に手に入れることが可能になりました。
    アンデス山脈の恵みを思いながらアルゼンチンのワインを飲んでみるのも良いのかもしれません。

     

  • ワインと女と歌を愛さぬ者

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はマルティン・ルターについて勝手に語ります。

     

     

    「ワインと女と歌を愛さぬ者は、生涯の愚者であろう」

     

    これはマルティン・ルター(Martin Luther 〉の言葉です。
    ルターといえば、、カトリック教会から離れ、新たにプロテスタント教会を誕生させた中心人物で、一般的には「宗教改革」の代名詞的な人物といえます。
    逆にカトリック側からはルターを「異端者」と位置づけ、「好色家」や「犯罪人」と呼ぶほどの扱いでした。
    それを著した著書としては、ヨハネス・オッホレウスの「マルティン・ルターの行為と著作についての注解」が代表作です、他にも様々なカトリック側の著書があります。その非難の仕方は強烈で、ハインリッヒ・デニフレは、ルターの宗教改革とは「肉欲的な動機」だとしたり、ハルトマン・グリザールににたっては、ルターを「誇大妄想狂の精神異常者」とまでしていました。

     

    ルターと同じザクセン州の出身のニーチェも、ルターには厳しい見方をしていました。
    もちろんニーチェはカトリックとは対極に位置するような思想家なので、カトリックの立場とは異なります。そのニーチェは、ルターの95箇条のテーゼについて「ドイツの百姓連中の反抗」とまで言っていました。
    そのニーチェの父はルター派の牧師で裕福な家庭環境で育ちました。

     

    またルターは、あまり知られていないかもしれませんが、反ユダヤ的声明もあり、それをナチス政権がで反ユダヤ主義の宣伝材料として使用していました。
    ルターはもともとカトリックの反ユダヤ主義に抗議していましが、晩年(1543年)には「ユダヤ人と彼らの嘘について」を著したことで、これを後のナチスが反ユダヤ政策に利用したのです。
    しかし、現代では、ドイツ・ルーテル派はこれについては撤回し、悔い改めを表明しています。

     

    ルターはドイツ農民戦争にも影響を与えました。
    当時、重税により苦しい生活をしていた農民にとって、「聖書に書かれていないことは認めることができない」というルターの言葉は「希望」そのものでした。なぜなら、農民が領主に仕えるということは、その根拠が聖書に見出せないからでした。
    極論ではありましたが、ルターの説を根拠にして農民たちが蜂起し、暴力行為に走りました。
    これに対して、ルターは逆に農民たちを批判しました。しかし農民暴動は激しさを増し、1524年には、シュヴァーベン地方の農民たちが、「12ヶ条の要求」を掲げて反乱を起こします。この反乱は周辺地域に広がり、ドイツ農民戦争に発展したのでした。
    ルターは最終的に農民側ではなく、市民や貴族の側につきました。
    平和な抵抗の路線を訴えたのですが、これは宗教改革を実現のために、世俗の権力と金力を必要とした行為だったようです。
    結果的に農民暴動は鎮圧されましたが、反乱の主要地域ではルター派は支持を失い、ルターの評判を傷つけることになったといえます。

     

    学校の教科書ではルターやジャン・カルヴァンの名が出てきて、プロテスタント教会の誕生が記述されていている程度かもしれませんが、実はこの動きはかなり奥深いものなのです。
    そんな宗教改革の中心人物の格言をもう一度噛みしめ、ワインを飲みましょう。

     

    「ワインと女と歌を愛さぬ者は、生涯の愚者であろう」

     

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