今日もワインを飲んでます そして思いついたことを書きつづる

  • 近代細菌学の開祖が語るワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はルイ・パスツールについて勝手に語ります。

     

     

    科学には国境はないが、科学者には祖国がある

     

    この言葉で知られるルイ・パスツール(Louis Pasteur)は近代細菌学の開祖であり、ワクチンの予防接種を開発した人物です。
    また、牛乳、ワイン、ビールの低温殺菌法の開発や、光学異性体を発見したことでも知られます。
    そんなルイ・パスツールがワインについて語ったことがあります。

     

    一本のワインのボトルの中には、すべての書物にある以上の哲学が存在する

     

    ワインには、無限に広がる哲学があり、人間が記述したいかなる書物でも到底及ばないほどの広がりを持つ、ということでしょうか。それぞれのワインには個々の物語があり、生産過程での科学があり、そしてその味わいには人智を超越する深さがあると考えたのかもしれません。

     

    そのパスツールは、アルコール関係でも功績を残しています。
    アルコール発酵が酵母の働きによることを確認しました。酵母そのものはすでに発見されていましたが、発酵との因果関係についてはわかっていませんでした。そこでパスツールは、酢酸の発酵は微生物の働きによることを発見し、ここから低温殺菌へと進みました。
    牛乳の低温殺菌などは、まさにこの発見の応用でした。

     

    ブドウからつくられるワインの原理も、いわばルイ・パスツールによって科学的な解明がされたともいえます。
    そんな彼だからこそ、ワインについての名言が生まれたのかもしれません。

     

  • アルコール消費量1位の国

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はベラルーシについて勝手に語ります。

     

     

    かつてソビエト社会主義共和国連邦の構成共和国のひとつで、この連邦が結成された当時、ロシア社会主義連邦ソビエト共和国、ウクライナ社会主義ソビエト共和国、ザカフカース社会主義連邦ソビエト共和国と並ぶ共和国がどこなのか、ご存知でしょうか?
    その国は、日本語では白ロシア共和国の略称で知られた国でした。
    ロシアに「白」をつけるのは、文字通りの意味で、ロシア語の「Белоруссия」をカタカナにしたのが「ベロルシア」、さらにそれを日本語訳にしたのが「白ロシア」で、この意味こそ「白いロシア」でした。
    ソ連崩壊後の国名はベラルーシ共和国ですが、この「ベラルーシ(Беларусь)」は「ベロルシヤ」をベラルーシ語にしたものです。

     

    このベラルーシですが、ジャーナリストのマット・スタイルズさんがまとめた世界各国の「アルコール消費量ランキングで、堂々の一位だったそうです。世界183カ国の 「国民一人当たりの年間アルコール消費量」をランキング形式にまとめたもので、注意したいのは消費量は単純に「飲んだ」量というわけではなく、製造量・輸入量・輸出量・販売量が入っているそうです。

     

    ちなみにベスト5は、
    1位:ベラルーシ
    2位:リトアニア
    3位:クロアチア
    4位:チェコ
    5位:オーストリア
    という順位でした。フランスは7位、ドイツは12位、ロシアは13位、イギリスは18位でした。
    日本は59位で、アジアでは韓国より下の順位でした。

     

    さて、アルコール消費1位のベラルーシですが、聞くところによると、飲み過ぎを原因とする様々な問題が発生したのだとか。それは単に健康被害だけでなく、犯罪や自殺にも飲み過ぎが関係しているとされていました。
    そのような事態を沈静化させるために、飲酒運転の罰則強化や飲酒の年齢制限引き上げなどの対策をとり、さらに飲酒問題についての国民レベルでの教育・啓蒙にも力を入れていくときめたようです。
    実はその政府の動きの中には、品質の悪い安物のワインの禁止も含まれています。悪品質の安物ワインが大量に出回り、容易に購入できることから、多くの人が飲む、という考えでしょうか。それとも安物ワインは健康や精神に影響を与えるような物質が入っているということでしょうか。そこまではわかりません。

     

     

    ただ一つ言えるのは、悪品質のワインは、決して社会に良い影響を与えないということです。
    そんなわけで品質の確かなプレゼント専門シエル・エ・ヴァンで購入するワインは安心です。

     

  • 赤ちゃんの産湯はワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はスパルタについて勝手に語ります。

     

     

    「赤ちゃんの産湯はワイン」
    これは古代のスパルタで行われていた習慣だと言われます。本当かどうかはわかりませんが、「スパルタ教育」といわれる厳しい子育ての一部だと思えば、頷けないこともありません。
    赤ちゃんの産湯をワインにするのは、ワインのアルコールで痙攣を起こすようでは、スパルタの子供として不適格であるとのことから、虚弱児を見つけるために行ったといわれます。しかも、虚弱児は生きていてもスパルタという国家において、何の役にも立たないという烙印を押され、捨てられたともいわれます。

     

    現代の感覚ではとても信じられないような非情な仕打ちに思えるかもしれませんが、古来の日本でも、例えば双子が忌避され、一人を捨てたり、鬼の子にされたりした風習がありました。
    あくまで現代の視点で論じるのは意味がありません。もちろん肯定しているわけでもありません。

     

    そもそもスパルタ教育とは、古代ギリシア時代の都市国家・スパルタの軍事教育制度のことで、都市国家が競う動乱の時代が生んだものといえます。
    そのスパルタは都市国家になる以前にミュケナイ時代の先住民アカイア人を征服しています。彼らをヘイロタイ(奴隷)にしたのが、紀元前10世紀ころです。しかし、ペロポネソス半島に侵入したものの、紀元前8世紀から7世紀にかけては無法状態で、国家としての成立には至りませんでした。
    都市国家になったのは、リュクルゴスと呼ばれる伝説的立法者により、社会秩序がもたらされたことによります。その結果、リュクルゴスの制度による都市国家に基盤が出来上がり、軍事もその中に含まれていました。

     

    そんなことを背景とした時代に第一次メッセニア戦争が起こります。紀元前743年~紀元前724年です。
    これはメッセニアとの戦争でした。
    その結果、スパルタはメッセニアを征服することに成功しました。メッセニア人はヘイロータイという共有財産として国家に所属していた非自由身分に落とされました。
    この勝利はスパルタがギリシアのポリスの中で最大級の広大な領土の国家となりました。
    第二次メッセニア戦争はその約40年後の紀元前685年におきました。
    メッセニア人の反乱でした。ただ今回は周辺の他のポリスも両陣営に加わったことから、ペロポネソス半島全体が戦争の舞台となったほどの大きな戦争に発展しました。
    第三次メッセニア戦争は紀元前5世紀で、このときはスパルタに大きな地震が起こり、それに乗じて大規模な反乱が起こりました。このときからです、スパルタが市民皆兵の軍国主義政策を採用したのは。これから強力な軍隊を保持するようになり、スパルタ式の軍事教育も徐々に出来上がっていきました。

     

    その後のペルシア戦争、ペロポネソス戦争など、まさに激動の歴史をスパルタは歩みます。
    単なる都市国家が強大な敵と対峙し、常に勝利へと導くため、スパルタは独自の生き残りを模索したといえます。その中の一つこそが「スパルタ式」の教育方法として現代まで語り継がれているのではないでしょうか。
    赤ちゃんをワインに浸す行為の是非はともかく、現代まで「スパルタ式」として言葉が使われていることこそ、凄いことだと思います。この点だけは素直に認めないとならないかもしれません。

     

  • マケドニア共和国

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はマケドニア共和国について勝手に語ります。

     

     

    わずか25,333平方kmの面積に、約80カ所のワイナリーがあるマケドニア共和国は、黒ブドウのヴラネックから最高峰の重厚なワインが生産されることでも知られています。
    ギリシアの北に位置するマケドニアは地中海性気候を活かした果実栽培に適し、しかもその味は優雅なものであるといわれます。

     

    共和国ではなく地名としての「マケドニア」は、紀元前の時代の英雄・アレキサンダー大王に遡るほどの歴史があります。
    その地域の範囲は共和国内だけでなく、ギリシャ領マケドニア、ブルガリア国内のピリン・マケドニア、アルバニアのマラ・プレスパやゴロ・ブルドの各々一部に広がっています。
    マケドニア共和国はそれらの「マケドニア」地域の南部を領土としています。そのためか、ギリシャはマケドニアに対して国名を変えるように抗議したという逸話もあるほどです。

     

    このことから国際連合へは、1993年、「マケドニア旧ユーゴスラビア共和国」という暫定的呼称で加盟することになっったのです。
    現在はというと、日本もそうですが、米国もロシアもマケドニア共和国として外交関係も持っているので、この話題についてはあまり話にならなくなったともいえます。

     

    欧州の歴史を語る上で避けては通れないマケドニアは、当然ながら古来より人が居住していた地域です。紀元前4世紀から紀元前3世紀にかけての時代には、マケドニア地域の北部、つまり現在の共和国の領土と重なる地域は、マケドニア王国がありました。最大版図となったのは、アレクサンドロス3世の時代です。
    しかし、アレクサンドロス3世の死後は、国が分裂してしまい、最終的にローマ帝国の支配下になってしまいます。紀元前2世紀の時代です。
    さらにローマ帝国も東西に分かれたことにより、この地域は東ローマ帝国の一部となりました。

     

    その後の歴史は激動を繰り返します。
    ブルガリア帝国やセルビア王国、十字軍国家との勢力争い、そしてオスマン帝国の統治です。
    かなり特殊な統治で、不平等な扱いと引き換えにイスラム教改宗を強要されないことで、キリスト教の正教会も残ったのです。
    それでも正教会の特徴である民族や国家を単位とする正教会組織、例えばブルガリア正教会やセルビア正教会などは廃止へと向かい、コンスタンディヌーポリ総主教庁へと統合されていきました。
    そんなオスマン帝国時代でも修道院ではワイン造りが盛んに行われてきたといいます。

     

    マケドニアの歴史はその後のバルカン戦争やユーゴスラビア時代など、興味深いことはたくさんありますが、長くなるので今日はこのへんで休筆しましょう。

     

  • ラキアとワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はラキアとワインについて勝手に語ります。

     

     

    ラキアとは、果実を発酵させた蒸留酒です。
    ワインも果実を発酵させた飲料で醸造酒です。そのワインを蒸留するとブランデーになります。
    ラキアの場合、ワインの産地と共通する地域で飲用されていますが、特にバルカン半島諸国で一般的な飲料です。以前に取り上げたトルコの蒸留酒ラクに由来するものですが、ラキアはラクから派生していながら、異なるアルコール飲料になりました。
    ワインとラク~トルコ蒸留酒~

     

    蒸留酒だけあって、アルコール度数は高めです。40%程度が普通で、50%~60%程度は珍しくありません。
    使われる果実には様々あり、スモモならシュリヴォヴィツァ、ブドウからグロズドヴァなどが有名です。他にもりんごや梨、イチジク、桃、杏、サクランボなど、数多くの果実からラキアはつくられます。
    また、単独でなく複数の果実を混ぜ合わせたラキアもあります。

     

    セルビアやブルガリアではワインと並ぶアルコール飲料ですが、イタリアなどでも飲まれたりします。日本では馴染みがないものですが、バルカン半島周辺を旅すれば、必ず目にする飲料です。
    ワインと同じ果実由来の飲料ですから、機会があればぜひ味わってみてください。

     

  • 我思う、ゆえに我あり

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はルネ・デカルトについて勝手に語ります。

     

     

    デカルトといえば、哲学史上でもっとも有名な命題。
    「我思う、ゆえに我あり」

     

    実はワインに関しては以下の格言もあります。
    「我、飲みながら考え、考えながら飲む」

     

    ということで、ワインを飲みながら考えるのが良いので、最初の命題も飲みながら考えてみますか。

     

    「我思う、ゆえに我あり」は、コギト命題といわれるもので、端的に解釈すれば、
    自分自身が「なぜ」ここに「ある」か、という内容を考える事、それ自体が自分自身が存在していることを証明している、という命題です。哲学というより屁理屈の印象を持つ方も多いかもしれませんが、ヨーロッパの哲学では大きな転換期を迎えたものといえました。中世まで、哲学的な思考では意識の内部と外部の問題系というものを分離したものがありませんでした。キリスト教の影響もあるのかもしれませんが、人間内部の「観念」は表象であり、外部に存在するものは必ず一致するという基本的な姿勢でした。
    デカルトはこれらを分離することで改めて意識の「内部」の発見としたのです。そのうえで内部と外部の一致について、その妥当性に疑問を持ちました。従来の表象と実在は一致という考え方から、表象から実在を判断できるものではなく、またそのように判断することは誤りがあっても見いだせないとしました。
    これは、全てについて疑うべし(De omnibus dubitandum)という方法的懐疑で、この「すべて」には自分自身も含まれていました。そのうえで「疑っている意識作用」が確実なものであるのならば、その意識こそが、そしてその意識をしている自分自身だけは、その存在を疑うことはできない、ということになるわけです。

     

    この方法的懐疑は、幼少期から何ら疑うことなく受け入れてきた先入観をすべて排除することから始まります。真理探求のためには、一度すべてを疑うのです。それがデカルトのやり方でした。
    そんな疑いを考える際に、ワインを飲みながらしていたのかもしれません。

     

  • サルバドール・ダリとワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はサルバドール・ダリについて勝手に語ります。

     

     

    まずはサルバドール・ダリのワインについての明言です。

     

    「偉大なるワインを作るには、次なる人たちが必要である。狂人がぶどうを育て、賢者がそれを見張り、正気の詩人がワインを造り、愛好家がそれを飲む」

     

    ダリによれば、良いワインというのは、たくさんの人々の努力と各々の役割によって生まれるということで、彼らしい表現をしています。特にブドウを育てるひとが「狂人」となっているのが、いかにもダリらしい表現といえます。これは貶めているわけではなく、狂うほどの困難さを強くアピールしている、つまりワイン醸造過程の難しさとともに、偉大さを併せ持つことなのかもしれません。

     

    このサルバドール・ダリですが、スペイン出身のシュルレアリスムの代表的な作家として知られています。
    作風もさることながら、自己顕示的で奇妙な言動が多かったのでも有名で、同時代の画家達の顰蹙も買っていました。またダリといえば、上向きにピンとはねたカイゼル髭と目を大きく見開いた顔が思い浮かぶほど印象的です。

     

    美術学校に入学前からパブロ・ピカソの友人で画家のラモン・ピショットから才能を認められたほどの人物ですが、最終的に自身の制作方法については「偏執狂的批判的方法 」と称したほど独特になりました。これは写実的描法を用いつつ、そこから多重的に連想されるイメージを盛り込むことで、現実世界から超越した原風景を描くことに通じています。偏執的な手法により、夢のような風景が創出されたようです。

     

    そんなダリが称賛したワインを今夜も飲みましょう。

     

  • ワインの格言

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はワインの格言について勝手に語ります。

     

     

    まずはドイツ語の格言です。
    Bier auf Wein, das lass sein,Wein auf Bier, das rat ich dir.

     

    意味は、ビールをワインのあとに飲むのは良くない、ビールのあとに飲むのが良いということです。
    ビールはワインの先に飲むべきだというのは、日本でも「とりあえずビール!」として、最初の1杯をビールにする習慣があることからわかる気がします。
    そんな習慣がなぜ形成されたのかはわかりませんが、少なくとも日本で、「とりあえずワイン!」はないでしょう。

     

    しかし、この格言には他の意味があるようです。
    ここから先は不確かな情報を元にした私見です。

     

    ビールもワインも歴史のあるアルコール飲料ですが、産業革命以降、労働者の飲み物はビールでした。
    一方でワインは古くから貴族の飲み物という伝統が残り、労働者に対して経営者層を含めた上流階級の飲料といえました。
    そこで、ビールを飲む労働者階級からワインを飲む上流階級へと進むのは良いが、転落してワインからビールを飲む層になるのは哀れだ、という意味を持つことが考えられます。

     

    ワインが上品な飲料なのは、今でもそのイメージが残っているかもしれません。
    しかし、フランク王国の時代からワインが生産され、庶民も普通に飲んでいたワインには、都市部での労働者階級と結びつくことがありませんでした。それはキリスト教の影響もあるのかもしれません。
    ワインが必須なキリスト教と、喉で味わうビールとでは、労働者の需要に対応するのは自明ともいえたのかもしれません。

     

    ちなみにフランスでは赤ワインと白ワインの順番についての格言があります。
    Blanc sur rouge, rien ne bouge,rouge sur blanc, tout fout le camp.

     

    赤ワインを白ワインの前に飲むのは良くないという意味ですが、濃淡の味の差についてのことでしょう。
    しかし、プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長としては、全くこだわりません。

     

  • ボジョレー・ヌーボーと江古田浅間神社

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今年もボジョレー・ヌーボーの時期になりました。気軽に購入できるものもありますが、プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長としては、やはりこだわりたいものです。そこで今年、取り扱ったのがブルゴーニュの名門メゾン・ヴィラージュ・ヌーヴォーです。(詳細はこちら
    そんなわけで、今回は江古田氷川神社に行って、ボジョレー・ヌーボーを堪能してみます。

     

     

    浅間神社といえば、木花佐久夜姫命を祀る富士信仰の神社です。
    メゾン・ヴィラージュ・ヌーヴォーにはお似合いの神様です。

     

    木花佐久夜姫命は天照大神の孫・瓊瓊杵尊(邇邇芸命)の妻で、大山積神(大山津見神、大山祇神)の娘です。
    姉は石長比売(磐長姫)で、瓊瓊杵尊との間に海幸彦と山幸彦を生んでいます。
    また、木花佐久夜姫命は一夜で身篭るといわれ、産屋に火を放たれたエピソードもあります。このときに誕生したのが海幸彦と山幸彦で、火中出産といいます。

     

    浅間神社は、富士山を神格化した浅間大神を祀る神社ですが、この神が木花咲耶姫命と同一視された神社です。
    西武池袋線の江古田駅の駅前に鎮座する氷川神社には富士塚もあり、国の重要有形民俗文化財に指定されています。実際に富士山登山ができなくとも、富士山の溶岩で覆われた富士塚に「登山」することで、実際の富士山に登頂したのと同じことになります。

     

    駅前の繁華街にありながら、貴重な文化財のある江古田氷川神社は、ありきたりなボジョレー・ヌーボーの中でも本物志向のヴィラージュ・ヌーヴォーが似合います。なので、今日はここで堪能します。

     

  • リヒテンシュタイン公のワイン

    プレゼント専門シエル・エ・ヴァンの店長・ハヤシです。
    今回はリヒテンシュタインについて勝手に語ります。

     

     

    スイスとオーストリアに囲まれた小さな国を紹介します。
    リヒテンシュタイン公国です。
    正式名称は「Fürstentum Liechtenstein」。首都はファドゥーツです。
    日本語では「リヒテンシュタイン侯国」と表記することもあります。
    人口はわずかに34,761人(2009年)、面積は160km2。これは四国の小豆島とほぼ同じ大きさです。
    言語はドイツ語です。

     

    1866年にドイツ連邦から離れ、翌年から「非武装国」になりました。そのため、現在でも軍隊はありません。
    リヒテンシュタイン家の当主による男子世襲制国家で、統治形態としては絶対君主制といえます。しかし、実際には国民投票によって君主制の存廃を決めることができたり、法の支配、議会民主制が確立されている関係で、立憲君主制ともいえます。

     

    タックスヘイブンの国としても知られています。
    法人税率が12.5%で、会社設立の手続きも容易なことから、本店所在地としてリヒテンシュタインに置いている外国の企業が多くあります。そのため人口よりも法人企業数が多いと言われています。

     

    そんなリヒテンシュタインはワインも知る人ぞ知る国です。
    現在の国家元首である侯爵家がワイナリーを保有していて、そこで生産されたワインは、紋章入りです。
    しかし日本でお目にかかる機会がないのは、輸出されていないからです。現地でしか買えません。
    このワイナリーでは、併設のレストランもあり、試飲もできます。観光化されているので、リヒテンシュタインに行った際はぜひとも立ち寄りたい場所です。

     

    日本では想像できないかもしれないことは、リヒテンシュタインと国境を接する国はすべて内陸国のため、海に行くためには少なくとも2つの国境を越えなければならない「二重内陸国」でもあります。
    そんなリヒテンシュタイン。実はかなり魅力のある小さな国家です。

     

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